すスノボ旅行⑨自己嫌悪
「スーたん何か取りに行く?」
頭上のタイムウォッチが残り60分。
席は最初の時とガラッと変わって、みんな楽しそうにお喋りしてた。
こーきは途中で呼ばれて、静香さんへホの字の竹内さんと、熊本の小沢さんと席の奥の方で話し込んでいたし、静香さんはれんちゃんと賑やかし役の村上さんや米山さんと話していた。
お母さんの言うとおり、久々に会ったお友達と色んな話もあるみたいだし、門限は22時だけどそろそろお部屋に戻ろうかなって思った。
邪魔をしたくはないし、私ももう疲れた。
「デザートいっとく?」
神田さんはずっと私の前にいた。
隣に誰か来たらその人と話して、そうじゃなかったら私とお喋りしてくれた。
「どうしよ…」
食べ放題飲み放題。
魅力的だけどある程度食べたらお腹いっぱいだし、もともとそんなにジュースが何杯も飲めるタイプじゃない。
邪魔はしたくないし
お腹いっぱいだし
なんか眠いし
「私そろそろ部屋に戻ろっかな」
「食べたいもん食べた?」
「はい」
神田さんがニコッと笑う。
「朝霧、スーたんおねむだから
部屋に帰りたいってよ」
真剣な顔で話し込んでいたこーきが顔を上げる。
「あ、こーきいいよ大丈夫
部屋戻って寝るね」
「待って送る」
「大丈夫!そのまま話し続けてて!
お母さんも一人で戻りなさいって言ってたし」
こーきが笑う
フフって。
こーきはこんな時、私の気持ちを受け取ってくれるの。
そんなとこが好き。
あの誕生日の日のハンバーグ屋さん
カードをしまって20円を受け取ってくれた。
「スズちゃん大丈夫?」
「部屋までいっこか?女子が」
「全然大丈夫!ごめんなさい先に」
「いいよいいよ子供だもんね~」
「スズっちナンパされたら電話しなよ~
お断りしに派遣するから朝霧」
「気安くライン教えちゃダメだよ!」
「はい!」
「おやすみ~」
「スズ」
立ち上がろうとしたこーきは座り直した。
「お休み、明日な」
大好き
財布や鍵を入れた袋を取ってテーブルを離れた。
その時
「俺トイレ行きたい」
小さな声で独り言みたいにそう言って
席から少し離れた私に追いついた。
「そこまで一緒に行こう」
ニコッと笑って、私の一歩先を歩き出した。
お店を出て、お酒で赤くなった顔が振り向き笑う。
「スーたん」
神田さんのくりっとした目は、笑うと細くなり、優しそうに下がった目尻の笑いじわがなんだかとても心地よかった。
「え、トイレそっちですよ」
「部屋に戻るまでにナンパでもされたらどうすんの」
「え~」
「女子は謙遜してされないって~とか言うけどさ」
「されるかも、昼間されたし」
「されたんかーい
しかも素直かーい」
アハハハハ
「部屋何階?」
「6階です」
神田さんが上矢印を押し、最上階の10階から降りてくるランプを見るり
「階段で行く?いっぱい食べたし」
「はい!」
こーきのお友達はいい人ばかり
なんか嬉しい。
「しらすのピザが1番美味かったな」
「私はアボカドサーモンが美味しかったです」
「うそ!俺が作ったピザより?!」
アハハハハ
「声響く~」
「なんか歌う?」
「ハットイキヲノメバァ~」
「雪山で打ち上げ花火?スーたんウケる」
「ろまーんすのかみさまきっとあなたを」
「急に古い!」
「ゲレンデで聞き過ぎました!」
音の響く階段を、誰もいないからって歌いながら上る。
「どこまーでもしろいーゆーきーのよーおに」
「わかんないです!」
「GLAY知らない?!」
満腹で歌いながらの4階分は
「スーたん大丈夫?」
「きつい…!」
数段上から神田さんが手の平を向ける。
「ファイトーー」
「え、これCMのやつ?!」
「早く!」
「いっぱーーつ!」
アハハハハハハ
神田さんは私を引っ張って階段を上がった。
大笑いしながら
歌って。
「6階だ!」
「思ったよりキツかったな~」
階段の壁に6
「なんか汗かいた~」
「いい食後の運動だった」
階段を上り終え、フロアに出ればそこは6階の客室。
