年末年始⑥年越しはキスマイと

私の黄色のスポンジはちゃんと濡れていた。


「スズ?どうかした?」

「え…なんでもない!」

湯船の中から麻衣ちゃんが怪しんだ目で見た。


同じので洗うなんて恥ずかしーーー!


「スズは白いからいいよね~」

「え?」

「地黒なの絶対お父さんに似たわ…」

「そんなに黒くないじゃん」

「かっくんより黒いもん

 ああ見えてかっくん全身美肌だし」

「あ、やっぱ雪国育ちだから?」


って…


全身美肌?



「麻衣ちゃん…かっくんのその…知ってるの…?」



てことは…

てことはよ…

ま…まさか…


「朝霧さんは?美肌?」ニヤニヤ

「そそそそそんな事知らない!」

「はいはい」

「本当に知らないもん!」

「じゃあこれからなわけね」


これから…


うん

きっとまたこーきの家に行ったら、大人のキスの先の続きになる…

それを知りたいような知りたくないような。


ちょっとだけ怖い。



「スズ、いいもの貸してあげる~」



麻衣ちゃんがそう言って、久々の姉妹風呂を早々と切り上げた私たち。

リビングの皆さんから姿を眩ますように二階に上がり


「はいこれ

 あんまリアルじゃないけど」


麻衣ちゃんの部屋で渡されたのは一冊の本。


「部屋に戻って読みな」


麻衣ちゃんはまたすぐ下に降りてった。

私は気になって部屋に戻りページをめくる。


「あ、なんだ漫画本か~」


カバー掛けてあったから何か難しい本だと思った。

普通に可愛い絵の恋愛漫画で大学生カップルの話みたい。

数ページ読み進めると、いい雰囲気からのキスシーン。

「うんうん、いいね」

それから次のページ。


「ん?」


さらに次のページ。


待ってこれは…



コンコン



「キャッ!!」



『え、スズ?どうかした?』


ドアの向こうからこーきの声。


ページは丁度この前と同じ状況。

キスのその先に突入したとこだった。


普通の恋愛漫画じゃ無かった。

パイ丸見え。


『開けてい?』

「待って!」


本は慌てて枕の下へ。


ドタドタ

ガチャ


「どうした?」

「な…なんでもないの!チョットネ!」

焦りすぎたのが面白かったのか、こーきはプッて吹き出した。

「初めて見た」

「え、何が?」



「可愛い、パジャマのスズ」



な…


「髪乾かさないと風邪引くぞ」

「う…ん」

絶対顔赤い。

「お母さんが苺だって」

「すぐ…行くね」

「うん」


クスっと笑う。


「シロクマ好きだな」


目線は私の頭を飛び越え部屋の中。


「寄ってく?」

「髪乾かしてから来いよ」


こーきは本当に呼びに来ただけで、チューの一つもせずさっさと下りていった。





口の中に満ちる苺。

鼻に抜ける甘い匂い。

口角からこぼれ落ちた赤い滴。


こーきが小さく顔をゆがめたのは、その酸味が邪魔をしたから。



苺は苺味が好きなの。



こーきもそうでしょ?


酸味の混じる苺より


甘い苺味が好き。




こーきがじっと私の手元を見る。

お父さんがお酒のグラス片手に上機嫌にお喋りしてるのに。


フォークの背で苺を潰すのを、こーきは目を丸くして見ていた。

白いキャンバスに、苺の赤色がピンク色にタイダイを描く。



仕上げに金色の甘い蜜を。




「こーき苺牛乳いる?」

「え…」

「すずちゃんやめなさい

 そんなぐちゃぐちゃの苺なんか食べたくないわよ」

「美味しいのに」

こーきもかっくんも彼氏として彼女の家に来たはずなのに、ずっとお父さんと喋ってて、いつの間にか紅白見てる女子グループと、お酒飲んで駄弁ってる男子グループに別れてた。


こっち、普段と変わらない。


「あのひのかなーしみーさえ」

「スズうるさい、聞こえない」




もうすぐ今年が終わる。

すごく大きな1年だった。


こーきに出会えた年

トキメキも喜びも苦しみもたくさんあった。


すぐそこに迫った来年もたくさんあるのかな。



きっと

こーきをもっと好きになる。



「お母さん、明日はみんなで馬由が浜神社に行こうか」


突然の男子グループ代表の提案が、名曲レモンを邪魔した。


てか


「はぁ?」


なに言ってんの

初詣デート邪魔しないでよ!


「スズ…」

「あからさま嫌そうな顔するな鈴は」


紅白の勝ち負けはどうでもよくて

「あ~カッコよかった」

「やぱ嵐だよね」

「ぇ~キスマィは~?」

顔真っ赤なかっくん。

「あ、朝霧さんもう注いでやらないで

 かっくん飲み過ぎ~」

「いいじゃないか、大晦日くらい」


蛍の光が終わったと思ったら


ごぉぉぉぉぉん


いきなり厳か。


いよいよ年が明ける。

二人きりであけおめが出来ないのなら、せめてこーきのお隣がいい。


そそそ…


「ん?どうした?」

「えへへ~」

頬が少し赤くなったこーきがぽんと頭を撫でる。

微笑んで、言葉にしなくても好きだとわかるラブラブな笑顔。


同じ気持ちかな。


出会ったこの1年に感謝で、もっと好きになる来年が待ち遠しくて、ハッピーニューイヤーはせめて隣で。



「スズ!キスマイだよ!」

「キャー!」

ドンッ

↑こーき突き飛ばされる


「ドンマイお兄さん…」

「フフフ…」←ニヤリなお父さん



『ごー!よん!さん!にー!いち!』



『ハッピーニューイヤーー』



キスマイと年を越した。

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