指先の痛み

本番当日



授業中、止まらない机ピアノ


「スズ…」後ろの席からツンツン

「あぁいい、今日は多めに見るから」

とにかく弾いていたい心境。

授業中も休み時間も、トイレにも行かずお喋りもせず、頭の中は音が流れまくり。


18時から始まるパーティー。

16時にヘアメイクの予約が取ってあった。

しかも大企業のご依頼だけあって、チャーターされたタクシーが、学校に迎えに来てくれるというよくわからないシンデレラっぷり。



「ちょっとスズどこ行くの?」

「お弁当は?」

「音楽室…」

「いっちゃっとる」

「大丈夫かいな」


「スズ、めいっぱい弾いてきな」


「杏奈…」


「カロリーメイト買っててやるから

 五分前に戻ってきなよ」


心配してくれる友達

わかってくれる友達



「うん…!」



大好き

みんな


頑張らなきゃ





みんながお昼ご飯を食べてる時間帯。

当たり前だけど音楽室には誰もいない。

お昼を食べ終わったら音楽部の子が来るかもしれないから、それまでにめいっぱい弾きたかった。


指先に

鍵盤に

鳴る音に


私の感覚全てが向かう。


だから



誰か入って来たかなんて気付かなかった。




ガタンッ!!





「!!」




強制的に止められたメロディー




とっさに引っ込めた指





指がじんじんする。





「あ…ごめんスズ…

 あの…よろけて当たっちゃって…」




心臓がバクバクした。




突然落ちてきた鍵盤の蓋




とっさに引いたとはいえ、逃げ遅れたらしい左の中指は、指先が赤く、ツメの先端が潰されたみたいに白くなっていた。




「ごめ…」




自分の指先から声の主に顔を上げると


ショックを受け青ざめて

今にも泣きそうな顔で



目をそらした。




「ちょ…ちょっと痛いけど

 ひ…弾けないことないと思うし全然大丈夫だよ!

 気にしないで!」


「ごめん私…」


「大丈夫!大丈夫だからホントに!

 心配して見に来てくれたんだよね?」


「え…」




「ありがとう愛理!」




愛理に平静を装ってみても、心臓のばくばくは鳴り止まない。

痛みの加減を弾いて確かめなきゃ。



もし万が一弾けなかったら


それが一番怖い



こーきの顔が浮かぶ。




指を挟んだときの痛みが、ツメの先端にじんじんと感じる。

指先が脈打ってるみたい。


そっと鍵盤に置きいつも通りに指を滑らせた。


チクッと痛むけど弾けないことは無い。



「……」



よかったあああああああ




「あ…愛理待って!ほら大丈夫だよ!」



愛理は音楽室を出て行ってしまった。



それからはもう弾けなかった。

昼休みはまだ時間あったし、午後の授業も頭の中は音符が流れるのに、指は動かせなかった。


無駄に動かしてもし万が一本番で痛みが出たら


そう考えたらもう練習は出来なかった。




「じゃあ青井、20時頃行くから」

「はい、お願いします」

学校に迎えに来てくれたタクシーに乗り込むと、山根先生は時間を確認し、「お願いします」と運転手さんに言った。


時間が遅いから終わった後、保護者に引き渡さなきゃいけないらしい。

お父さんも今日は飲み会らしく、お母さんが駅まで迎えに来ることになった。

馬由が浜まで山根先生に引率してもらうのは、どう考えても気が引けるから。



タクシーはマリアの敷地から出ていく。

下校時刻とわずかにずれたからよかった。

これが下校時刻だったら恥ずかしかったかも。


左の中指の色はさっきより濃くなった。

指先が内出血して、白く潰されたみたいになったツメの先端は、そこが紫に変わっていた。


押せば痛いけど、動かす分には痛みはほとんどない。

この指だけ腹で鍵盤を押さえればなんとかなりそうだった。



ホテルに向かう道で

少しだけ膝ピアノをした。




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