第7話 私んち

「はよー…」


リビングに降りると、お父さんはもう朝ご飯を済ませ、ソファーに置いてあったカバンをお母さんが渡したとこだった。


「すずちゃん早く食べなさい

 電車遅れちゃうわよ」

「うん」

杏奈から入ってたラインに返信しながら、ダイニングの椅子に座る。

対面のカウンターキッチンにくっ付けられたこげ茶のテカテカなダイニングテーブルは、脚がクルッと外巻きになったヨーロピアンな雰囲気。

完全にお母さんの趣味。

ランチョンマットは薄いピンクのローズ柄。

でも乗ってる器は洋風じゃなく和。

これはお父さんの趣味。

白磁に青い模様だったりよくわからない植物の絵が書いてあったり、とりあえず昔っぽくてダサい。

「納豆は?」

そう聞きながらお母さんが置いた私のお茶碗は、私が雑貨屋さんで選んだ黒と白のチェック柄。

「いらない、ヨーグルトがいい」

「はいはいヨーグルトね」

パタパタとお母さんのスリッパの音。

スリッパもバラの花の付いたピンク。


「鈴、昨日は帰りが遅かったらしいな」

お父さんは昨日、仕事の人と急にお酒を飲みに行くことになったらしく私が帰った時にはいなかった。

そのまま私が寝るまで帰らなかったから昨夜は会ってない。

お母さんがわざわざ報告したんだ。

「音楽部の集まりがあったの

 秋のコンサートの話」

「行ってくる」

「いってら~」

お母さんの足音がヨーグルトを置いてお父さんを追いかける。


「鈴、スマホばかり見るな

 だからまだ買ってやらなくてよかったんだ」


うるさいな、今時スマホ持ってない女子高生がどこにいんの。


ヨーグルトの蓋を開け、お母さんがお見送りから戻る前に蓋についたのを指でこそげ取り、ちゅっと食べる。

「すずちゃん!それやらない」

もう戻って来てた。

「これが美味しいの~」

「まったくあなは…」

「お母さんのりたまちょうだい」


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『先行く!

 帰りは駅で待ってるからポテト食おう』

英介だった。

たぶんコーチが来る朝練だ。

だからちんたらと私の事を待ってられなかったんだ。

『いつもごめんね

 一人で行けるし待ってなくてもいいよ』送信

既読はついたけど返信はなかった。


「すずちゃん、あなたちゃんとお勉強してるの?

 お父さんがそろそろ塾に行かせろって

 昨日言ってたわよ」

「いいし、そのままマリア大行くし」

「またそんな事を…

 ちゃんと将来を考えなさい

 それは勉強したくないだけでしょう?」


うるさない。


「ごちそうさまでした~」






.


「ねぇスズ!

 秋のコンサート前前前世やってよ!」

昼休み、そう言い出したのはキノコ。

木下典子だからキノコ。

「あーいいね!スキ!」

「映画見た?」

それにみんなが乗っかっていく。

「それ系はブラバンがやるしね」

「課題曲はあれなんでしょ?

 ショパンだのベートーベンだの」

「うん、なんにしよ~」


秋のコンサートは、その名の通り秋に行われる校内のコンサートで、ブラスバンド部と音楽部の共同コンサート。

三年生には引退試合のようなものだから、お涙ちょうだい的な要素もある。


「チケットいつから?」

「さぁ、夏休み前に出来るんじゃない?」

「うち、ママが友達も誘ってたよ」

「うちは妹が友達と行くって行ってた」

わりと本格的に市民ホールなんかでやっちゃうから、お客さんが沢山入る。

「私タケルと行こ~」

「私も彼氏だな」

彼氏持ちは大体彼氏と来る。

出る側は大体彼氏は見に来る。


こんな鉄壁そうな女子校だけど、男女交際にそう堅くもない。

立ち居振る舞いには恐ろしく厳しいのに意味不明。

さすがに制服でいちゃいちゃと絡み合って歩けば怒られるらしいけど。

健全な男女交際には特にお咎めはない。

歴史の深さが自慢なくせに意外と時代に乗ってる。



だからこうやって英介と2人マックでポテトしても、別に何の問題もない。

「揚げたてうまい」

「女の子はオイシイと言え」

駅ビルの二階にあるマックは、窓際のカウンターに座ると、階下の駅のロータリーが眺められる絶景ポイント。


「さっきから何見てんの

 知り合い探し?」

英介はケチャップを付けたポテトを私の口に入れる。

モグモグ



「フラれた相手」



「……は?」


「だからこの前フラれた人!

