第24話 失恋病に寝込んだ私

先生が今日の予定を話しているのを、私は耳だけ聞きながら指は机の鍵盤を弾いていた。


講堂をイメージして


あそこで響く音をイメージして。




「しかし暑いね~」


ハンカチでわずかな風を自分に送りながら、エアコンの効いてない廊下を行く。

教室はエアコンがあるとは言え、設定温度はきっと高い。

リモコンは教師が管理してるから何度か知らないけど全く効いてない。

ような気がするけど、廊下に出ると教室はエアコン効いてるんだなってわかる。


「スズ大丈夫?

 さっきからずっとそれやってるね」

杏奈が私の手を指さす。

「エアピアノだね

 さっきは机ピアノやってたみたいだけど」

キノコが真似する。

「難しくないんだけどさ…

 あそこで弾くって緊張する…」

「でもスズ本番強いじゃん」

「そうそう、去年のなんだっけ

 県のなんとかってコンクールの時も

 スラスラ弾いてたじゃん」


私は本番に強い。らしい。


これが本番に強いということなのかはわからないけど、緊張がピーク達すると開き直ってしまう。


「どうにかなるって

 もしもの時は大声でカバーしてあげるから」

「そうだよ

 ソフト部の声なめないで」

「キノコ頼もし~」


うん、きっと大丈夫


「スズ~!」

愛理が走ってくる。

「愛理おはよ」

「大丈夫?!

 緊張してるんじゃないかと思って!」

「うん、大丈…」

「緊張するよね!全校生徒だもん!

 スズが式ピアニストなんて大役重いよね!」

「え…あ、うん」

「頑張ってね!

