スノボ旅11.幸せの不安

「昨日はごめんね!!」



朝食の前に迎えに行くと、スズはドアを開けるなりガバッと頭を下げた。


勿論、俺は怒ってなんて無い。


「スズ、顔上げて」

「ごめんなさい…不機嫌になって…」

「俺こそごめんな、一緒にいれなくて」

「いいの!約束だもん!

 なのに無理言って…あんな…恥ずかしい」


「スズ」


下げたままの頭を撫でると、スズは顔を上げた。



「今日どこ行こっか、なんか調べた?」


「調べてない…」



「じゃあ朝ご飯食べてとりあえず出発しよ

 行きながらどこか寄ってもいいし」

「うん…!」



なんだろう


上手くいく気しかしない。


昨日のあの空気からのこの感じ。

普通、こじれて何故か謝らされて、不機嫌なまま出かけなきゃいけなくなって、なんか重いし面倒だし帰りてえな…みたいな。


なのにどうだ!

気まずい雰囲気なった昨夜からのこの爽やかな朝!


素直に謝り合えるって大事だな。




朝食はレストランでもなんでもなく、フロントの横の広いとこ。


先に来ていたのは仙台支社の村上カップルと神田。

それを見つけ



「神田さん!」



スズは嬉しそうに手を振った。



「スーたん!」



昨日、神田がスズを構ってくれて、スズは楽しかったみたいだし良かった。

「仲良くなれた?」

「うん!」

「神田いいやつだろ?」

「面白い人だね」



「頼れるやつだから

 スズも仲良くしてくれたら嬉しい」



本心だった。

本当にそう思った。


頼れるヤツなんだ。






「どこ行くか決めた?」

村上の彼女がスズに聞く。

スズは神田の横に座り、俺は村上の横に座った。

「いいね、デートだね」

「はい!」

「朝霧、コーヒーはあっち

 セルフだから取ってこないと」

コーヒーか…

牛乳飲みてえ

「あ、そうなんだ

 んじゃ取ってくる」

↑ついかっこつける

「スズは?」

「温かい紅茶にする!」

俺が立ち上がるとスズも立ち上がり、テーブルから一歩離れるとスズは俺の腕に抱きつきニタ~と笑った。

バカップルデートはもう始まっていた。

そこまで飲み物を取りに行くのにこれ。


村上と村上の彼女の笑い声が背中に聞こえた。



「こーきコーヒー飲むの?」

「俺コーヒーキャラだろ?」

「ハチミツも置いてあるよ?」

うわーー紅茶にハチミツで飲みてえ。

「一緒に紅茶にしよ?」

うん、キャラなんかもうどうでもいい。

スズが一緒に紅茶を飲みたいなら俺も紅茶がいい。


暖かい紅茶にハチミツたっぷりプラスミルク。




「うん、美味い」

「美味しい~」

コーヒーカップより一回り大きなカップを両手で包み込み、ハフハフしてるスズが可愛い。

ベージュのざっくりしたニットの袖がずり下がって、見えてる手首の白さと細さ。

クリスマスにやったネックレスの線が華奢な首元で、こんなしょぼい蛍光灯でもキラッと光る。

うん、ケチらないでよかった。

手首にもチラッと見えたら可愛いかな。

でも誰か言ってたな。物によってはニットが引っかかるって。

俺そんなことだけ学んでんな、遊び捨てた女から。

だけどスズはトレーナー系が多いし、なんか常に腕まくってるし、鎖っぽいのじゃなくてバングルとか革とかでもいいかも。

スズはカジュアルだしな。


あーー…手首触りたい。

首食べたらアウトかな。

エロい感じになったら俺的にアウトだしな。


バシッ!


