朝霧の答え合わせ

「やだ待ってお父さん!

 今から弾くの!パーティーなんだから!」



青井って


やっぱりスズだったのか。


なんでスズじゃ無いだろうと思ったんだろう。



あ…みかん


そうか

あれ家族旅行か



「こんな飲み会の席で弾かなくていい」

「弾くし!

 こーきのお仕事に必要なんだもん!」

「こ…!さっきからなんだその呼び方は!」

「彼氏の事名前で呼ぶなんて普通じゃん!」

「か…彼氏ってなんだ!お前まだ高校生だろ!」

「彼氏だもん!付き合ってるんだもん!

 何が悪いの!悪いこと何もしてない!」


あ、じゃあ外食って

頑張ってるからって、あのコンサートか。


「そんなこと許さないぞ!」

「なんでお父さんの許可がいるの!」


そうだ

カレーうどんも

あれスズのことか


↑こーき、親子げんかを余所に

 脳内答え合わせをせずにいられない



「朝霧くん!」



あ…はい



「まさか君にこんな形で手の平返されるとはね」



そんなつもりは微塵も無い。



青井さんは好きだ。

仕事先の人としても人としても。

飲みに誘われるの嫌じゃない。



「どんなつもりでうちの娘に…!」



「お父さんマジやめて!

 こーきに文句言ったら一生口きかないから!」

「とにかく帰るぞ、鈴」

「嫌だってば!今から弾くんだから!」

「弾かなくていい」



「ま…待って下さい」



何を言えば




「お父さん」




「お…!」




「君にお父さんと呼ばれる筋合いはない!!」



確かに

間違えた。



「こーきに怒鳴らないで!」

「鈴はどっちの味方してるんだ!」

「こーきに決まってんじゃん!お父さん帰ってよ!

 私絶対ピアノ弾くから!」

「ダメだ!」


スズが青井さんの手を振りほどく。

青井さんは見たことのない怖い顔で俺を見た。



「朝霧くんはうちの娘に

 水商売みたいなことさせる気か」



水商売?


「……」


あぁそうか


真面目そうに品よく見せかけて、こんなとこでパーティーだけど、酒の席で音楽を演奏する。

酔っ払って絡むオヤジもいるかもしれない。


水商売

そう言われてしまえばそうかもしれない。



「そんなことのために

 ピアノを習わせてるんじゃない」



そういうつもりじゃない。

水商売を否定するつもりもないけど、そんなつもりでピアノを頼んだんじゃない。




「待ってくだ…さい…」



言葉が


何を言えばわかってもらえるのか



「スズのピアノをそんな風には…」


「スズだと?」ギロリ


「あ…!いやスズさん…

 えっとスズさんのピアノはその…あの…」



「お父さん、私帰らないから」


「鈴!いい加減にしないか!」



「こーきはお客様なの

 私のピアノを買ってくれたんだから」



スズはぷりぷり怒って行ってしまった。


あんな怒るんだって、想像もしなかったスズの一面を見た。


てか

置いていかないでくれ。



「朝霧くん」


「は…はい」



「本当なのか」




「付き合ってるのは本当です…」



のど元まで出かけたスミマセン。

それを飲み込んだのは、悪いことをしてるわけじゃない。

スズもそう言ったし、謝るような付き合い方はしてない。


謝らなきゃいけないのは


「こんな夜にある会食に

 スズさんにピアノを頼んで申し訳ありませんでした」


こんな難しい顔をする青井さんは初めてだ。

変な汗が出る。

足が地に着いていない感覚。



「ただ、あのピアノがあったら

 なんて言うか…いいなと思って」



ビックリするくらい言葉が出てこない。



「今日はもう…仕方ないが

 これきりにしてくれ」



そう言い残して青井さんは会場の方に行ってしまった。



これきりって


え、ピアノだよな

ピアノ弾かせることだよな…



「……」



付き合うなってこと…?



青井さんは娘さんが大好きで大事で、だから女子校に入れた。


お腹痛くなってきた。





「朝霧なにやってんの!会場開けたわよ!」

「し…静香ちゃん…」

「何よ気持ち悪い

 ってかどうした、顔おかしいわよ」

カクカクシカジカ

「待って…え…

 あんたなんで気付かなかったの!」

「だってまさか…」

「マリア過保護青井って

 三拍子揃ってんじゃない!」


確かに


「まぁいいわ」

「よくねぇわ…」

「悪い虫くん、とりあえずそれは置いといて」

「置いとけるか…」

「仕事してくんない?」

「あ…はい」


「ったくもう…凹んでる場合じゃないでしょ

 反対されたからって別れる?別れないでしょ?

 あんたが今やるべき事は

 この大接待を成功させることよ。

 それがなきゃ青井さん的にさらに最悪よ。

 娘にこんなとこでピアノ弾かせるのに

 盛り上がらずに地味~に終わったりしたら」


そうだ…

今は仕事だ…


スズがいつも通りにピアノ弾けるように俺がしっかりしなきゃ。

動揺してる場合じゃ無い。

スズが不安になる。


「部長には報告しときなよ」


「ですよね…」





「部長!」


カクカクシカジカ


「はぁ?!」

「スミマセン…」

「えー…っと

 それはなんだろ、僕からも謝る事案?」

「ちょっとわからないっす」

「初めてのケースで

 対応わかんないんだけど」

「スミマセン…」


「とりあえず…

 ピアノ弾いて貰うお礼だけ言っとく…」


「お願いします…」


会場には既に半数のお客様方が入り、所々で挨拶合戦が始まっていた。


スズはピアノの前で下田と話していた。

下田が紙を見せながら説明して、スズは真剣な顔でそれを聞く。


『私のピアノを買ってくれたんだから』


プロ意識のようなものをスズのその真剣な表情から感じた。





「朝霧くんお世話になりますよ~」

「川島常務

 こちらこそよろしくお願いします」

「去年はボールペンしか当たらなかったからね~」

「あー…でも今年も参加賞はボールペンです」

「またか!」ワハハハハハ


「朝霧くん!」

「金森さん、ありがとうございます」

「お世話になります」

「こちらYKBの川島常務です

 川島常務、朝日商会の金森さんです」


「どうもどうも」

「初めまして」


先方同士が交わる場でもあり、ここから新しい仕事が生まれたりする。


そんな挨拶合戦を繰り広げていると



「お、ピアノか」

「生演奏ですか、いいですね」



ゆったりと流れ始めたピアノの音。


聴いたことのあるメロディー

きっと横文字の作曲家の何かだ。



大きなグランドピアノから

繊細な音色があふれ出し


広い会場を埋め尽くす。


さり気ないBGMなのに

みんなピアノの方を向き耳を傾けてしまう。



ほら



スズのピアノを聞くと自然と笑ってしまうんだ。



青井さんには奏者ではなく、聞く人を見て貰いたい。



父は娘を見ていた。


そこに部長が登場した。

謝りに行ったのかお礼に行ったのか、頭を下げ合う。

スズを見ながら何か話し、それから部長の目線は会場全体に向いた。

青井さんも同じように会場を見渡した。



どう思って見てるだろう



終わった時に

良かったと思ってくれたら


スズのこと褒めてくれたら。




「あ」


目が合って反射的に全力で頭を下げてしまった。


「どうした朝霧くん」

「あ、瑞葉の青井さん?」



「今日のピアニストは

 青井さんの娘さんなんです

 すごいですよね~」



って背後から静香の声が。


オマエナニイッテクレテンダ


「青井さんの!」

「へ~!」

「ちょっと挨拶してこよ」

「行きましょう行きましょう

 ピアノも近くで見たいですし」


初対面の金森さんと川島常務は、なんか仲良く青井さんと部長が話してるところに行ってしまった。



「パパ、鼻高高作戦」

魔女みたいな顔しやがって。

「もう大成功よ」

「は?」



「気付かなかった?

 ピアノが入った途端花が咲いたみたいだったわ」



彼氏の欲目じゃなかった。


やっぱりスズのピアノは特別だ。



「うわ、笑ってるキモ」

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