 少しくらいミスっても

 アレンジしてカバーすれば誰も気づかないよ

 スズなら出来るよ!」


大いに応援して愛理は友達のとこに戻っていった。


「なにあれ」

「すごいな愛理

 アレンジしてカバーなんて…」


講堂に入るとクラス毎にみんな座り、私はクラスから外れてステージ脇にスタンバイする。


代々使ってきた校歌と君が代の楽譜は、使い込まれた茶の革のカバー。


学園長の話を聞きながら楽譜に目を通す。



うん、大丈夫



ざわついていた心の中が急に静かになる。


そんな瞬間がある。



全ての話や表彰が終わり、舞台脇のグランドピアノにスタンバイ。


『校歌斉唱』


教頭先生のそれを合図に、鍵盤に指を下ろす。



ステージ上から高く広い講堂を

ピアノの音が埋め尽くす。



こんな音がするんだ

ここで弾くの



一つも音を間違うことなく


式ピアニストデビューは終わった。



「私なんか感動しちゃったよ…」


涙目な杏奈が嬉しかった。



朝霧さん、あの動画聞いてくれたかな。



「お腹空いた~…」


終業式の空腹感ってハンパない。

灼熱の日差しを杏奈の日傘が受け止め、くっついた2人の腕から汗が流れる。


「またマックにする?」

「飽きたーー…」

「冷たいうどんとか食べたいんだけど」

「ああ、それだ!」

「今日英介くんは?」

「練習なんじゃない?知らない」


向かった先は駅ビルの中にある讃岐うどん屋さん。

そこで注文するのは勿論


「素うどん、冷たいので!」


入れ放題の天かすとショウガを入れて完成。

これで250円って神です。


食べながらタケルくんが来るのを待った。

「どうする?カラオケでも行く?」

「いいよ、邪魔者は食べたら帰るし」

「タケルにフリーな友達連れてきてもらおっか」

「いい」

「まだ無理か~」

「わざわざ探さなくていいかなって感じ

 たぶん無理だから

 朝霧さん以上の人なんていない」

「そっか、まぁ思う存分思ってなよ」

ズズズズズ

「美味い」

「うん、美味しい」

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「誰?朝霧さん希望」

「そんなわけないじゃん」


『もう家?海行かん?』


「英介だった

 海行かないかって」

「いいね~海水浴場が庭で」


『帰ったらラインする』送信


うどんを食べ終わり、ぶら~っと歩く。

「あ、これ可愛いね」なんて言いながら。

お小遣いないから買えないけど。


「スズ海行くならいいよ

 タケルもう来るだろうし」

「うん」

そう言いながら

「あ、シャー芯買お」

「このペン可愛い」


「あ、スズほらプーさんあるよ」


押すとこがプーさんなボールペン



「あ…ごめん」



「わ~可愛いね!」



何をしてもどこに行っても朝霧さんを思い出す。

大好きだった。



「じゃ、またね」

「うんラインするね」


杏奈と別れ、私は駅の改札へ向かう。



もう探さない。



あの日に戻れるなら

あんなにラインしないのにな。


迷惑を掛けたかったわけじゃないの。



ここを通ると名刺をもらったあの夜を思い出し、電車に乗れば出会った日を、


恋に落ちた日を


思い出さずにいられなかった。



諦めなきゃ。




天までそびえるこのビルを

私は何度見上げただろう


朝霧さんがいると思うと特別輝いて見えて



憧れの場所だった。



ちゃんと



諦めよう



そう思って

私は最後に



あのビルを見上げた。






髪でも切ろうかな。


鎖骨の下まで伸びた髪を

指に巻き付けると

巻き付いたそばからくるんと指から落ちた。


彼女はふわふわしてた。


可愛いくて大人っぽい



あんな人が好きなんだ。



制服を着た黒髪の自分が


虚しく窓に映った。


『ごめん、風邪引いたみたい

 海やめとく(>_<)』送信


悪いなって思ったけど、そんな気分になれなかった。




私の枕元には

まだ捨てられずにあの名刺があった。



活字と違う

ラインの文面とも違う


朝霧さんの手が書いた


唯一、現実味のある物


何度も捨てようと思いながら


もういらないのに



どうしても捨てられなかった。








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『土曜は一緒に行こうな』

土曜?

『浴衣着てこいよな!』


あぁ、馬由が浜祭りか


『うん』送信


部屋は暑かった。

エアコンのスイッチを入れて温度を下げ、そのままふて寝にも近い状態で私は眠ってしまった。




「38度9分」


翌朝、体温計を私の脇から抜いてお母さんはため息をついた。

ウソがマコトになってしまった。


「あんな温度で

 タオルケットも掛けずに眠るからよ」

「病院行った方がいいんじゃないか?」

「大丈夫ですよ

 熱はあるけど顔色悪くないわ」

「頭痛いだけ」

「頭痛いと言ってるぞ」

「大丈夫ですから仕事に行って下さい」

寝込むとお父さんは優しくなる。

バカな風邪の引き方をするとお母さんは怖い。

「スズ、なにか食べたいもの無いか?

 帰りに買ってくるから」

「アイスがいい…アイスピーのダブルチョコ」

「アイスピーな、うん

 あとは無いか?」

「焼き鳥と松野屋の水ようかん」

「よしよし、帰りに駅まで行ってくる」

「スズちゃん」

お母さんがキッと睨む。

「お父さん、アイスなんてダメです

 ほら電車の時間ですよ」

お母さんがお父さんを追い出すみたいにして部屋を出て行った。


ぼんやりと過ぎる時間


隠してた名刺をつい眺めてしまう。



二十円渡したときの少しだけ笑った顔


息を切らしてSUZUに来たときの顔



また涙がにじんできた。



よかった、熱出して。

音楽部を休んだから駅に行かないでいい。

無理に笑わなくていいし、何も考えないでいい。


ナイスタイミング、熱。


もしかして

失恋の傷が膿んで

熱が出たのかな


失恋は病気だ。





それから3日。


熱はすぐ下がったけど音楽部には行かず、家でお母さんとシュークリーム作ったり、ご飯作るの手伝ったりした。

それはそれで楽しかった。


「タイミングよく治るのねあなたの風邪は」


浴衣の帯を締めながらお母さんは嫌味を浴びせてくる。


「誰と行くの?」

「あっちゃんたち」

「男の子も一緒なら遠くにいなさいよ

 お父さんと花火見に下るから」

「は~い」

「やっぱり」

しまった。


「よし出来た

 花火終わったら帰るのよ」

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