スズのお支度
「じゃあクリスマスソング系と
メジャーなクラシックと冬歌のJポップね」
放課後、山根先生から山のように楽譜をもらった。
「スズすご~い」
「スズ先輩まじすごい!」
音楽室に来ていた他の子たちが集まっていた。
「譜面的には難しくないから
邪魔にならないようにさり気なく弾きなさいね」
「はい」
『スズ、ピアノ弾いてくれないか』
弾いてますけど?
なに言ってるの、な雰囲気の中
『あ…そっかいいね!』
最初に理解したのは静香さん。
『12月17日にね
プリンセスホテルでパーティーやるのよ』
パーチー?
『何かこう目玉になるようなのが欲しかったの』
目玉?どれが?
『ピアノの生演奏なんていい!
BGMにさり気ないのと
何曲かコンサート的に披露して貰って!
いいわ~!華やかになる!
しかもこんなに可愛いピアニストさんなら!』
こーきが正解を言うことなく、否定しなかったから静香さんが言ったのが正解だったらしい。
「こんな企業から直々に依頼がくるのなんて初めてよ」
こーきはちゃんと学校を通した。
なぜかというと
『は…?18時…?』
門限が厳しくなったから、ちょいとウソをついて遅くなるのは不可能な気配を察して。
だから音楽部を巻き込んでの事態になった。
「ヘマしないでよ~
マリア音楽部の沽券に関わるんだから」
山根先生、マリア音楽部のコケンはどうでもいいの。
わたし的にコケンが関わって大変なのは
『取引先の担当やお偉方を一斉に招いて
来年もお願いしますってへーこらする会なのよ』
え…
『そうね~…100人ちょいくらいかな
ね、朝霧』
『今のとこ93だけど100は超えるな』
『とは言ってもそんなに仰々しくもないの。
割と楽しい雰囲気ではあるのよ。
企業同士の交流の場でもあるからね。
去年も朝霧の担当で
今年も任されてるってわけよ~助けてやって~』
こーきのコケンにかかわる…
こーきのためにヘマできない!
でも
こーきの役に立てるかもしれない。
パーティーまで一ヶ月。
私はピアノ漬けな毎日を送った。
放課後は山根先生にみてもらい、真っ直ぐ帰って家で練習。
こーきの家に寄る時間はなかった。
週末に休みの取れないこーきと会う時間も作れなかった。
「どう?青井」
放課後、ピアノの前でカイロで手を温める。
冬はすぐ手が冷えて困る。
「あと1週間と思うと吐きそ…」
「まだ臨界に達してないか~」
「今回は無理です…」
山根先生の怪しむ目。
「依頼のあった朝霧さんって人
青井のいい人だって噂ホント?」
は…
「あ~はいはい、顔で正解発表だわこれ
えらいイケメンだって里中が言ってたのよ」
「超絶イケメンです!」
「じゃあ彼氏の面子潰せないわな
いつになく練習熱心だと思ったわ」
「いつも練習してます!」
「でもいい?」
「依頼者は彼氏だけど
あんたはマリアの看板背負って弾くんだからね
会場では彼氏じゃなく依頼主、お客様よ」
あ…
「場も場だし
部活動の一環ではなくプロの奏者
ピアニスト青井鈴よ、わかった?」
そっか
「はい!」
そうだよね
こーきは彼女じゃなく奏者として頼んでくれた。
私はそれに応えなきゃ
彼女じゃなくて
ピアニストとして。
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「学校ではマナーにしときな」
「スミマセン…」
『今時間が空いた
音楽室?用があるんだけど帰れない?』
こーきだった。
「噂の彼氏~?」
冷やかすように言う。
「はい!帰ります!用があるらしくて!」
こーきは門の近くまで迎えに来てくれた。
ハザードを点けて停まってるカッコいい車で彼氏のお迎え。
ニヤけてならねえ。
「お待たせ~」
「ごめん急に、大丈夫だったか?
今日しか時間とれなさそうで」
で、車でビューーっと連れてこられたのは駅ビル。
「17時半に出れば門限間に合うな」
足早に店内に入りこーきは腕時計を見た。
「何か買うの?」
「スズ、これはプレゼントじゃなくて
必要経費だからな」
「何が?」
キョロキョロみながらコーキが入ったお店は、綺麗なお姉さん的服屋。
普段は用がないから素通りするだけのちょっとお高そうなお店だった。
そんな場違いな店に颯爽と入って行く。
「え…ちょっとこーき…!」
「すみません」
店員さんを呼ぶ。
「いらっしゃいませ~」
「立食パーティー用に見立てて下さい
派手にならず控えめな感じで」
「トータルですか?」
「はい」
え…
ええええええ?!
「ヒールは低めで
あと露出は無しでお願いします」
「アウターはどうされますか?」
「お願いします」
「こちらにどうぞ」
綺麗なお姉さんが、ハナタレ制服低レベルな私を呼ぶ。
彼氏がトータルコーディネートを店員に言いつける
ドラマの世界ーーーー!!!
