スノボ旅行⑦進路

「あ、朝霧くん」



振り向くこーき、頬がポッと赤い。



「スズ!」



「呼んだの私じゃ」

「あ、ごめん平井」

「完全にスズちゃんしか見えてなかったわね…」


わ!

さなえさんがスズちゃんって言ってくれた!



大浴場を出てエレベーターホールへ向かうと、こーきと竹内リョウマさんと賑わし米山さんがいた。

三人で大浴場だったらしい。



「スズ、風呂どうだった?楽しかったか?」

「うん!露天風呂ちょーよかったね!

 雪なのに全然寒くなかった~不思議~」

「そっか、よかったな」



「あーー…湯上がりのスズかわいいな」



「勝手にアテレコするな」

「紅色の頬をひと撫で…

 してるとこ見せてあげる」

れんちゃんが私の頬をナデナデ

アハハハハハ



「ごめんね朝霧くん」



こーきが何かわからない顔してさなえさんを見る。


「私ね…私…」

「さなえちょっと待って」

「え、ここでなに言う気…」



「ごめんね私…」



切ないうるうるなさなえさん


何があったのかな。




「先に触っちゃったかも」




「は?」



「私も~」

「やだ恋花その手つき止めなよ!」

アハハハ

「あと半年お待ち~」

「自己処理くらい許してあげるって、私が」

「出家しちゃえばこのさい」



「静香…お前余計なこと喋りやがって…!」



アハハハハハ



なんか盛り上がった。




部屋に荷物を置いたら次は夕飯。


汚れ物は袋に入れて、濡れたタオルは広げて干す。

杏奈にラインを返して、テレビの天気予報の見慣れない地形と地名が面白くて

カシャり。

お財布とハンカチとスマホを小さな袋に入れて、静香さんが迎えに来てくれるまで、窓の外を哀愁漂わせた風に眺めてみたり、毛先に枝毛探してみたり、大浴場でみんなの真似して買った天然水を飲んでみたり。


ゴクゴク


「美味しいわ」ウフフ


水の味はわからない。



コンコン


あ、来た。


「はーい!」


ガチャ



そこにいたのは



「え…こーき?」



「ちょっと早いけど

 ホテルの中探検しながら行こ」



「うん!」



嬉しい!

二人きりだ!



「鍵持って来いよ」

こーきは中には入らず一旦ドアを閉めた。

そんな真面目なとこも好き。

だってお父さんと約束したんだもんね。


財布なんかを入れた小さな袋と部屋の鍵を取って部屋を出た。


ガチャ


「行こう」


こーきが手をつなぐ。


ちょっとだけ笑って、嬉しそうに目をそらして。


それがなんだかすごく嬉しい。



「何してた?一人で大丈夫か?」

「全然大丈夫だよ」

「ならいいけど」


「あのね大人ごっこしてたの!」


「大人ごっこ…?」

「だって一人でホテルに泊まるなんて

 大人みたいなんだも~ん」

「そっか、スズは泊まることないもんな」

「こーきは出張の時一人で泊まるんだよね?」

「うん、今日は米山と竹内と一緒だけど」

「楽しそうだね」

「そ?俺は寝るのは一人がいいかな」

「こーきも大人ごっこ?」

「大人ごっこって何するんだ?」

「お水飲んで美味しいとか言うの」

「水?水の味はわかんねえな

 水道水も高い水もわかんねえ」

「一緒!私も!

 あ、あとさ空気美味しいのもわかんないよね」

「あぁわかる

 空気なんて匂い次第だろ」

「だよね!

 あ、じゃあさラーメンも大概美味しいよね

 味わかんないよね

 あっさりかこってりか好みの問題だよね!」

「や、それはわかる気がする

 マズいラーメンもある」

「うそ!」

「俺はケチャップの

 美味いマズいの方がわかんねえけどな」


そんなどうでもいい楽しい話をしながらやってきたここは三階。

「あ、お土産屋さん!」

「見る?でも買うのは明日な」

「なんかお揃い買おうね!初めて旅行紀念!」

「う…うん」

↑派手でチープなお土産品とか苦手な人

 参照、ハリネズミのカップ


「なんにしようかな~」

お土産屋さんの棚を物色しながら

うろうろ


「スズ、こっちゲレンデ見える

 雪めっちゃ降ってるぞ」

「うそ!」


大きな窓の外は広いゲレンデ。

細かい雪が舞い散るのが、ナイターの明かりに照らされる。


そこに光がありますよって、雪が光の道を表す。



「綺麗だね~」

「スズ、明日はスノボやめてどっか遊びに出よう?