「じゃあ俺戻ろうかな」
「また階段で?」
階段とフロアの境目の手前で神田さんは立ち止まる。
だから私も立ち止まる。
笑ってたのに、神田さんの顔に急に寂しさみたいなのが見えた。
「飲み過ぎた…」
小さなため息と一緒にそんなことを言い
階段を上るのに掴まれていた手首に、ギュッと力が入った。
「神田さん?」
反対の手の甲がすっと頬に触れ
「なんでこんな形なんだ…」
そう言ってまたため息をついた。
「え…スミマセン膨れてて…」
「え?」
「え、ほっぺ…」
「……」
「小顔になりたいんですけどね…」
クスクスって笑い出した神田さん。
「いい、大丈夫
シュッとしたスーたんはなんか違うし」
「え…!」
「いいねいいね、可愛い!」
神田さんは笑いながら、両手で私の頬をプニプニつついてまた笑った。
「じゃ、俺戻るね」
「はい!…あ!ありがとうございました!」
「いいえ」
神田さんはエレーベーターには行かず、今上がってきた階段を下りていった。
いい人だな
そう思った。
優しいし楽しい。
でも悪かったな。
私なんかのために飲み会抜けさせちゃって。
袋から鍵を出しながら部屋の方へ進む。
スマホの時間は
20時45分
部屋に戻ったよってお母さんに電話しようかな。
スマホにお母さんを探しながら
「スズ」
顔を上げると部屋の前に
「こーき!」
もう今日は会えないと思っていたのにこーきがいた
「あれ?スズの方が遅かった?」
「えへへ~」
こーきが来てくれた。
「てかどっから来た?」
こーきだ~
嬉しい
嬉しいな~
「お手」
「わん!」
からの手を繋ぐ。
それがなんかいい。
ニマニマしちゃう。
「まだ門限じゃないだろ?眠い?」
「こーき飲み会は?
お話しいっぱいあるんじゃない?」
「気を遣わなくていい。
そんなの門限のあとでいくらでもするから」
「じゃあもちょっといれる?」
「うん、ギリギリまでスズといたい」
ギュッてして欲しいな。
「こーき、入る?」
私の手の中で鍵がチャラっと鳴る。
「門限になったら帰ればいいじゃん」
「や、でもな…」
「よしよしって…して?」
「う…」
「ダメ?」ウルウル
ぐはぁっ!!
こーきは会心の一撃をまともにくらった。
HPは赤。
目を閉じ天を仰ぐ。
理性を取り戻しているのか…
その閉じた瞼の裏に見えてるのは誰だ!
青井本部長だろう。
「スズ…散歩でもしよ…」
ダメなんだ。
手を繋ぐだけじゃ物足りない。
欲張っちゃう。
先に進むのは怖いのに
抱きしめてキスしてほしかった。
「屋上展望にでも行ってみる?」
エレベーターの行き先案内を見ながらこーきが言う。
「寒いだろうから一瞬だけど」
「うん…」
「スズ…」
困らせてるんだろうな
わかってる
わかってるんだけど
こんな事は初めてだから。
こーきと旅行の夜なんて。
一緒に連れてきてもらえただけで満足だったのに。
「やっぱ…私もう寝る」
「え?」
「眠いし…」
「あ…そっか眠いから戻ったんだったな」
「じゃ…おやすみ」
手を離してクルッと部屋の方に歩き出すと
小さくため息が聞こえた。
「スズ」
振り向けなかった。
こーき怒ってるかも
呆れてるかも
急に不機嫌になったりして
嫌いになったかも
「明日、デートしような」
「うん…」
なんで泣いてしまうんだろう。
私が勝手に不機嫌になって嫌な態度とったのに。
「おやすみ」
自分勝手に泣いてしまって、振り返れなかった。
一人で泊まるこの部屋に、さっきまでウキウキしてたのに。
こういうのなんて言うんだっけ。
自分のさっきの態度が嫌で仕方ない。
なんであんな言い方したんだろう。
せっかくこーきが一緒にいてくれようとしたのに。
お父さんとの約束破って部屋に入っちゃう方が、きっと嫌なのに。
部屋の広いベッドがやたら広く感じる。
せっかくの旅行の最初の夜は
自分が大嫌いになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます