スノボ旅行⑧夢と将来と現実
スズの指が、面白いほど鍵盤の上を動き回る。
この音を流していているのは間違いなくスズで、このピアノから出てる音なんだけど。
スズはどの音がどこにあって、音の順番や早さなんかもわかって指を動かし、鍵盤をちゃんと押してんだよな。
不思議だ。
簡単にやってるように見えるそれはきっと、スズが何年も弾き続けて成せるようになった技なんだろう。
ほら、楽しそう
ギャラリーが集まって来てる事にも気付いてないんだろう。
「すげ~な…」
「え…これスズちゃん?」
時間になって集まってきたお仲間たちもビックリ
「ゲリラライブやるなら教えてよ
お母様にライン送ってあげよ」
静香がスズにスマホを向けた。
「俺YouTubeにあげていい?」
「じゃあ俺インスタ」
「やめろ、晒すな」
「カッコいいスズっち~」
「なんか感動しちゃうわね…」
「へ~、ただのバカじゃなかったんだ」
真田の彼女がさりげなく毒を吐いた。
「え!なんだよ神田泣くことないだろ!」
「ちょっとどうしちゃったのよ!」
神田は感涙。
そんなにか。
「だってかっけぇんだもんスーたん…」
「変なあだ名をつけんな」
ピアノが鳴り止むと拍手が起こった。
ハッと我に返ったらしいスズは、恥ずかしそうにガバッと前屈のようなお辞儀。
俺たちの他に音に寄ってきた観客達はみんな笑顔だった。
俺が言わなくてもスズは自分でその道を見つけたかもしれない。
背中を押してしまってよかったのだろうか。
照れ笑いなスズは、浴びせられる拍手をひとつひとつ受け取るように何度も頭を下げた。
そして俺と目が合ったら、ぺこぺこ汗汗しながら逃げるように退散してきた。
「すごーい!」
「めっちゃ感動した!」
感動の渦に迎えられ
「え…ちょスズ!」
恥ずかしいらしいスズは、俺にガバッと抱きついた。
顔を胸に押しつける。顔を隠したいらしい。
「スズ、いい仕事だった」
上げた顔は真っ赤。
それが一気に花開くみたいに笑った。
「うん!」
撫で撫で
「俺スズちゃんの尻にシッポ見えるんだけど」
「うん、振ってんなこれ」
「完全に飼い慣らしてんな朝霧」
プチコンサートが終わり店員に案内された席は
「遠い」
「ホンマや」
料理から遠く
「私奥~」
「女子奥ね~」
料理取りに立たされるであろう手前。
「私こっちがいい」
「あ、スズっちは朝霧くんの横がいいか~」
「よかったね朝霧」
「こういう風に言えば可愛いのよねきっと」
「料理取りに行きたい」
だろうと思った。
「マドカ、こっち来る?」
「うん」
なんだ、いい感じじゃねえか
気ぃつかってやってるし。
一番立ちやすい末席にスズ、その横に俺、からの真田と彼女。
「食べ放題飲み放題は2時間となっております」
「はい!」
「お飲み物はそちらの端末よりご注文下さい」
「とりあえず生を人数分」
「かしこまりました」
「あ、一つはジュースで
スズ何がいい?」
「オレンジで!」
「かしこまりました~」
ヨーーイ…ドン!!
「見て、時限爆弾」
「きっちり計られるのね」
席の上にタイマー付き。
「取りに行っていい?」コソコソ
「待って、たぶん乾杯とかするから」コソコソ
「そっか」コソコソ
そしてわらわらと運ばれてきたジョッキが、末席のスズの前にどんどん置かれる。
「スズちゃん酒豪~」
「スーたん俺にもちょうだい」
「はい!」
目の前に座ってるくせに自分で取れ。
神田はわざわざスズに取らせた。
「お手」
「わん」
「ぐはっ!可愛い!」
「だろ?」
「自慢すんな、腹立つな」
「生搾りオレンジです」
スズのだけ最後に髭のおっさんが持ってきた。
「うそすごい!お酒みたい!」
え、それフリードリンク?
色もなんか濃いし、グラスの縁にはカットされたオレンジ。
「ドリンク代
サービスさせていただきますので
高いのでもなんでもご注文ください」
「え…」
「ピアノ、ありがとうございました
お陰様で席も埋まりまして」
あ、客引き効果があったのか。
スズは嬉しそうに笑う。
認められた感じがするんだろう。
その顔が俺を見る。
「よかったな」
「うん!こーきのお陰~」
「じゃあスズちゃんのお手柄にかんぱ~い!
これぞホントのフリードリンク!
