第27話 待ち伏せ

なかなか寝付けなかった。


寝ようと思えば思うほど、色んなことが頭の中に飛び込んでくる。

俺がこんなに話題の尽きない男だったなんて

知らなかった。


出張経費の申請書出してなかったな~とか

りんご飴買うの忘れたな~とか

中学の時は彼女と行ったな~とか

安藤に見せてもらったそいつのフェイスブック

激太りで泣きそうになったな~とか

アリスって何食うんだろうとか

東京で買ったスーツ上下

そろそろ不在票入ってんじゃねえかなとか

足首痒いな~蚊に刺されたなとか


ゴロンと寝返ると、ベッドの軋む音と枕の中身がざわっと音を立てた。

↑蕎麦殻


カーテンの隙間から差し込む月明かりがなんだかよかった。




泣きそうなあの顔と


ケチャップ美味しかったあの顔が


目を閉じると瞼の裏に見えた。




俺にそんな権利はない



ホント


引く手あまたな女子高生は俺なんかポイだな。



ラインの写真になってるプーさんは、まだ棚に置いてあった。

恐ろしくUFOキャッチャーが下手な俺が、高校の頃友達と取った物で、ラインをダウンロードした最初にとりあえずそれを撮っただけだった。


とりとめの無いことを思い出しながら、いつの間にか眠っていた。






目が覚めたのは姉の女どもの笑い声だった。


なぜ扉が開いてるんだ。



下に降りるとアリスがバナナを食べていた。


「ウサギってバナナ食うんだ」


「あらこうくん起きた?」

「よく寝てたわねこうくん」

「ホント、寝顔可愛かったわよ」←静香

お前か部屋に入ってきたのは。

「こうくんもバナナ食べる?」


「ジュースがいい、バナナと牛乳のやつ」


あ、しまった。


「ジューーチュがいいのこうくん!」

「うっせえな」

「にゅーにゅーがしゅきなの?」

「殺すぞお前」

「こうくんハチミツも入れるの?」

「お母さん私も~」

「アリス、バナナとられるよ!」


ガガガガガーーー!


「や!アリス大丈夫よ!」

ミキサーの大きな音に、お耳の大きなウサ公はおうちに帰っていった。


「今日はどうするの?

 海にでも行ってきたら?」

「これ飲んだら帰る」

「そんなに急いで帰らなくていいじゃないの」

「仕事あるし」

「んもぉ!

 じゃあ静香ちゃんおかず詰めるわね

 こうくんそれくらい待ってちょうだい」

母親はキッチンに戻り、冷蔵庫からいくつも器を取り出す。

静香は泊まった部屋を片付けに行った。


バナナ牛乳の甘ったるさが好きだ。

バナナは腐るのが怖くて自宅では買えない。


ハチミツもうなかったな。


終わったら


買い物行くか。




「運転手ご苦労」


静香は車を降りると、後部座席のドアを開け荷物を取った。

大きな紙袋におかずやらなんやら。


「要らないなら要らないって言えよ

 言いにくいなら俺が言うし」

「全然、ちょーありがたいから

 大事にいただくわ」

「ならいいけど」

静香を送って自宅に戻った。



真夏の昼間


玄関を開けると温い風が一気に吹き抜けた。

寝室とリビングの窓を隙間程度開けていたから。


つけようと思い、エアコンのリモコンを取ったけどやめた。

涼んでくつろいでる場合ではない。

冷蔵庫から水を取って一気に飲んで、俺はまた靴を履いた。




やるべきことがある




うちから駅まではほんの5分


たったそれだけ歩いて汗が流れた。



ショッピング街はもちろん、改札前のターミナルも日曜の駅ビルは混み合っていた。

制服を着た学生の姿も多い。


だけど今日、あいつが学校に行っているかはわからない。

俺が学生の頃は部活があったから、日曜も関係なく毎日のように学校に行っていたけど、音楽部が日曜とやってるかは怪しい。

俺の高校では文化系は休みだったような気もする。




だけど会う術はこれしかない




なんて言おう



これはあれだよな





告白ってやつだよな。





告白なんて初めてだ。




こんな事してるのも、ダメとわかってるのに言わずにいられないのも。





隅っこの壁際であいつが来るのを待ちながら、この緊張を隠すように、ハート送信のためだけに入れてあるツムツムなんかやってみた。



1時間経過



駅員と目が合う。


もう昼だった。腹減った感覚はない。


今日は通らないかもしれないな。


帰るか。


スマホをポケットに戻し、駅地下のスーパーに向かおうとして


「……」


動けなかった。



もう来るかもしれない

すぐそこまで来てるかもしれない



そう思うと

帰れなかった。



それから更に1時間半が経ち、スマホの充電も赤になった。



来ないか



諦めようとした




その時




人の流れのその向こうから来るあいつと




目が合った。





はっきりと。





先に逸らしたのはあいつだった。


俺を見つけて驚いた顔が、昨日と同じ泣きそうな顔に引きつり、クルッと方向転換した。



「待て…待って!」



顔は上げずそのまま立ち止まった。




「も…聞きたく…ない…」


声が震えて

小さな肩が震える。



「これ以上聞きたくない…!

 ストーカーしないから…ラインもしないから…!」



なんで泣くんだ



そんなに俺が嫌になった?



「わかった…」

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