呑気な朝霧

ゲレンデのスズを想像したら



「きっっしょっ!!」



そんな顔になってしまう。




「ウエアはレンタルっすか?」

「私買う~なんだかんだ毎年行ってるし」

「俺も買う」

「スズちゃんは?」

「買ってやる

 そんで毎年行く」

静香がツンツンと自分を指さす。

「2人で行くし、邪魔すんな」

「ひどい!こうくんいつからそんな子になったの!」

「お前まじで殺すぞ」

昼休憩の時、休憩室でサンドイッチにかぶりつきながらスズにラインをしていた。


『今日早く上がれることになったから

 旅行の買い物に行こう』って。


スズがうちに来たあとから会えないまま、1月も終わろうとしていた。


俺も接待が続いたり仕事が終わらなかったり、取引先にいきなり呼び出されたり。

会えそうなときにラインしても、スズもピアノがあったり友達と約束した後だったり、体調が悪かったり。

なかなか都合がつかなかった。



「朝霧、小本商会の北田さんのはどうなった?

 来週だろ?」

「はい、予定通りに進んでます

 あとは書類を貰うだけです」

「静香ちゃーん、この前の発注は?」

「来週来まーす」

旅行までに仕事を片付けとかないといけないから、なかなか忙しかった。


「派遣来ないね~」

「まともな派遣が欲しい」

「催促はしてるらしいわよ、人事に」

「まぁでもまた塚原みたいなの来てもな」


「下田!コーヒー!」


最近配属されてきた先輩様のご命令に、スマホを耳に当てた下田が、険しい顔をして指で×を見せる。

無理って。


PPPP PPPP


「あ」


「鳴ってんじゃねえか!」

「下手な芝居しやがって!」

先輩方から袋だたきに遭う下田。


「俺いれてきまーす」

本物の電話を取った下田がへへーと頭を下げた。


給湯室でコーヒーの三角な紙をセットし、水を入れてスイッチオン。

最初に習ったのはコーヒーの淹れ方だったかもしれない。

コポコポと鳴り出す古い機械。

オフィスに流行のアンバサダーにして欲しい。



PPP


あ、スズだ。


『ごめんなさい

 今日はクラスの友達と遊ぶから』


「……」


なんかフリーズしてしまった。


また?

避けてない?


『友達って誰?』

そう文面を打って、指が迷い、消した。

いつもは誰かわからないけど、名前をずらずら並べて送ってきて、何かしらの写真を送ってくれてた。

最近それはない。


付き合って半年


「まさか…」


ちょっと飽きられてる?



「朝霧~コーヒー出来た?運ぶの手伝うわよ」

「静香…」

「何よ、またスズちゃんとライン?

 飽きないわね~」

並べてあったカップに静香はコーヒーを注ぎ分けた。


スズが友達と遊んで帰るのは18時。

馬由が浜で待ってたらウザいだろうか。


「率直に聞くけどさ」

「何よ」

「飽きる?」

「え?」

「半年も経てば彼氏より友達と遊びたい?」

なんだその抉るような視線は。

「避けぇられてるかもぉしれぇないよか~ん♪」

「え、お前の静香って工藤静香の静香?」

「友達とも遊びたいし彼氏とも遊びたい

 高校生なんだから、おわかる?」

「はい」

「家には来てるんでしょ?」

「一昨日?いや昨日だっけ来てたっぽい。

 カップ置いてあったし

 クッションに寝た跡があった」

「キッモ!匂い嗅いでんの?!」

「違うわ!

 寝たっぽく凹んでたんだ!

 ビーズのやつだから!」

「でもそこにそのまま頭置いて寝転がったでしょ?」

「うん」

「キッモ!」


スズが遊びたいって気持ちもわかる。

それを止めさせてまで俺との時間をって気持ちは無い。

というか我慢できる。

圧倒的に俺に合わせて貰ってるんだから。


買い物はもう少し待とう。


ギリギリでもいいし、ウエアは最悪レンタルでもいい。

あー…でも

服とか靴とか買ってやりたかった。

せっかく旅行に行くんだから。


『旅行楽しみだな』送信


『早く会いたい』送信


返信が来たのは夜になってからだった。




PPP



『私のこと好き?』



なに言ってんだよ今更〜

可愛いやつめ。



『好きだよ』送信





それから2日後の午後だった。


「あーごめんね、忙しいとこ」

「いえ!」


会社を訪ねてきたのは青井本部長だった。


「どうぞ」

応接室を開け、チラッと部署を見ると、下田が敬礼して給湯室に入っていった。

アイコンタクト。

コーヒー持ってこいっていうやつ。


「忙しそうだね」

「休み取るのも準備が…」

「だよね

 休み取るとなるとそれがあるから大変だな」

ソファーに座りながらそんなことを言い、お父さんは封筒をテーブルの上に置いた。


「?」


「旅行代、足りないかもしれないけど」


「え…」


「行くんだよな?」


「もちろん行きます!」


「じゃあこれくらいはさせてくれ

 色々かかるだろ、飲み物買ったり食べ物買ったり

 スキー場がいくらかかるのかわからないから

 ホテル代くらいしか入ってないけど」


「ありがとうございます」


遠慮しちゃいけないやつだよな。


「楽しみか?」


「はい」


「運転、気をつけてな」

「はい」


「何か酒買ってきてくれるか」


青井本部長は上着から財布を出した。


「裸のままでごめん

 これ餞別ね」

「え…でも」


「帰ってきたらうちで飲もう」


あーー…嬉しい。

俺本当は青井本部長のこと好きなんじゃ無いか?

よし、本作はBLに転身いたします。



「じゃ、ホントに気をつけて」

「はい」

青井本部長は上着を取って立ち上がる。


「ありがとうございました」


「朝霧くん」


「はい」



「この前鈴が…」



言葉の続きを待っていたら青井本部長は一瞬目を伏せた。



「いや、鈴のこと頼んだよ」



そう言って帰って行った。

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