じゃんじゃん飲むぞ~!」
お調子者の竹内がノリノリでジョッキをかざす。
「や、タダなのはスズちゃんだけでしょ」
「だよね、これ全部タダにしたら大赤字じゃん」
「図々しいな竹内」
「……」
ゴホン…
小さな咳払いをして竹内は座った。
「本年も無事に同期会を開催できまして
幹事を勤めさせていただきました竹内リョウマ
心より感謝申し上げます」ボソボソ
「「「「「「かんぱ~~い」」」」」」」
9つに仕切られた正方形のプレートの、スズの盛り方は実に天才的だった。
一列目、アボカドサーモン
二列目、エビチリ
三列目、ポテトポテトケチャップ
女子はちょっとずつ色んなものを食べたいんじゃないのか。
ほら、真田の彼女も平井も山崎もひと升ずつ色んな物が乗ってる。
「はい、静香ちゃ~ん」
「どうも」
女王様はぞっこんの竹内が盛ってきた。
さすが、女子が喜びそうな盛り付けで。
「ご飯食べたい」
「え、ご飯?」
頷くスズ。
米あったっけ。
自分が食べないから見なかった。
「スーたん!あっちにピラフやパスタあったよ!」
目の前の神田が何故か大声で教えてくれてスズはパッと笑う。
「俺が取ってきてやるよ!」
「選びたいから自分で行きます!」
「じゃ…じゃあ在処を教えてあげよう!」
在処て、どんだけ広いんだ。
「ありがとうございます!」
「よし行こう!」
まぁ神田は気を遣うから、仲良くしてくれようとしてるんだろうな。
ゴクゴクゴク
「米山、ビール」
「え、お前もう飲んだの?」
「私も~もっかい生~」
「あ、俺も」
端末に近い賑やかし米山が注文を入れる。
「なんかやってますよ彼女、いいんですか?」
「え?」
隣の真田の彼女が、神田と出かけたスズを視線で指す。
「なにやってんだ」
手作りピザコーナーでピザに具を乗せてた。
「人懐っこいですね、彼女」
「意外だったな
お前あんなタイプが好きだったのか」
彼女の向こうから真田が口を挟む。
「結婚すんの?」
「うんまぁ、そのつもり」
「見た瞬間
ただの遊び相手じゃねえなって思ったけど。
じゃなきゃやってるよな」
考えてみなかったけど
「そうだな
遊び相手ならやってたかもな」
「高校生なのよね?」
口を挟んだのは真田の彼女。
口調ががらっと変わった。
控えめでオホホな上品に見せた口調だったのに今のは強めな。
なんというか真っ直ぐな。
そんな彼女の声色に真田も驚いたみたいだった。
「進路は?大学は?
どこに行くか決めてるんですか?」
え、なに?
「ちゃんと考えてますか?」
「え…まぁ」
さっき音大行きたい言ってたし。
「彼女には未来があります
ちゃんと考えてあげて下さい」
「マドカ?どうかした?」
「あ…ごめんなさいなんでもないの」
つい取り乱しました、みたいな。
彼女は席を立った。
「お手洗い行ってくる」
その後ろ姿を、真田は驚いたままの顔で見送っていた。
「ちょ…お前の彼女何者なんだ」
「や…よくわかんねえけど今のが素か?」
「女子アナかぶれの清純ぶりっこキャラは?」
だけどなんか今の方が好感もてる。
合コン用に作られた女子アナ風オホホより、今のは人間味があった。
てか…いきなりなんだったんだ。
「でさ~、企画室の山岸室長いるじゃん?
あの人トイレットペーパー持ち帰ってたらしくて
減給30万だったらしいの~」
「そのくらい買え!」
「30万て、どんだけ持って帰ったんだ」
スズと神田は一向に帰ってこない。
チラリ
楽しそうじゃねえか。
ホント、スズは全然見知らないしすぐ懐く。
そんなとこも好きでそんなとこが心配だ。
スズが戻ってきたのはそれからおよそ10分後。
「じゃーん!」
スズの手には小さなピザ。
「美味そう、スズ作ったの?」
「うん!半分はこーきにあげるの」
「んじゃ生ハムのとこ貰っていい?」
「いいよ」
小さなピザ用のカッターでスズは小さなピザを切った。
「うわ、生ハムうめぇ」
チーズたっぷり
生ハム
トマト
オニオン
コーン
「生ハムは俺が乗せたけどな」
「……」
微笑む神田。
ゲラゲラ笑うスズ。
二人がしてやったり感でハイタッチする。
仲良くなってんじゃん
よかった
スズが俺と静香しかいなくて、楽しくなかったらどうしようって、仲良くなって欲しいなって。
こんな旅行は俺が構っていればいいわけじゃないんだ。
色んな人とと仲良くなってこそ楽しい。
俺はスズにはそれが出来ると思ったんだ。
「スズっちこっちおいで~」
「はい!」
「今時の高校生はなに流行ってんの?」
「発言がおっさんだね村上くん」
「うるせえな」
「私も子供の頃ピアノやってたんだけどね
続けてればよかったよ~」
ニコニコ笑って楽しそう。
よかった。
「神田、サンキュ」
神田が仲良くなってくれたことを後悔するのは
これからずっとずっと先で
今の俺には知るよしもなく。
「最近どうよ」
「朝霧は幸せそうだな」
「え、そう?」
「可愛いじゃん…スズちゃん」
こんな時は謙遜するべきなのか。
「そんなことねえよ」
神田は同期。
福岡支社にいる同じエネ開。
仕事上、情報を交換したり、やらかした時には拭いあったり、出張で会えば飲みに行ったり。
入社後三年、神田が辞めたいと言いだしたとき引き止めたりもした。
同期の中でも同じ部署なだけあって、信頼し合い助け合ってきたと思う。
だから俺は
神田のことを信じていた。
いや
信じている
この先
何があっても
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます