キキララのメモ帳①
私のこと好きじゃないかもって思ったら
こーきに会うのが怖くなった。
抱きしめてくれなかったら
キスしてくれなかったら
別れたいと言われたら。
「スズ今日は音楽部?」
「うん」
ホームルームが終わってがやがや動き出した教室。
朝より放課後の方がクラスは元気になる。
「杏奈はタケルくん?」
「うん、タケルんち行く」
「そっか~いいね」
「あんた最近朝霧さん会ってる?
毎日真面目に音楽部行ってない?」
図星
こーきの赤瀬浦の家に行って以来、会わないままもう1月が終わろうとしていた。
「こーき今忙しくてさ。
旅行で休むからその分を
チョーセー?しなきゃなんだって」
「ふ~ん、大変だね」
「ね」
「でも旅行だもんね!よかったねスズ!」
「うん!」
あんなに会いたかったのに。
一分一秒でもいいから会いたくて、こーきから会えるって連絡が来たら嬉しくて嬉しくて。
なのに今は
『スズのこと好きじゃないよ』
私を好きじゃないこーきに会うのが
怖かった。
なんであんなに自信満々に好かれてると思ってたんだろう。
なんであの日、途中でやめちゃったのかな。
あれはこーきがやめてくれたんじゃない。
先に進むのが怖くなって
勇気出なくて
私がやめたの
やめさせた
やめるように仕向けた。
だけど
こーきに嫌われる方がよっぽど怖いってわかった。
やめなきゃよかった。
最後までしてもらえばよかった。
目を瞑ってればすぐ終わったかもしれないのに。
後悔しかなかった。
こんなに落ち込んだのは初めてかもしれない。
気を抜くと涙がこみ上げてくるなんて初めて。
無理してご飯を食べるのも初めて。
無理して笑うのも
初めてだった。
「スズ!」
音楽室でピアノに指を下ろしたとき、入ってきたのは愛理だった。
「今日ヒマ?カラオケ行かない?
タダ券もらっちゃった~1時間だけど」
ちょうどね、涙が溜まりまくってたとこだったの。
急に入ってくるから…
「え…ちょっとスズどうした?!」
「ごめ…」
愛理が優しく背中をさする。
「泣きな泣きな、どうした~」
涙は止まらなかった。
「朝霧さんのこと?」
頷くしかできなかった。
愛理のハンカチが私の目を抑える。
「スズ…言いにくいけどさ」
顔を上げると、愛理はいい子いい子って頭を撫でた。
心配そうな顔。
「別れた方がいいよ
こんなになってまで付き合ってる意味ある?」
別れる…?
「会ってるの?」
「会って……ない…」
「そんなもんだよ~
元彼も言ってたけどさ
朝霧さんちょーモテるんだから
スズと付き合ってるのだって
ヒマ潰しだったんだと思うよ?
そもそもスズに落ちるような人じゃない。
あの人ほら女に不自由しないらしいし
よかったじゃん、そんな奴に初めてとられないで」
そんなことないって
「あの人がスズに本気になるはずないよ」
やっぱり言えなかった。
「別れな、スッキリするよ
朝霧さんも今頃困ってるよ
スズが別れてくれないと」
そうかもしれない。
「泣くの付き合ってあげるから、ね?」
それが最善だと私も思った。
本当はわかってた。
そうした方がいい事は。
こーきもきっと困ってる。
面倒だと思ってる。
よく考えたら、出会ってからずっと私は迷惑しかかけてない。
痴漢に間違われて
ストーカーされて
門限のある面倒な彼女で
お父さんに怒られて
自分のお父さんにも怒られて
仕事大変そうなのになにもしてあげれない
わかってあげる事も出来ない
高校生の私と
大人なこーき
なにもかみ合ってなかった。
キスから先に進めない。
全てが大人になれない。
別れるしか無かった。
「愛理…」
「ん?」
「励ましてね…?」
「当たり前じゃん!」
私は最後にこーきの家に行こうと思った。
ハリネズミのカップでハニーミルクを飲みたい。
箱一杯になったメモを見返したい。
もう一度アイロン掛けてあげたい。
こーきがいっぱい書き込んでくれた問題集は持って帰りたい。
こーきの匂いに包まれたい。
こーきが買ってくれたあのピアノを弾きたい。
何度も来た背の高いマンションを見上げた。
何度来てもここは憧れだ。
憧れに過ぎなかった。
オートロックの自動ドアが、私を感知して開く。
だけど私は一旦離れ、スマホの鍵を停止した。
いないよね
今日、仕事だよね。
まだ別れ話は出来ないの。
今日はこーきの家で過ごしたいから。
いないのを確認するために部屋番号を押した。
出なかったからまたスマホの鍵をオンにしてドアを開けた。
「あなた誰?」
え?
