輩、降臨

「朝霧」



頭の中はもう、何かを考えているわけじゃなかった。


「朝霧!」


「え…?」



なにも考えられない。



「ミーティング始めるぞ」

「あ…はい」



スズが通るだろう時間に駅で待った。


待って何を言うかなんて考えてなかったし、何を言えばいいか、こんな時にどんな言葉を口にするのか。



何もわからなかった。



恋愛なんて山ほどしてきたと思ったのに、俺は一度も恋愛はしていなかったと気づいた。



朝のラッシュの時間に、マリアの制服を着た子はたくさんいたのに、スズを見つけられなかった。






「じゃあ月末までには契約がとれるな」

「はい!」

「下田、しっかり予定組んでやれよ」

「はい!」


「朝霧」


どうしてスズはそんなことを思ったんだ。


「朝霧!」


俺が何か…

もしかして他に好きな人が出来た?

スズはまだ高校生だ、10も上の俺なんて…


「朝霧聞いてるのか!」


え?



「朝霧どうかしたか?」

「朝霧さん腹でも痛いんすか?

 朝からずっと変」

「まぁ基本的に変だけどね」

「山本企画室長はお前推しだったけど

 ウソだろ」


「朝霧、下田のフォローな」


あぁ、あの契約のか。


「ったく…

 静香ちゃん、下田のフォローしてやって

 こんな不抜けたヤツに任せられるか」

「むしろ小本商会のも誰かフォローしてやれよ

 これ絶対やらかすぞ」

「ばぁちゃんちに干してあった大根みたいだ」



話が頭に入ってこなかった。

ミーティングはいつの間にか終わってて、開いていた手帳には何も書き込まれていなかった。


「朝霧、コーヒー飲む?」

「いい…」

「どうしちゃったのよ」

「静香…」

「ん?」



「旅行…キャンセルしといて、俺とスズの分」



「は?」



「田中工業の現場視察行ってくる」



仕事しなきゃ。



「……」



スズがいなくて



俺はやっていけるのか



仕事がどうでもよくなるなんて初めてだ。



スズは俺がいなくて




平気なのか?




「下田!」

「はいさー!」


カバンを取って上着を羽織る。


「行ってきます…」



「朝霧のフォロー行っておやり」



え?



「部長、いいですよね?

 下田どうせヒマだし」

「や、ヒマではないですが…」

「行ってこい」


なんで下田が俺のフォローなんか…


「朝霧!」

「はい」



「フォローさせるのも勉強になる、連れて行け」



両方の親に許して貰って

旅行まで許して貰って

何もかもが上手くいったときだった。


上手くいってると思っていた。



何でだ

何なんだ

何がダメだったんだ。



「朝霧さんどうしたんすか?喧嘩でもしましたか?」


運転席から下田がチラッとこっちに目線をやった。



「別れた」



「………」



「フラれた」



「ちょ……」



「下田、信号赤」



急ブレーキで停まる車。



「何言ってんすか!!!!」

「だって…だってさ」

「朝霧さんのそんな顔見たくないっすよ…」



「俺にスズなんて勿体なくね?」



「いつの間に憧れの存在になったんすか」


「え?」



「もうそんな距離いらないっしょ」



認めたくないけど、現場視察はすんなりと何事もなく終わった。


静香のお陰で。


「俺のお陰です!」


帰り道は俺が運転しようと思ったけど、死にたくないと下田がハンドルを握り、田中工業との飲み会の前に一旦社へ戻った。



「ただいま戻りました~」


「下田どうだった?!ちゃんと出来たか!」

「バッチグーですよ!

 この先輩は女にフラれたくらいで

 使い物になりませんでしたがね!」ワハハハハ


早速バラしやがった。


「朝霧…」←部長ワナワナ


「え、お前フラれたの?」

「お前もフラれるんか!」



「お前青井本部長のご令嬢に何してくれてんだ!」



部長の怒号が、仕事をやらかしたわけでもないのに響き渡る8階オフィス。


のもつかの間




バンッッッ!!!!!




すんごい勢いで開いたエネ開の扉。




「すっとこどっこいは帰っとるか!!!」



「「「「?!」」」



カツカツカツカツ!



俺に向かって一目散。


胸ぐらガシッからのヒールは椅子の上。




「おんどりゃなんば考えよっかーー!!

 ピーはついとんかーー!!

 どぎゃんこめえんか!!」



誰か警備員を。



「静香さん落ち着いて!!

 あーた東京出身でしょ!訛ってますよ!」

「おどんがたたっ斬っちゃる!」

「静香ちゃん落ち着いて!」

「離しんしゃーい!!」



なんなんだいきなり。

気でも触れたか。



「えぇ?!静香さん何泣いてんすか!」



「この男が全て悪い!

 運賃値上げも増税も温暖化も!」



「は…?」



「何のんきに仕事してんのよ…

 そんなの…いくらでも代わってやるわよ…」



「静香」



「どんだけ傷ついてると思って…!」



静香が泣くのは初めて見たと思う。




「お前なんか腹切って死ね!」




「お前もしかして…」




「絶交よ!」





「スズに会ってきたのか…?」

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