「いっ…て!」


「おんどりゃ何を空想の世界で遊んどるんじゃ」


だからたまに出てくるそのキャラは誰なんだ。


斜め前の席、静香から張り手が飛んできて、その横でスズがケラケラ笑う。

「あんたのキャラ崩壊ぶりが清々しいわ

 何飲んでの包みも隠さずもせず」

「もう別にいいかなって

 コーヒーよりこっちのが美味いし」

シクシクシクシク

「よしよし早苗

 泣きなさい泣きなさい」

「こんなの朝霧くんじゃない…」

「なんだよそれ」

「冷徹男がコーヒー飲みながら

 他人に冷たい上辺だけの愛想笑いを見せるのが

 早苗は好きだったのよ」

「目の奥笑ってないやつ」

「エレベーターにお偉いさんが猛ダッシュで来ても

 真顔で閉じるを押すあんたがよかったのよ」

「そんなヒドくねえわ!」

意味分かってないだろうけど、スズは静香たちがむちゃくちゃ言うのを笑った。


「スーたん苛められてない…?」ウルウル

アハハハハ

「苛めてねえわ」


「あ、マドカさんたちだ!」


入ってきた真田達に気づきスズが手を振る。

どういう意図があるのか掴めない彼女が、ニコッと笑ってスズに振り返した。

「スズちゃんおはよ」

「マドカさんおはようございます!」



というか



「やったな」ボソ

陰薄い米山が言う。

俺もそう思った。

昨日までと空気が違う。

昨日会った最初の時、真田達の馴れ初めを聞いて

とりあえずやっとけと言ったのは米山だったか。


ま、どうでもいいけど。

女王蜘蛛の蜘蛛の巣に引っかかって絡め取られたカマキリみたいだ。

結婚しとけ。

このタイプに敷かれてた方がお前には合ってる。




朝食はご飯に納豆に玉子。

お味噌汁は青さで、あとはよくわからない野菜の煮物。

完全にがっかりしてるスズ。

渋々玉子を割り、そこに納豆を入れどばーっとご飯にかけた。

昨日飲み過ぎたのもあって、俺は味噌汁だけ飲んだ。






「こーきお待たせ!」


スマホから顔を上げると、満開の笑顔でスズが駆けてきた。

コートは腕にかけて、首は黒いマフラーで隠されていた。


「髪どうした?」

「静香さんにしてもらった!」

お団子に可愛くまとめ上げられていた。

下ろしてるのも可愛いけど、たまに結んでいるとそれはガツっと俺の心の奥の欲望の類いの何かを鷲掴みにする。


PPP


『髪、崩れて帰ってきたらどうしよう』


わざとか。


ギュッてして撫でくりまわしたかったのに。


「なに?」

「や…よくお似合いで」

「でしょ!」


まぁいっか、時間気にしないでいいデート。


いれるだけでいいや。



ホテルの中から駐車場に出ると

「うわ寒い!」

スズは一瞬身を縮め、だけどすぐに駆けだした。

「雪増えてる~」

脇にあった植え込みの木に積もった雪を、わしゃわしゃと払い落とし

「冷たい!」

無邪気に笑って振り向く。


「行こう」


手を伸ばすと無邪気に大笑いだった顔が更に笑い


「うん!」


手に飛びついた。


「冷て」

「帰ってきたら雪だるま作ろ?」

「うん」


そして駐車場の車。


「雪だるまだ!」

「マジか」

雪は掻いてあったけど、そりゃ車はね。

ドアをあけエンジンを掛ける。


「なんかあれだね、カマクラってやつ」

後部座席に乗り込んだスズはわくわくした顔して、雪に覆われ薄暗い車内で笑った。


「ホントだ、変な感じだな」


初めに言っとく。

そんな下心はなかったんだ。

本当に雪に覆われた車の中なんてレアいなって感じだったんだ。



「雪ガーーって落とすの?」

「そうだな

 車暖まったら簡単に落とせると思う」


目が合う


狭い車内で至近距離で。


その一瞬で違う空気が流れる。


スズの頬に当ててしまった手。

親指が頬のピンクをなぞり



たったそれだけで潤むスズの目。



「キスしていい?」



目を閉じたのが返事だった。



そっと重ねたキスに



ギュッと力の入るスズの唇。



肩にも手にも、全身に力が入ったのがわかった。



いざこざあって足踏みしてるうちに




ふりだしかーーーーい!!




まいっか


とりあえず車が暖まるまで、抱きしめさせて貰おう。




「こーき…」


「ん?」



「大好き」



「俺も好きだよ」




ほんの5分程度だったと思う。


何かが体中に満ちていくような、不思議な感じだった。



巷にあふれてる陳腐な言葉。

充電するとかよく言うだろ。

あんなの嫌いだったんだ。

ベッドの中でそんなことを言う女もいた。

虫唾が走ってたんだ。




でもごめん



これだな

このことだな




抱きしめるだけでホント



充電されてる感覚だ。




「さ、そろそろいいかも」

「え!雪ガーーってやっていい?!」

「うん」


腕の中からパッと抜けだし、スズは喜んで外に出た。



なんだこの感覚は



なぜ今なのかわからないけど、ふと心によぎってしまった。



言いようのない不安。



今こんなに満たされたのになんだこの不安。

もやもやする。



不安になることなんて何もない。

むしろ俺たちの間には何の問題も無く、スズを抱きしめて幸せ一杯じゃないか。


なんなんだ



「こーき早く!」

「はいはい」


タイヤによいしょと登り、車を覆っている雪を


「ガーーー」

「うわ!すごい!」

「スズそっちやって」

「うん!」


前さえ見えるようになればいいんだけど、スズは嬉しそうに雪を落とし


「冷たいね!」


本当に楽しそうに笑う。


キラキラと雪に反射する太陽みたいに。



これを見てると元気が出る。



「スズ」



「ん?」



カシャ





「もぉ~!急に撮らないでよ!」




全部覚えていたい。


スズの一瞬一瞬を。




「さ、行くぞ」



「うん!しゅっぱ~つ!」




そうか、わかった。


これは




幸せすぎて不安になるということじゃないか。

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