手応え
ピアノ教室の発表会とは違う。
コンクールとも違う。
普段の課外活動のとも違う。
味わったことの無い緊張と
弾き甲斐がハンパない。
「スズちゃん、GO」
シモピーさんがグランドピアノの向こう側からゴーサインを出した。
おじさんたちが何人か話し終わり、会場はがやがやと自由時間みたいになったタイミング。
ご馳走タイムのBGM
私の出番だ。
季節にちなんで冬の曲。
クリスマスソングもJポップも、山根先生がピアノバージョンに楽譜を起こしてくれた。
今はお父さんのこともこーきのこともとりあえず置いといて、ピアノを弾くのみ。
楽譜しか見ない
指先に神経集中して。
いつの間にか
「素敵ね~」
「生演奏なんて贅沢な気分になるな」
「お、この歌知ってる」
「ピアノで聞くとまた違いますね」
お酒のグラスを持った人たちがピアノを囲っていた。
「お嬢さん、なごり雪なんかは弾けない?」
なごり雪ってあれ?
この前老人ホームで弾いたやつだよね。
「出来ます!」
今弾いていたバックナンバーから途切れないように繋げ
「おぉ~いいね」
「いいですね!」
いいのかな、勝手に曲変えて。
でもお客様リクエストだしいいよね。
目線はこーきを探した。
でも見える範囲にいなかった。
「あれ聞きたいな
AKBのほら、紙飛行機がなんちゃらの」
「あぁ、朝ドラの」
「あれはいいですね」
こうしてリクエストに応え、お孫さんが好きとかで大きな栗の木の下でを弾いたり、演歌を弾いたり。
あちこちで弾いた課外活動が意外と役に立った。
そして何よりも
私が弾いてお客さんが喜んでくれる。
それが嬉しくて、沢山練習したのが報われた達成感と
なんだろう
なにか手応えのようなものを指先にも心の中にも感じた。
私のピアノがちゃんと世の中に通じてる。
そんなことを思った。
発表会でもコンクールでも課外活動でも
それは感じ得なかった。
シモピーさんからストップの合図が来た。
ステージでマイクを持つのは静香さん。
『皆さまカードはお手元にございますか』
どうやらビンゴ大会が始まるみたい。
ステージに商品が並べられた。
私はこの間しばし休憩になっている。
退席してもいいって言われていたから、部屋に戻って休憩がてらご馳走食べようと思った。
賑やかな会場
豪華景品狙っちゃうよね
スイッチほしいな
楽譜を畳みピアノを立つ。
「鈴、ほら」
へ?
「お父さんの分していいぞ」
お父さんがビンゴカードをくれた。
「ピアノは小さい頃から?」
「4才だったかな、鈴」
「はい」
「いやぁ~
どうやったらこんないいお嬢さんに育つんですか~」
「ほんとほんと」
「そんなことありませんよ」
ワハハハハハ
そうですよ
そんなことありませんよ
いいお嬢さん作ってますよ
でもそれはお父さんのためではなく、こーきのためだから。
そのへん誤解しないで。
もう一つ空けばビンゴ。
でももうスイッチはなごり雪のおじさんにとられたからいいの。
お父さんは私の横でお酒を飲みながら、それこそよそ行きな顔で口調で色んな人と話した。
ビンゴの後はまた挨拶があったりしてもうお開きだった。
まるで見張ってるみたい。
終わった後、私を引っ捕らえるために。
そんな折
「スズ…さん」
後ろから声が掛かった。
お父さんが睨むから申し訳なさそうなこーき。
「山根先生がお迎えに見えたけど
時間まで大丈夫?」
「うん、お母さんには20時頃って言ってある」
「じゃあ入って貰うな」
「うん」
「朝霧くん!今年はよかったね~
いいピアニストさん見つけたね!」
どっかのおじさんが上機嫌に言う。
「あ…ありがとうございます」
何も知らないおじさん。
「ね!青井さん!
まさかお嬢さんだったなんてね!」
「ありがとうございます…ハハ…」
なんとも微妙な空気が流れる。
最後は甲田ホールディングスの偉い人がお礼を話し、今日のパーティーはおしまいになった。
またシモピーさんからゴーサインが来て、お客さんが出て行くまで静かなクラシックを控えめに弾いた。
「青井、お疲れ」
「山根先生!」
「最後しか見てないけど上出来」
って笑ったとこで
「鈴がいつもお世話になってます」
割って入ってきたお父さんに山根先生もポカーン。
だってまさかだよね。
「偶然お父さんがいました」
「あ…え?」
「ご招待されてたみたいで」
「あ、そうなんですね
音楽部の山根です、お世話になります」
「お父さん行っていいよ
お母さんのとこまで山根先生が送ってくれるから
ニジカイなんでしょ?」
「いい、もう帰る」
「あ…じゃあ行きましょうか」
「先生いいですよ
私が一緒に帰りますから」
こんなめかし込んでせっかく来たのに。
いつもジャージなのにスーツなんか着て。
なんか空気微妙だけど、お父さんと山根先生と三人で会場を出たとこ。
「あ、ピアニストさん!」
控え室に行こうとしたら呼び止められた。
どの人がどうだったか、みんな同じに見えるからわからない。
曲をリクエストした人か、お父さんの横で話してた人か、ケーキをくれた人か。
わかんないけどこーきの仕事先の人
とりあえず笑う。
「実はね、こんな大規模じゃないけど
ちょっとしたパーティーを企画しててね
社員とうちの関係者とね
まぁ新年会みたいなもんなんだけど」
「はぁ」
「それでピアノお願いできないかと思って」
え…?
「どこにお願いしたらいいかな?
本人でいいの?
料金とか内容とか詳しく聞きたいんだけど」
そんなんわかんないんだけど…
チラッと山根先生を見た。
「えっと…ちょっと確認してから
後日お返事するって事でいいでしょうか…」
「はいはい!じゃあ名刺をお渡ししておきます」
「あ、はい」
単純に嬉しかった。
私のピアノがただの習い事の域じゃ無く
社会から求められる。
ピアノって楽しい
今までの楽しいとは違う楽しさを感じた。
控え室から荷物を取り、階段の方に行こうとするお父さん。
私も山根先生も会場の方に戻ろうとしたのに。
「こーきに帰るって言ってくる」
面白くなそうな顔。
帰ったら怒るんだろうな。
無言で会場の方に方向転換し山根先生もたじたじ。
この状況が意味不明なのに、生徒の父親がちょー不機嫌。
可哀想。
会場の入り口に戻ると、お客さんはほとんど捌けて、甲田ホールディングスホールの人ばかりになっていた。
「こーき」
「あ、スズ探した…」
目線はお父さんに向き顔が強ばる。
「気にしないでいいって」
「スズちゃんお疲れ~ありがとう」
「静香さん!」
「あ、こっちうちの部長
朝霧の上司でこの人は先輩」
なんか色々紹介された。
「いやいやマリアちゃん
今日はありがとうね
すっごく良かった
評判も良かったし助かった~」
優しそうな部長さんがそう言って、目線はお父さんを向く。
「青井さん、ありがとうございました
娘さんのお陰で大成功です」
「いえ」
「またお願いしていいですか?」
少し息をついたお父さん。
「はい…お願いします」
部長さんだったから嫌と言えなかったのか。
それとも、私が感じたこの手応えを、お父さんも感じてくれたのかな。
そうだったらいいな
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