キキララのメモ帳②
『今日の夜、少し出れる?
お父さんには俺から連絡するから。
たぶん21時前くらいになる』送信
って、昼前に送ったラインが『ごめんなさい』って返ってきたのはもう日が暮れてから。
昨日の夜のラインは返ってこなかったし、電話にも出なかった。
「……」
「お疲れ~」
「あ、静香もう帰る?」
「今日は今から旭商会の早漏と接待」
「何で早漏って知ってんだ」
「イメージ」
バッグを持ち、颯爽とオフィスを出て行く静香。
「朝霧」
「あ?」
「明日ならヒマ」
「明日は俺現地視察からの飲みだ」
「そうだったわね」
不安にもやもやとざわざわと騒ぐ胸の内。
こんなにも会えないのか?
いや、こんなに会えないことはない。
完全に避けられてる。
確信した。
とは言え、家に突撃するわけにもいかないし、下校時刻や帰宅時刻に待ち伏せするような時間もとれなかった。
ラインは返ってこないし電話には出ない。
こうしてみると、俺とスズは、本来交わることの無い世界だったんだなと思う。
会おうとしないと会わない。
それでも俺とスズが出会えたのは、スズがこんな俺に、めげずに頑張ってくれたから。
あーー…どうしよ
困ったな。
「よし!」
やっぱ家に突撃しよう。
ちょっと喧嘩しました~くらいなら、今ならわかってくれる気がする。
時刻は20時をまわったとこ。
今日中の仕事だけ終わらせて帰り支度をした。
「朝霧ちゃ~~ん」
「お帰りですか~」
最近配属されてきた先輩方。
30後半独身
金も時間も有り余ってる。
そして捕まる俺。
仕事は出来るし優秀だけど、非常に面倒くさい。
東京に居た頃、数ヶ月一緒にして、1人はオーストラリアへ、もう1人は中国へ転勤し、そしてこの前二人して戻ってきた。
なぜかこんな片田舎の支社に。
「お前らがよく行ってるとこ」
「カワムラですか?」
「そこ行くぞ」
「何が美味い?」
「山芋焼き?」
「静香ちゃんは?」
「今日は接待で」
「下田は?」
「島根に行ってます」
あー…俺しかいない。
てことで、家に突撃してスズを捕まえることも出来ず、暴君な先輩方とお夕飯へ。
「へ~」
「普通だな」
「いらっしゃい」
「生三つで
あと山芋と串盛りとササチー」
「今日はメンバー違うね」
「先輩です。
余田さんと花田さんです」
「どうぞご贔屓に」
静香と下田と夕飯に来るのとは違う。
仕事の延長、疲れるだけ。
「仙台支社の山本がさ~」
「あそこの社長はクセが強いな」
飲みながら少し仕事の話をし
「んで?朝霧の彼女ってどんなよ」
「やたら有名じゃん」
「何ちゃんだっけ」
「余田さん秘書課の人と続いてるんですか?」
「続くかいな
オーストラリア行ってたのに」
「朝霧、合コンセッティングしろよ」
約2時間飲み
「二件目~!可愛い子いるとこな~」
「露出高いとこがいい~!」
まったく気乗りしないけど女の子がお酒注いでくれるお店へ。
しかも山形産業のハゲが好きな露出高めのお店。
「自分帰ります…」
「なに言ってんの~!」
「や…彼女いるんで」
「彼女とこれは別だろ!」
「無理です!」
「ほほ~」
「先輩の言うこと聞けませんか」
「……」
言っておきますが断じて触ってませんし、座る位置も20センチは空けてました。
やたらと開放されてる胸元も太ももも見てません。
「触っていいよ~」
バカ女は俺の手を取り、自ら懐に入れようとなさいましたが
「ちょ!やめろ!
触りたくねぇわお前のなんか!気持ち悪いな!」
即時振り払いました。
ただただ、先輩方が終わるのを待っていました。
視線は地面へ斜め45度に落とし、ウーロン茶とビールを黙々と交互に飲みました。
「あーー…疲れた…」
家に帰り着いたのは午前1時45分
どんだけ元気なんだ。
冷蔵庫を開けても水はない。
スズが買っていてくれた水はとっくになくなった。
だから水道水を飲んだ。
カウンターの上には洗って伏せてあるスズのカップ。
来てない
最後に来たのはいつだった。
お茶も飲んでないしクッションも動いてない。
問題集もそのまま。
メモも貼ってないし。
「……」
ん?
キキララのメモ帳無くなってたな。
最後の一枚だったはず。
スズが喜んだんだ、俺が可愛いの買ってきたから。
「どこに…」
どこにも貼ってない。
キュッと蛇口を締め、手の甲で濡れた口を拭うと、ポタポタと床に水滴が落ちてそれを踏んだ。
濡れた足の裏でフローリングがベタッと足に付く。
机にもパソコンにも無い。
冷蔵庫の中にも無かった。
洗面所
トイレ
靴棚
問題集のページの間
無い
どこにも無い
どこかに
スズは何かメッセージを残したはずだ。
見渡す家の中
視界に入ったのは
白いピアノ
「あった…」
開けた蓋の中に貼ってあった。
それには
『こーきへ
今までありがとう
大好きだったよ
ごめんね スズ』
「え?」
飲み過ぎたのか、理解できてない頭。
なのに
しっかりと手は震えた。
「スズ…?」
最後にスズが来たのはいつだった。
いつ書いたんだ。
避けてたんじゃない
スズの中で
終わってた
これを見つける前に
会いに行かなきゃいけなかった。
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