ピアノの音色

なにかいい言葉を貰いたかったわけじゃない。


感情的に怒られる事だってあり得た事だ。


なのにあっさり聞き流されて、なんだか拍子抜けした。


聖奈にはきちんと謝って反省しよう。


スズ以外いらない


もうちゃんとしたいんだ。




「ま、元カノなんて嫌だと思うけどね。

 経験がないからピンと来てないだけよ。

 聖奈ちゃんは向こうが言ってくるまでシカトよ

 下手にあんたから連絡しちゃ駄目。

 もう謝らないでいいから心の中で反省しとれ」


「はい…」


プリンセスホテルで打ち合わせの帰りだった。


「ワンランク落とすと劣るわね~」

貰ったメニュー表を助手席で静香は見ていた。

「特賞がスイッチで次がルンバ」

「ルンバ欲しい」

「俺スイッチ欲しい」

「あとは鉛筆でいいじゃない」

「せめてボールペンにしてやろうぜ」

そんな冗談を言いながら会社に戻る道。


「朝霧」


「ティッシュって手もあるな」



「もういいんじゃないの?

 忘れなさいよ、昔のことは」



「……」



「それとも、洗いざらい話して許して欲しいの?」


許す?


「あんたの胸に支えるそれはね

 過去の女たちに対する罪悪感や自己嫌悪よりもね

 スズちゃんに軽蔑されたくない不安よ。

 何よりスズちゃんに許して欲しいのよ」



「それは…」


そうだ。

言い方ムカつくけど静香の言うとおりだ。

何が怖いってスズに軽蔑されることが一番怖い。


「スズちゃんに全て話して許して貰わない限り

 そのもやもやはついてまわるわよ」


スズに全部話すなんて…



「そのもやもやを自分で抱えるか

 スズちゃんに押しつけるかどっちがいい?」



「そんなの…」


決まってるだろ。


「あんた自身が受け入れるしかないんじゃない?

 スズちゃんはそれがあっての朝霧を

 好きになったんだんだから」


反論することなんて一つもなかった。

この男女の言うことは的確で、素直にそうだと思えた。


俺は友達は多い方じゃない。

今現在、ズバッと深いとこまで言ってくれるのは

こいつしかいない。


やっぱりある意味運命の人だった。



このオナラ女は。



「お、間に合ったね~」


駐車場に車が停まると静香は腕時計を見た。

時刻は17:00前。

スズが矢野さんとこに来てると思われる。

そして当たり前のように一緒に行くオナラ女。

「久々行く~」

「俺も最近行けてない」


ビルとビルの間の小さな喫茶店。

ステンドグラスの窓と小さな看板。

「イケメンタケルくん拝見したいわ~」

入り口ドアのガラスから静香は中を確認するように覗き、見て見て、指がそう言って中を指す。

覗かなくても入ればいいのに。



そこから見たのは



あのピアノを弾くスズだった。



他の客がコーヒーを飲みながら耳を傾ける。

その表情は優しく穏やかに微笑み

小さな喫茶店の空間に、音色が見えるようだった。



カランカラン

静香がドアを開けると

「いらっしゃい」

矢野さんがカウンターの向こうで笑い、それに釣られるように杏奈ちゃんが振り向きタケルが振り向いて

「なんだ来たのか」

クソガキもいた。



「静香さん!」


ピアノから振り向いたスズ。


「ごめん朝霧、いただきます」

「は?」


「スズちゃーん!」


抱擁

やっぱ男だ。

そしてスズも赤くなる。


「こんにちわ」←杏奈

「どうも」←タケル

「パンケーキ美味かっただろ?」

「そりゃもう!」

「めちゃうまでした!」


「朝霧くんも食べていく?」

「いえ、コーヒーで」

「コーヒーでいいの?」←半笑い

「紅茶で…」


スズは静香に捕まり、犬のように撫で回されていた。

ピアノの音が止み、見ていた他の客も笑う。



「ピアノわからないけど

 スズ最近上手くなった~って

 顧問の山根先生が言ってましたよ」

「そうなんだ」

「有名ですよ~朝霧さん」

「は?」

「スズのイケメン彼氏はエリートサラリーマンって」

なんだそりゃ。


「どこが」

横入りはクソガキ。

「スズちゃん可愛くなったしな~

 あ、前から可愛かったけど垢抜けたっていうか」

タケルがそう言うとクソガキは面白くなさそうに舌打ち。


「俺の友達、二人狙ってますよスズちゃんの事」

「は?」

「紹介してくれってうるさくて」

やめてくれ。

また友達だのなんだの騙されかねない。


そんなことを話していたらまた鳴り出したピアノの音。


スズの音が店の中に広がり


人々はまた耳を傾ける。



この場の空気に色を付け



花を添える



思いついたという自覚もなく、口が勝手に走ってしまった。



「スズ」


ピアノの音が止みスズが振り向く。




「ピアノ弾いてくれないか」

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