第25話 花火と私の涙

家から通りに下る道。


最初の角を曲がるとパッと海が開け、馬由が浜の海水浴場が見える。

普段とは違い、人が沢山行き交い、ステージの音が聞こえてきた。


この小さなお祭り。

海水浴場周辺の広場や公園がメイン会場で、そこに特設ステージが出現する。

中学の頃はブラスバンド部が演奏するのを見に行った。

小六の時は強制的にソーラン節を踊らされた。

記憶は無いけど、幼稚園の頃はタンバリンを鳴らしたらしい。


身内以外誰が楽しむんだって感じで、他にも老人が民謡を歌ったり、ぴろぴろ~って木の筒みたな笛を吹いたり。



待ち合わせはそのメイン会場。

お店が沢山並んで、この日だけはお小遣いもらえる上に夜遊びできる。

中学の時は夜に友達と出歩くこれが楽しかったっけ。



「英介!」


去年と同じ紺の甚平を着た英介が、待てなかったらしくイカ焼きを食べていた。


「いいな」

「食う?」

「うん」

英介は、私の頭のてっぺんから草履まで、わざとらしく何度も視線を往復させ私をチェック。

「どう?」

「白じゃなかったっけ?」

「今年は麻衣ちゃんと交換

 麻衣ちゃんこんなしょっぽいお祭り行かないし」

「だな」

英介が歩き出す。

混み合う中の方に。

「あ、ミニオンのくじ~」

「小遣いいくらだった?」

「夕飯代込みで1500円」

「くじしてる場合じゃないなそれ」

「お好み焼き食べてから考える」

「ファミマでおにぎり買った方がましじゃね?」

「確かに」

ファミマに行っておにぎりを買い、浮かせたお小遣いでくじもリンゴ飴も焼き鳥もゲット。


「ミニオンじゃなかった…」

棒の先にピカチュウくっついたやつ。

「これ500円もすんのか」

「言わないで」


いつの間にか暗くなっていた。

ぼんぼりの明かりやお店の明かりが夜の空を賑やかにする。



「お~!お二人さん!」

「あ、明日香だ!」

「やべ~ひさびさ~」

「田中くんだ~」

会ったのは中学の同級生。

地元だからそうなんだけど、さっきからやたら人に会う。

「あっちにリョウたちいたよ」

「会った会った」


「スズ~なんか可愛くなってない?」


久々に会った明日香が冷やかすように言う。


「いい人できたなさては!」

「フラれたけどね

 傷が痛むからやめて」

冗談ぽく言わないと冗談にならない。

「じゃあ紹介されてよ!

 合コン催促されてんの!」

「無理~生傷痛いから~」

「ほやほやかい…」

男女5人でいた明日香たち。

楽しかった中学時代を思い出す。


「癒やされるわ~スズ」

「ホントや」


「お手!」


「もぉ~ひど~い」



7人でうろうろと無駄に歩いて回った。


「どこで花火みる?」

「レンくんちが一番よく見えるよね」

「あ、ですよね

 俺んちにする?」

「お前んち父ちゃん怖いしな~」

「確かに~」」」


楽しいな~


「スズ、足大丈夫か?」

「うん平気~」

「な~ん?スズ草履ずれてんの?」

「ちょっと痛いだけ、大丈夫」


人を縫い、ぶつからないように真っ直ぐ歩けないのは歩きにくい。


「田中がたこ焼き買うって~」

前にいた明日香が振り向き

「あっち、ちょい広いとこ行こう」

お店の並びを外れた方を指さす。


「スズ先に行ってよう?」

「うん」

英介が先に行ってるってみんなに言う。

人の間をすり抜けながら英介の背中を追いかけ


トン


「あ、すみません」


ぶつかってよろける足。


「スズ!」


三歩先に行ってしまった英介が振り向く。



「大丈夫ですか?」



ぶつかった人じゃなく、通りすがりの、浴衣を着た綺麗な女の人が手を貸してくれた。



「すみません、ありがとうございます」



英介がその人にそう言って私を受け取る。



「大丈夫か?」

「うん」






「静香どうした?」





「あ、うん」


「行くぞ

 人形焼きあっちにあっ…た…」




うそ……?




「朝霧?どうかした?」



「な……」





キャパオーバーだとわかった。


心の中で何かが音を立て崩れる。



そこに意思はなく

私はこの場から




逃げ出した。




涙が落ちるのなんてどうでもいい



ただ逃げたかった。




「待て!スズ待て!」



強い力に急に引っ張られ

足が止まった。



「やだ……!」


「あいつ?」



なんでこんなに泣くのかわからなかった。


会いたかった人

大好きな人

諦めた人

ふられた人


会いたくなかった。



まだ会いたくなかったの。




私の泣き声をかき消すように



夜空に大きな花が咲く




大きな音の振動が



体中に



指先に




涙のまま見上げた空に光が散る。





「あれが彼女?」


「この前…と…違う…」



「そんな奴じゃん

 もうわかっただろ」






大輪の花が咲くたびに

人々は歓声をあげるのに


その花はすぐに忘れられ



人々はもう次を待つ




花火が儚く切ないのは

散りゆくその様じゃなく



そんな人の心なんじゃないかと


私は思う






私はまだ


海に散った花弁を思っていたのに




「忘れてくれよ…」




花はまたすぐに大空に咲き



瞬きのその一瞬


わずかな命を輝かせる




英介の手がギュッと


私の手を握った。




頬を伝う涙が



地面に散った。

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