してくれなかった意味

それは突然だった。


色々ありすぎて、そんな話しをしていたことも忘れていた。





「あ、お父さんお帰り」

「ただいま」

お母さんはお父さんが脱いだコートを、とりあえずリビングのフックに掛けまたキッチンへ戻る。

自分でかければいいのに。


「勉強してるのか?

 期末はオールAなんだろ」

こーきが余計なこと言うから。

「大学は決めたか?」

「うるさいな~帰って早々」

人の顔見たらそればっか。


「お父さん、もうよそっていいですか?」

「あぁ、手を洗ってくる」

お父さんがリビングを出て行く後ろ姿に


アッカンベーーー


クルリッ


「なんだその顔は」


なんで振り向くの…



「スズちゃん運んでちょうだい」

「麻衣ちゃんは?」

「かっくんとデートですって」

「いいな~デート」

こーきの家に行ってから4日。

週末もこーきは接待ゴルフとか色々あって会えなかった。


「美味しそ~海鮮焼きそばだ~」

「冷蔵庫からお漬け物も出してちょうだい」

「は~い」


「すずちゃん」

「ん?」


なに改まって。


「朝霧さんのお宅で

 勝手に冷蔵庫開けちゃダメよ」


「わかってるしそのくらい!」


失礼な!



「お、美味そうだな」

大魔王が戻ってきて、私も席に着く。

お母さんもキッチンの電気を消して座った。


「いただきます」


「いただきま~す」



イカだイカだ~

ペンキ色じゃないけど~


「鈴」


「今度は何?

 ちゃんと肘突かずに食べたし

 こぼしたりしてないから」




「二月の連休、行ってきなさい」




「……」



へ?何の話?

二月の連休?


「わかってない顔してるな」

「え、何の話?」

「お父さん正解教えてあげたら?」

お母さんがクスクス笑う。

「もうお返事したんでしょう?」

「予約を急いでるみたいだったからな」

「予約?」



「スキーに行くんだろ」



あ…


そうだった!


「今日、朝霧くんの同期の女の子が

 わざわざうちにお願いに来た」


静香さんだ…!



「いいの?!」



「22時には部屋に入ること」

「はい!」

「朝霧くんは立ち入り禁止」

「うん!絶対入れない!」


「朝霧くんの言うことちゃんと聞いて

 迷惑掛けないように

 同期同士の旅行と言っても

 仕事場は仕事場だからな」


「やったーー!」



嬉しすぎて嬉しすぎて


「すずちゃんよく噛みなさい

 焼きそばは飲み物じゃないわよ」

「犬食いをするな!」



嬉しすぎて眠れなかった次の日。


「ご機嫌ですねスズ先輩」

「え!そうかな!」ルンルン

「月光ってそんなテンションでしたっけ…」

指が走って仕方ない。


「なんかあったんだ~」


「愛理先輩!」

「スズ先輩が変なんですよ~」

「変なのはいつものことじゃん」


愛理が私の横で鍵盤に指を置き、タイミングを見て音を重ねてきた。


ハイテンポな月光が音楽室に響き渡る。


「す…すごい…」

「やば…何この音…!」


私の早さに愛理が合わせ、2人の指の動きはピッタリ合っていた。


気持ちいい

楽しい

すっごい爽快感!


「すごーい!!」

「何ですか今の!」

「ちょー楽しかった!!」

「ホント!ピッタリだったね!」


いきなり盛り上がって、私と愛理は大笑いで、後輩達は感動していた。


「あ!もしかして今の撮った?!」

「途中からだけど撮れました!」

「送って送って~」



「で?」



「ん?」



「何かいいことあったの?スズ」



エヘヘ~



旅行に行けるようになったことを愛理に話した。


「え?愛理どうかした?」

「あ…ううん!なんでもない!

 よかったね~」

「うん!めっちゃ嬉しい!」


「彼氏の会社の人たちと旅行とか

 スズ先輩どんだけリア充~」

「すごいです!

 だって会社の人に会わせるとか

 スズ先輩のことめっちゃ自慢じゃないですか!」

「え!そんなわけないよ!

 何人か来るんだって、彼女」

「でも普通会わせませんよ~」


「あ、そういえば愛理先輩の彼氏も

 甲田ホールディングスじゃなかったですか?」


「え…」


「スズ先輩みたいに

 同期の旅行とかないんですか?」


「えっと…ないんじゃないかな…」


「こらーー、いつまで喋ってるの

 練習始めてよ~」

山根先生が来た。

「山根先生今凄かったんですよ!

 スズ先輩と愛理先輩のセッション!」

さ、練習しよ。

石原さんが紹介してくれた仕事がもう一つあるんだった。



「上手くいってるんだね、スズ」

「え?」

「朝霧さん」

「あー…うんまぁ」

「え、なんかあった?」

「なんかってほどじゃないけど」


愛理が私の横で鍵盤に指を落とす。

ポロンポロンって鳴るのはドリカム。


「なんか違う気がするんだよね」

「何が?」


「抱きしめてくれても

 心ここにあらずっていうか

 遠慮がちって言うか…」


「え…えぇ?」



「結局キスしてくれなかったし」




「それ終わってるじゃん」



え?



「やった?」

「やったって何を…?」



「やってないんだ、セックス」



胸の中が静かに騒ぎ出した。




「いつまでもやらせないから飽きたんじゃん。

 きっと他の人とやってるよ。

 男なんてね誰でもいいの、出せれば」



「え…どういう…」



どういう意味?




「やれない女なんていらないってこと。

 朝霧さんはもうスズのこと好きじゃないよ

 やれる女見つけてるって」




足元が崩れ落ちそうだった。



愛理の言う意味は、理解できるようなよくわからないような。


だけどはっきり理解できたのは



『スズのこと好きじゃないよ』



それはないって言い切れなかったのは




思い当たる節があるから。




抱きしめる腕が戸惑ってた。




キスも



キスの先の続きも



してくれなかった。




私がいつまでも勇気出なかったから。



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