背後にいたのは綺麗な女の人。
こーきはモテる。
私なんかじゃなくてもたくさん居るんだ。
この人知ってる。
付き合う前にコンビニで見た。
「もしかして彼女ってあなた?」
もう嫌。
「光輝どうかしちゃったの?趣味わる〜」
その人の口調と表情から、私がこーきの彼女なんて可笑しいって読み取れた。
プププって笑う。
「騙されてるんじゃない?」
そんなことに気付かず、彼女面してた私はホント可笑しいよね。
「女子高生なんて…
若い子味見したくなったのかしら」
「味見…?」
どういう意味?
「セフレでしょ?
そんなの飽きたらポイよ」
「セフレって…なんですか?」
「はぁ?何?純情ぶってんの?
どうせやりまくってんでしょ」
「やりまくるって…」
愛理が言ってたこと?
やるってそういうことだよね。
「してない…」
口にするとまた涙がこみ上げた。
私がしなかったから。
「え…してない…?」
私を笑ってたその人は急に真顔に、驚いた顔した。
「してないの?」
やっぱりおかしいんだって思った。
付き合ってるのにしてないのはそんなに変なんだ。
「私ね」
「え…?」
「私、光輝と終わってないの
今日も家で待っててって言われたのよ」
愛理の言うとおりだった。
「あ、そうだ
ピアス落としちゃったんだけど知らない?
光輝の家に落ちてなかった?」
「ピアス…?」
「ベッドの下にでも入り込んじゃったかな
気に入ってたのにな~」
「ベッド…?」
「あ、私の化粧品使ってないでしょうね
高かったんだからやめてよ~」
「化粧品…?」
「洗面の鏡の裏にあるでしょ?あれ私のなの」
「ないです…」
洗面所は掃除したもん。
鏡の裏にはこーきの整髪料やひげそり後の化粧水みたいなのをしまったの。
ティッシュの箱も綿棒も、こーきが洗面所の縁に置きっぱなしにするから、水跳ねが拭きにくくて。
「そんなのなかった…」
「そんなはずないでしょ!」
「ベッドもない…
こーきの家には…何もないです…
ベッドもソファーも…
最初から…何もなかった」
わけわかんない
もう嫌…
「鍵は…光輝がくれたの?」
「はい…」
下を向いて息をついたその人は、キッと私を睨み付けたかと思ったらニコッと笑った。
「あ、今日はうちに来るって約束だった。
ごめんね、接待とか残業とか嘘ついてるでしょ」
どう答えていいかわからないし
涙ももう我慢できそうに無かった。
だからまた閉まってしまったオートロックのドアをもう一度開けた。
私は逃げるようにマンションの中に入った。
こーきが好きだと言ってくれたとき、彼女とは別れたと言っていた。
好きだと言ってくれたのも
なにもかもがウソだったように思えて
涙はとうとう決壊
18階でエレベーターを降り、ドアの金の装飾でいつもみたいに顔を見ると、ぐちゃぐちゃの可愛くない泣き顔が写った。
ドアを開けると
ほのかに柔軟剤が香った。
こーきが朝から洗濯を回していったのかもしれない。
はりねずみのカップに牛乳を注ぎ、それをレンジにかけて、大きなハチミツの瓶からすくってカップに入れてかき混ぜる。
スプーンに残ったハチミツを舐めるのが好きだった。
それが残った唇を、こーきが甘いってキスしてくれたこともあった。
どんどん流れ落ちる涙
こんなに泣いたこと初めて。
大きなビーズクッションに顔を埋め
私は
覚悟を決めた。
『こーきへ
今までありがとう
大好きだったよ
ごめんね スズ』
キキララのメモ帳は最後の一枚だった。
それをピアノの蓋の裏に貼って閉じた。
これをこーきが見たときが
終わりの時
こーきの顔を見て、別れ話をするなんてとても出来ない。
あっさりとわかったって言われたら
立ち直れないから。
こーきの家を出たのも
家に帰り着いたのも
何時だったかなんてわからない。
「鈴、何時だと思ってるんだ」
「すずちゃんどうしてたの?
今日朝霧さんお休みだったの?」
大魔王が怒ってるのはわかるけど、どうでもよかった。
「ごめん…寝る」
「お夕飯は食べたの?」
「おやすみ…」
「鈴」
今日はお説教は聞きたくないの。
「旅行、楽しみだろ?
必要な物は買ったのか?」
答えられなかった。
階段を駆け上がり部屋のドアを開けると
開いてた窓から風が吹き抜け
足元にヒラリと
あの日もらった名刺が舞い落ちた。
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