黒のフレンチスリーブのワンピース
フワッとした裾
飾りは無いシンプルな物だけど形が可愛い。
それに合わせたエナメルの靴は、ヒールの形が台形で、少しレトロさも感じる可愛いデザイン。
アウターはピンクベージュのPコート。
「いかがですか?」
こーきが笑う。
フッて目をそらして。
目をそらすのは恥ずかしいから。
「可愛い」
トキメキ要素十分なんだけど、それどころじゃない私。
着るときにチラッと見てしまった値札…
こんな高っっかいの無理!
こういう感じでお母さんに買って貰うから!
「でも半袖って寒いよな」
「だ…大丈…」
「そうですね!カーディガンを羽織りましょうか!」
「お願いします」
我慢しますから!
屋外じゃないんだから!
「あ、バッグもいるな」
「バッグでございますね~!」
大丈夫!なんかその辺の袋持ってくから!
「こちらなんか普段使いもできますよ」
「スズ、どう?」
「や…」
「合わせて小さめのお財布もございます
バッグが小さいと持ち物が困りますもんね」
「そっか、じゃあそれも下さい」
「ヘアスタイルはどうお考えですか?
髪飾りもございますよ」
「ヘアメイクはホテルに頼むので
わからないし飾りはいいです」
「ではアクセサリーはどうなさいますか?
ワンピースが黒なので生えますよ~」
お姉さんもう勧めないで…
「アクセサリーは…」
こーきが私をチラリ見る。
「いいです
これだけ下さい」
「かしこまりました」
また制服に着替え試着室から出ると、こーきがカードをしまってるとこだった。
悪いな
どうしよ
こんなに買って貰って。
「困ったな…」
こーきが呟いた。
「スズを困らせたいわけじゃ無いんだけどな」
お洒落なショップの袋を両手に抱えて、駐車場に向かうこーきの後ろを付いていった。
PPPPP PPPPP
立体駐車場に入ったとこでこーきの電話が鳴る。
「はい朝霧です」
仕事かな。
「あー…今ちょっと
18時半頃でもいいですか?」
困ってる。
デンシャデカエルカライイヨ
口パクジェスチャーでそう伝え、私は駐車場から引き返した。
仕事の邪魔はしたくない。
と思ったのに
「スズ!スズ待って!」
駐車場からお店に入ったとこで、こーきが追いかけてきて腕を取った。
「いいよ、仕事中でしょ?
全然電車で間に合うから」
本当にまだ門限に間に合う電車に乗れる。
こーきはため息ついた。
「ハッキリ言っていい?」
え…
なんか怒ってる…?
「や…!ごめん違うんだそんなんじゃなくて…!」
だってなんか怖い。
「いつもスズに言えって言ってるけどさ
スズも言われないとわかんないよな」
私なにかした…?
何か嫌なことしちゃった?!
間違った?!
「スズ、もっと甘えて欲しい」
「……は?」
「さっきの服もそう
俺はスズには買ってあげたいんだ
赤ペンも化粧品も流行りの服も」
赤ペン?
「可愛い物見つけたらスズにあげたいって思うのに
でもスズが困るだろうなと思ったら買えない。
困らせたいわけじゃなくて喜んでほしいのにさ。
俺が買ってあげてスズが喜んでくれたら嬉しいから
仕事頑張ろうって思えると思うんだ」
なんか
「こう言っちゃなんだけど俺稼いでるし
俺といるときに小遣いもらってるようなスズに
出して貰わなくても全然大丈夫だから。
全部俺が出したいんだ、スズが遠慮すること無い
むしろしてほしくない
出して貰って当然くらいに思ってくれていいんだ
スズはお金使わなくていい」
言ってることは大人だけどわがまま言ってる子供みたい。
こーきのそんな気持ちなんて考えもしなかった。
ただ悪いなって、お金出させて悪いなって思って。
「あとな…」
まだあるの?
「会いたいと思ってるのは…
もっとスズに近づきたいと思ってるのは
俺だけかなって」
「そ…そんなこと無い!」
「スズがわがまま言ったのは花火大会の夜だけ」
そうだっけ…
「仕方ないんだけど
俺も仕事早く帰れないしスズは門限あるし
言っても仕方ないのわかってるけど
だけどなんて言うか…」
「困らせたくなかったの…」
「うん、わかってる」
こーきがそんなこと思ってたなんて知らなかった。
手の届かない大人だと思ったのに、そんなことを思い悩んだりするなんて。
「ごめんね…」
「あ…ごめん
なんか一気に言ってしまって」
「こーきもそんなこと…思うんだ」
こーきが目をそらす。
目をそらすのは恥ずかしいから。
「こんな事思うの初めてで…ごめん」
「こーき」
何も悪くないのに
バツ悪そうにこっちを見た
「お洋服ありがとう
お財布、新しいの欲しかったの」
穏やかじゃ無い空気はすごく嫌。
だけどこの空気は
二人の距離を近づける。
「こーき意外と可愛いね」
「うるさい、帰るぞ」
手を繋いで車に戻り、薄暗い立体駐車場で
一瞬だけキスをした。
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