 何回も聞かないでよ!傷が痛むでしょ!」


英介が真顔でまたケチャップをつける。


「ここ通んの?電車?」

「うん、電車で出会ったんだもん」

なぜかため息。

「どこ高だよ…まさか馬由中?」



「甲田ホールディングスの人」



「は?」ポカーーン



「え、あの…天気予報の…?」

「うん」

「世界的大企業の…え、そこで働いてんの?」

「知らないけどカッコいいスーツ着てて

 髪の毛こうセットしてて

 重そうなカバン持ってて

 シルバーの時計がキラーン!って」

英介は大きな大きなため息をついた。


「バカか…

 そんな人がスズを相手にするかよ」


そんな嬉しそうに言わなくても。





「だからさ~なんか落とす方法ないかな~」

「無い」

定期をピッと当てながら2人で改札を通る。

「どうにかして繋がらないと何も進展しないじゃん?

 知ってもらえないと好きになってもらえない」

英介は三番ホームのベンチに座った。

「キョロキョロキョロキョロしやがって…」

「え?何?」

「何でもない」

英介がベンチを叩く。

座れって。

「何よ」

「1度目、痴漢疑惑で迷惑を掛け

 2度目、満員電車で迷惑を掛け

 3度目、会社の前で告白」

「うん」

「迷惑しかけてない、諦めろ

 おそらく印象は最悪だ」


わかってるし…


「でも好きなんだもん!仕方ないじゃん!」

「その3回でどこをどう好きになるんだ!」

「知らないよ!

 英介この気持ちわかんないの?!

 はぁーー!

 これだから恋をしてない男子は!」


「してるし」


英介が立ち上がった私の手首を取る。

いつもの言い合いだったのにいきなりマジ顔。


「あっそ、じゃあわかるでしょ

 理由なんてないの!」

「あんなエリート会社に勤めてるやつなんて

 どうせ変人だって。

 中身も知らずよく言えんな」

「中身知ったら

 もーーっと好きになる自信がある」


英介の手を振り払って、ホームに入ってきた電車に乗り込んだ。






.



「じゃーね」

「送るって」

馬由が浜駅を出て、英介は駐輪場から自転車を出す。

「いいよ、すぐそこだし明るいし」

「いいって

 スズでもセーラーの後ろ姿だけで

 襲われるかもしれないだろ」

上りだから英介は自転車を押して歩いた。

「私乗せてから押してよ」

「ふざけんな」

「じゃあカバンだけ~」

「じゃあ明日はスズのおごりな」


「そうだ、ラインしたけどさ

 朝待ってなくていいよ

 みんなと行きなよ学校一緒なんだし」


精一杯気を遣ったのに英介は真顔。

なぜか不満顔。


「何?」

「何でもねぇよ、じゃーな!」


怒りました丸出しで、英介は家の前の坂をノーブレーキで下っていった。

意味不明。


玄関でチャイムを鳴らすと

『手が離せないの!自分であけて!』

お母さん、インターホンに出れるなら開けてよ。


玄関の前でカバンの中に家の鍵を探す。

どこに入れたっけ

めったに使わないから。


がさごそやってたら


「お母さんは?」


お父さんが鍵穴に鍵を挿した。


「手が離せないんだって

 お父さん電車一緒だった?」

「いや、ツタヤに寄ってた」

お父さんの手には駅の側のツタヤの袋。


よかった。

電車一緒だったら変な誤解されて怒られるとこだった。

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