お呼ばれ①甘いカツ丼

「あ、ほらこっちに行ったら英介んちだよ!」


わくわくした。


キスしてもらえなかったのは不服だけど、こーきの家が近づくと、知らないこーきに会えるようなそんな気持ちになった。



「この奥」

バスがいっぱい停まってる車庫が見えてきた。

「あ、親父だ」

「え?」

「ごめん、お父さん」

「そっか運転手さんだったね!」


「え?」


「七バスだって言ってたじゃん」

「あ…や違う違う

 七バスだけど運転手じゃない

 会社で色々やってる人」

え、違うの?

「あーーわかった

 だからカッコいいって言ったのか

 お父さんが七バスだって言ったとき」

「イコール運転手さんだと思ってた」


ピッ!

バスの横でお喋りしてたお父さんにこーきはクラクションを鳴らした。

そして頭を下げ、助手席側の窓を下げた、


「やぁスズちゃんいらっしゃい」

「こんにちわ!」

「乗る?」

「すぐそこだけどラッキー」

お父さんは後ろのドアを開けながら

「じゃ、お疲れさん」

「お疲れ様でーす」

運転手さんにそう言って車に乗った。

こーきはその人に頭を下げ窓を閉めた。


「若い人捕まえんなよ、可哀想だろ」

「そんなわけにいくか

 乗せて貰ったのに一言二言ねぎらわないと」

そこから車は左に曲がり、少し行くとブイーンって道にはみ出て、ブイーンってバックして入った。



「どうぞスズちゃん」


「はい!」



お父さんが降り、こーきは私のシートベルトを外した。


「スズ、嫌なことあったら言えよ」

「嫌なこと?」

「えーっと…なんでもない」



ここか


なんて言えばいいかな。


この辺りの住宅街でよく見かけるお家って感じ。


門があって

お庭があって

木が何本かあって

2階建てで茶色で

見上げた左側にベランダがあって。



ガチャ


「お母さんスズちゃん来たよ~

 車庫で会ったから乗せて貰っちゃった」

そんなことを言いながらお父さんはスリッパを置いてくれた。

「どうぞ」

「お…お邪魔します!!」

「声でか」

こーきがクスッと笑った。


カツカツカツカツ


何の音?


「アリシュちゃんただいま~」


開いた奥の扉から猛ダッシュ。


「お父さんの彼女」


「ウサギだ!」


かわいーーー!


「今日はお兄ちゃんの彼女が来ましたよ~」

「こーきの妹なの?」

「うん」


「初めましてアリスです」


お父さんがお顔が見えるように私に向けてくれた。


『まぁ、あなたがこの坊やの』

「はい!スズです!」

『手の掛かる坊やよ、よろしくね』

「こちらこそ!」


「え…スズ誰と喋ってんの」

「アリス姉さん」

「?!」


「お母さん、そんなとこで見てないで…」

「お…お帰りなさい…」


お母さんが扉のとこから顔を出していた。



「お邪魔します!よろしくお願いします!」



「ど…どうぞ」



靴を脱ぎスリッパを履く。


「あ…」

そうだった靴並べなきゃ!

と思ったらこーきが私の靴を寄せ、その横にこーきも靴を脱いだ。


通されたリビングは、うちのお母さんと趣味会いそうな古めのラブリー。

リビングがあって、対面キッチンに焦げ茶のテカテカなダイニング。


いい匂いがする。



「ホントに高校生なのね…」



制服のままだった。



「スズ、座って」

「うん」

こーきが座れと隣をポンポン叩く。

プシュッ

ビールを開ける。

「歩いて送ります」

「うん」

あ、だから着替えも持ってきたんだ。

「明日学校まで送る」

「いいの?」

「取引先直行でいいから時間ある」

私の前にはこーきがジュースを置いてくれた。

「何か手伝ったりしなくていい?」コソコソ

「いいんじゃない?」コソコソ

「座ってていいかな…」コソコソ

「気になる?」コソコソ

うん。

するとこーきが立ち上がった。


「お母さん、何か手伝う?」


「え!こうくん手伝ってくれるの?!」

「それ出す?箸と皿?」

「うんうん!出す!お願いねこうくん!」


「スズ、これ持ってって」


「了解!」


ドンガラガッシャン!


↑母の中の何かが。

※母の表情はご想像下さい



「お、スズちゃん手伝ってくれてるの~」

着替えたお父さん登場。

「わお、光輝が手伝ってる」

「親父の箸ってどれだよ」

「え、紺色のやつ。食洗機の中は?」

お父さんもキッチンへ。

「これこれ

 あぁあと光輝、おしぼりのタオルそのあたり」

「え、これ?」

「スズちゃんこれ箸置き、適当に置いといて」

「はい!」


「いつもは手伝わないくせに…」


↑母そろそら沸点



食卓には大根のサラダにお刺身に煮物。


そして

「なんでカツ丼なんだ」

「トンカツの予定だったのに

 お父さんお昼トンカツ定食だったっていうのよ」

「美味しそ~」

「お、よかった

 スズちゃん嬉しそう」

「スズカツ丼好きだっけ?」

「玉子のは甘いのが好き!」

「わかる、これ系は甘いのが美味いよな」


「はい、これお父さんでこっちお母さんね」

できあがったカツ丼がカウンターに置かれ、こーきがそれを取り置いた。


「これこうくんので、こっちがスズさんのね」


私のだと言った赤い器を、こーきは自分のとこに置いた。


「ちょっとこうくん、それはスズさんだって」

「え、どっちでもいいだろ」

「あ…赤いのが女の子でしょ」

「どうでもいいけどそんなの」

面倒くさそうにこーきは器を取り替えた。


「さ、いただきましょう」


お母さんがエプロンを外して座った。


「あず姉とかえでは?」

「あずさは遅くなるって

 かえでは送別会なのよ」


残念、お姉さん達には会えなかった。


「じゃ、いただきます」

「いただきまーす」

「スズちゃん遠慮しないでね

 光輝、取ってやりなさい」

「わかってるし」


まずはカツ丼から。



「あ、スズ待って」



こーきが止める。


「玉子の殻落ちてんじゃん」


赤い丼を取り、小さな欠片を指でつまむと、こーきはそれをそのまま自分のとこに置いて青い丼をくれた。


「え、いいよ別に変えないで」

「ま…待って作り直しましょうね!

 こうくん貸してほらお母さんのあげるから!」

「いいって同じもんだし

 ちょっと殻入ってたくらい」


そう言うと、こーきはパクッとカツを食べた。

赤い丼の方の。



「ん…?」



「いただきまーす」



パクッ



「美味しい~甘~い」



卵とじ系は甘い方が好き。



「スズ、一口ちょうだい」

「いいよ」


いいけどなんで?

同じ物じゃん。


モグモグ


「うん美味い」

「美味しいね、甘くて」

「うん、甘くて美味いな」



「青い丼のは」



こーきがお母さんに微笑む。


美味しいよって感じかな。



お母さんに優しいこーきステキ。




ご飯も美味しくてお父さんもお母さんも優しい。


足元でアリスちゃんが人参をかじって



こーきってここでこんな風に暮らしてたんだ。

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