健全なデート

門限とは


その時間までに家に帰り着かなければなんらかの処罰、または説教を受けてしまうあれか?


小学生以来、門限に出くわしたことのない人生だ。

姉たちは幾分制限はあったみたいだけど、もっと緩かったと記憶している。

厳しいと思っていた親父より上がいるのか。


19時って…

夕飯までに帰って来いってか。


19時までなら18時55分には着かなきゃだから←真面目

「家どの辺?」

「馬由中の手前、高橋商店の少し先のとこ」

10分みたとして18時45分だろ。


二時間か…


どこにも行きようのない二時間を与えられてしまった。

なぜピアノに行ってる間に、車を取りに戻らなかったんだ。


「じゃ…そのへん散歩でもする?」


「いいの…?」


そんなんで喜ぶのか。



夕方になっても暑い猛暑の夏。

だけどオフィス街より涼しい。

海の風は、ちゃんと夕方には涼を忍ばせ、山から吹き下ろす風は熱をさらう。


駅舎を出て夏祭りのあった広場の公園へ渡り、日陰を選んでゆっくり歩いた。


少し後ろをついてくる。


「どっか座る?」


「はい、喉かわいちゃった」

「あ、何か買おうか」

財布を出して自販機の方に方向転換。

「大丈夫!持ってます!」

木の下にあったベンチにリュックを下ろし、その中から水筒を出した。

カランカランと氷の揺れる音がする。


「そんなの持ってるんだ」

「はい!お母さんが入れてくれるの

 買うのは勿体ないしこっちの方がずっと冷たいし」

確かに、

さっき買った水はもう温い。


ゴクゴクゴク


「あ~美味しい」


「今日学校だった?」


「休みだったんだけど

 杏奈と…友達と学校で待ち合わせしてて」

「知ってるよ、一番仲良い子」

鬼ラインの一番の登場人物だった。


「あの朝霧さん…」


なにそのバツ悪そうな顔…


「ライン…教えて下さい」


消されたのか…


俺もブロックしたんだった。


もう一度ラインを交換して、表示された『スズ』。

写真は変わらず正面玄関から見上げたうちの会社だった。


それはなんだかすごく嬉しかった。


「ライン…またしてもいいですか?

 いっぱいはしないから

 朝と夜くらいはしたいです…」


「いい」


そんなこと、気を遣わなくていい。



「前と同じように何回でもしていい

 なるべく返すから」

「いいの!

 既読がつくだけで

 ちゃんと見てくれたってわかるから

 それで嬉しいんです!」

「じゃあお願いがある」

「何?」


「全部じゃなくていいから

 たまには顔も一緒に撮って送って?」


そんなに赤くなられると

こっちまで恥ずかしいんだけど…


たぶん3人くらい座れるベンチ。


距離を詰めたら嫌がれるだろうか。





「でね、だから明日はこの楽譜弾くの」


初め緊張してるかと思ったけど、慣れたのか、今日の話を朝起きたときから今までの分を話してくれた。


「なんて曲?」

「月光第3楽章!」

さっきピアノ教室でもらったらしい楽譜を膝の上に置いて、指がその上を走る。


「それ弾いたら送って」


「はい!」


「あ…よかったらこの前のジュピターも…」

「え?ジュピター?」


「色んな葛藤の末、消してしまいまして…」


一瞬の間

言わなきゃよかったか…


「いいよ!明日弾いて送ります!」


か……可愛い…


ああああああ

なんでこんなに隙間空けて座ったんだ!


「あ!ねぇ明日何時の電車に乗りますか?」


へ?


「同じの乗って行きたい!」

このあと帰ろうと思ってた。

「早いですか?」

明日はミーティングが8時だから…一旦帰るとして着替えて準備して…あれ?プリントアウトしてねえな。

てことは早めに行かないと。


「始発かな…」


「わかりました!」


まいっか。



「ねぇ、海の方歩いてから帰ろ」


スマホの時計を見て立ち上がった。

もうそんな時間だった。


さっきとは逆で俺がついていく。

楽しそうに俺の前を歩いて、何度も振り返っては笑う。


海はもう夕日が消えかけ、海水浴で賑わっていた砂浜は静かになっていた。



駐車場の輪留めを飛び、歩道の花壇のブロックの上を歩いて、楽しそうに向ける笑顔にいちいち心臓が反応して、そのたびに緊張が増した。



どうやって手を繋いでたんだっけ



そんなこともわからなくなった。



音を奏でるその指を


繋ぐ勇気が出なかった。





「朝霧さん」


「ん?」

↑余裕な大人を演出した「ん?」


「えっとね…」


な……なんだそのもじもじは!


「お願いが…あるの…」


恥ずかしそうにもじもじと、背景に海背負ってちょっとうつむいた。


「ど…どした?」

↑最大限、今持ち合わせてる余裕を醸し出す


「あの…あのね…!」


まさか…


手か?!手を繋いでほしいのか?!



「スズって呼んで下さい!

 ちゃんとかさんとか付けないで!」


「……」


「あ…ご…ごめんなさい!

 図々しすぎました!」


「あ、そんなことね…」

↑心の中ちょー恥ずかしい


いや、さんはつけないだろ。



「わかった」



ん?待ってんのか?

今呼べってこと?



「じゃあ…」


期待に満ちた顔が、キラキラして見つめてくる。



「スズ」



だから…



可愛すぎるから



そんなにときめかないでくれ。




家の近くまで送ろうと思ってたけどそれは完全拒否だった。

そりゃまぁ毎日通ってる道で、普段は1人で歩いてるんだろうから心配してるわけじゃないけど。


送ればプラス10分だったのに。


ちょうど二時間。

18時45分に駅の前で別れ、スズは走って帰っていった。



駅で待ち合わせして、公園のベンチでノンアルコール。

海辺を歩いて夕飯の前にさようなら。

次の約束は始発の電車。



なんて健全なんだ。



色がなくなっていく海の景色を見ながら歩き、思い出していたのは、駅で会った時の、絶望さえ感じたあの拒否するような顔から、「スズ」と呼んだときのあの顔。

花が咲くみたいな。

パッと喜ぶ表情。


いや、花火だな。


俺の言動の些細なことで一気に花開くような。




日が暮れて少しは涼しかったのか、昼間ほど汗だくにもならなかった。

家の手前のバスの車庫で、持っていた水を飲み干してゴミ箱に捨てた。



「ただいま~」


騒がしかったリビングの笑い声が止んだ。


恐る恐る

それがぴったり。

母親がリビングのドアから顔を出した。


「え…こうくん?

 え、何で?どうしたの?」

「腹減った」


「え!こうくん今日も泊まるの?」

「珍しいね連泊なんて~」

「光輝、明日仕事じゃないのか?」


ちょうど夕飯だったらしい食卓には、人数分ピッタリしか作らないような茶碗蒸しにおろしハンバーグ。

母親が慌てて冷蔵庫を開ける。


「あ、いいよ

 カップ麺でも食べる」


ザワッ!!


「こ…こうくんどうしたの」

「奪い取らないの…?」

「光輝お父さんの半分やろうか」

「私の茶碗蒸しあげるよ」

「お母さんポテサラはまだあったよね」


てことで、全員から切られて寄せ集められたハンバーグと、あず姉の茶碗蒸し半分←ぐちゃぐちゃ

残ってたポテサラ。

別にカップ麺でよかったのに。

「どうした光輝、帰ったんじゃないのか」

「色々あって」

「こうくん明日は?」

「始発」


PPP

『はちみつ牛乳が昨日より美味しく感じる(≧∀≦)』

はちみつでけえな

俺もそれほしい


「こうくん?何笑ってるの…」

「まさか彼女?!」

「こうくん彼女いるの?!誰!」


「え……」←お母さん


何だよ

何ショック受けてんだよ…


「何してる人?!」

「ホントに好きなの?!もっぺん考えな!」



「こうくん…結婚するの…?」



絶対言えない…


絶対会わせられない…



なんで俺

こんなに可愛いんだ。




お前ら現実を見ろ。

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