 あいつらは滑るだろうけど」

「でも」

いいのかな

「ゆっくり朝ご飯食べて、どっか…広島市内の方か

 岡山まで行ってもいいし」

こーき滑りたくないかな。

しかも同期の人と遊ぶための旅行だし。


「時間気にせずに一日中デートとか

 かなり魅力的なんですけど」


ズキュン


こーきが撫で撫でする。

微笑んでそうするこれに、好きだよって聞こえる。


「そんなときめかないでくれ…」

「え…!ときめいてた?!」

「うん…」




近代的かと思えば、木のぬくもりふんだんなホテル。

暖炉みたいな飾りがあったり、大きな液晶がウィンタースポーツを映していたり。


そんなホテルの中を探検しながら


「あ、ここだな」


夕飯のお店にやって来た。


和食と中華のお店に挟まれて、中は丸見えなオープンな感じのお店は

『期間限定牡蠣焼き!』

からの

『ソフトクリーム巻き放題!』まで

バイキングみたいだった。


「あ、なんだバイキングかよ」

「楽しそう!」

「え、そう?ならよかった」

こーきは若干不服そうだけど、私はバイキング大好き。

「飲むのに取りに行くの面倒…」

らしい。


「先に入ってようか」

「うん!」


ここもやっぱりゲレンデ一望。

ホテル自体ゲレンデに向いて建ってるんだろうなって気付いた。


出てきた店員さんにこーきは名前を告げ、

席に案内される途中




「あ」



ついつい目にとまってしまった。




「すごい!スケルトンのやつだ!」




「お、すごいな」




お店の真ん中にあったのは


グランドピアノ




透明で


音を奏でるその動きが見えるやつ。



「初めて見た…凄い」



弾いてみたい。



「こちらです」

立ち止まる私たちに戸惑う店員さん。


「スミマセン…

 このピアノちょっと触ってもいいですか?」

「え、まぁそれは大丈夫ですけど…」

「ピアノ弾ける子でして…」

「あ、そうなんですね〜

 弾いても大丈夫ですよ

 まだお客さんも少ないですし」



「スズ」



「いいの?」



透け透けのピアノは

透け透けだけど


音はやっぱりちゃんと




グランドピアノだった。




ピアノ線やハンマーの動きまで

透明なその中によく見えて


それは



音の形が見えるみたいだった。




選んだ曲を何か意識したわけじゃなかった。



だけど自然に指が奏でたのは




冬の日の幻想




雪景色がそこにあるからかな。



冬には聞きたくなる。




鍵盤しか見えない


ピアノの音しか聞こえない




指は無意識に没頭して

意識は音の中にしかなかった。





「それも有りなんじゃないかと、俺は思うんだ」



こーきの声に、ハッと現実の世界に呼び戻された。



私の指が止まり、こーきが鍵盤に指を下ろす。


低い音がぽろんとこぼれる。



「何が?」



「手紙の返事、ずっと考えてたんだ」



「手紙?」




「俺はね、何か目標や夢があって

 国工大に行ったわけじゃないし

 今の会社に入ったわけでもない」



〝こーきはどうして国工大に行って

 今の会社で働いてるの?それが夢だった?〟



手紙にそう書いた。


大学を決めろと言われても、将来なんてわからない。

この先長い人生を、今のこの一瞬で決めなきゃいけないなんて。


何を学び

何になるのか



「大学を選んだのは、勉強は好きだったから

 ちょっといい大学行こうかなって

 軽い感じだったし。

 就職だって、

 どうせやらなきゃいけないなら

 とりあえず有名なとこ受けとこうって

 そんな感じだったんだ」


「うん」


「大学行くのが当たり前。

 それから就職するのが普通。

 そんな型にはまっただけで

 夢とか希望とかそんなのもなかったし

 万人が歩む人生を同じように歩んだだけなんだ」


鍵盤を向いていたこーきが、椅子に座る私の方に向いた。

否定的ないい方をした割りに、その表情は満足そうに微笑んで。



「だけどな、そんな中でいつの間にか

 目標が出来てたり

 知らないうちに

 小さな夢を思い描いてたりするんだ」

「小さな夢?」

「例えば、次のテストでは満点取るとか

 早めに単位取ってしまおうとか

 もうちょい大きな夢になると

 すごーい!って言われるようなとこに

 就職してやろうとか」

「それで甲田ホールディングスなの?」

「型にはまって今に至るけど

 今月中にあそこの社長に判子押させてやるとか

 社内表彰に呼ばれてみせる!とか

 なーんか小さな夢とか目標が見えてくるんだ」

「うん」


「俺はそれでいいかなって思う」


「こーきは今のお仕事好き?」



「うん、好きだな

 気付けば好きになってた」




こーきがまたポロンと音をこぼす。




「ピアノ弾いてるときが

 一番生き生きして楽しそう、スズは」




ピアノは習い事だと思ってたの。



練習して発表会してコンクールに出て、よく出来ましたってお母さんや先生に褒められる。



だけど最近のピアノは違う。



人に聴かせる。



自分のためじゃないの。



自分じゃない誰かに喜んでもらうために、楽しんでもらうために



人の役に立つために弾くの。



いいなって思ったの。





「ピアノ…も有りかな?」



「うん」

「世界的なピアニストになりたいわけじゃないの」

「うん」


「ピアノを弾く仕事…」



そんなの現実的じゃない気がしてた。



だけど口にしてみたらはっきりわかった。

ていうかはっきり気持ちが固まった。

形になった。



「あるじゃん、スズにはやりたいこと」



こーきが弾かせてくれたから



こーきが見つけてくれた




私がやりたい事。




「私、音大に行きたい!

 ちゃんとピアノを勉強したい!」



こーきが笑った。

ぷって吹き出して。


「声デカい」笑

「あ…」

注目を集めてしまった。

変な人いる的な視線。


「一曲どうぞ、先生」コソコソ


「では…」



両手の指を鍵盤に置き


指先に集中



ここは楽しい食事の場所



ハッピーな曲を弾かなきゃ。

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