第6話 ピアノと私

「うん」


と言ってくれるとは思ってなかった。


だけどちょっとは万が一を期待した。



向こうも同じように



運命感じてくれたかもしれないと。




なのにあんな瞬殺しなくても。





「…スズ?どした?」


馬由が浜駅の前で英介が私の顔をのぞき込む。


「なんでもない…」ハァ

「寝てない?」

「大丈夫…」

「なんかあったのか?」


しつこいな…



「フラれたの!!」



英介のことだから大笑いしてバカにすると思った。


「え…スズ…」

「笑うならとっとと笑って!」


「お前…フラれるような相手いたのか…?」


そんな驚く?




今日も電車は満員だったけど犯人は乗ってない。


運命だと思ったんだけどな。


「スズこっち、大丈夫か?」

英介が私の腕を掴み引き寄せる。


ふとよぎる

犯人の大人っぽい香水の香り。



「大丈夫」



私はつり革を握った。



揺られること20分。

電車は駅に着くと多くの人を吐き出し、私たちもその波に乗って改札を出た。

「スズ今日は真っ直ぐ帰る?」

「うん、ピアノだから」

「俺も今日は部活出ないで帰るから待ってる」

「うん」

駅を出て英介は歩道橋へ、私はバスに乗り換えるためにバス停へ。

「じゃーね」

「あとでな」

別れて歩き出すと


「英介!」


英介と同じ前浜高校の同じ中学の男子が3人、英介に追いついて並んで歩いた。

いつもこんな感じ。

同じ電車だったはずだから友達と行けばいいのに、英介はいつも私と電車に乗る。


「なんか悪いな…」


友達と行っていいよって明日言ってみよ。






その日の昼休み


「スズ…それは無いわ」


中庭のテラスで杏奈とお弁当を食べた。

いつもは教室で大勢で食べるけど、今日はクラスを抜け出して昨日の報告をした。


「どのタイミングで告ってんの…

 明らかにその時じゃないから」

「だって~~」


告るつもりはなかった。

痴漢のこと謝るのと、助けてくれたのお礼を言うのと


とにかく会いたかった。


無鉄砲にあんなとこで待ち伏せするくらい会いたかった。

こんなに誰かに会いたくなったことなんてない。

だからこれは運命なんだと思った。


「スズ今日ピアノ?

 タケルにも聞かせてやりたいけど

 昨日の武勇伝」

「バカにしてるよね?」

「してないしてない」

笑いながら杏奈はスマホの画面を指でなぞる。

「あそうだ!来週スズの誕生会やろっか!」

「タケルくんと3人?」

「誰か呼んで欲しいなら呼んでもらうよ!

 次探しとく?!」


いらない


「3人でいい」





5歳の時に始めたピアノは、17歳になった今も続いていた。

家の近くのピアノ教室に通いながら、一応音楽部に入って、たまに発表会に出たりする。


ピアニストになりたい

ピアノで世界に羽ばたきたい


などという野望はなかった。

だけどピアノを弾くのは好き。

発表会が終わったあとの開放感が好き。

お母さんが嬉しそうだから好き。

お父さんが発表会には来てくれるから好き。



今日はなんだか1人で弾きたかった。



放課後、誰もいない音楽室


窓の外は雨が無数の線を引く。


薄暗い音楽室のドアを閉めると、そこは音を遮断し、世界にはここにしか空間はないように思えるほど無音になる。


人差し指を鍵盤にゆっくり降ろすと


何もなかったこの部屋に

色が塗られるみたいに音が広がり


そのわずかな振動を指先から感じる。



何を弾くかは決めてなかった。



思うまま

指の動くまま


指先に心を置く。



何かを発散してるのか

自分の音色で慰めてるのか


わからないけど私はただ、鍵盤の上で指を踊らせることに没頭した。







「あ」


正気に戻ったのは、雨のせいではなく日の入りで辺りが薄暗くなってから。

ピアノ教室を休むことはお母さんに連絡していたとは言え、絶対に門限間に合わない。


「やば…!」


慌てて学校を飛び出した。

ちょうど帰宅ラッシュの時間、駅は朝ほどではないけど混雑していた。

そしてここに来て英介に連絡しなかったことを思い出した。


『どうした?』

『時間ないから先に帰る』

『連絡しろ』

最後のメッセージは18時だった。

『ごめん!急に音楽部に出てて…

 今から帰る!ごめんね!』送信

ホームに入ってく人の流れに紛れながらラインを送った。



電車を待ちながらついやってっしまう犯人探し。

ホームに入る人、出て行く人、電車を待ってる人。


私はその中に犯人の姿を探してしまう。


スーツを着てる人につい探してしまう。



あの瞬殺ぶりは、きっともう希望はないのに。







馬由が浜の改札を出たのは19時半を過ぎた頃。

すっかり夜になってしまっていた。


これは完全に怒られるな


ちょっと憂鬱になりながら、定期入れをカバンの後ろポケットに差し込んだ。



「スズ!」



駅を出たとこ、キョロキョロっと声の主を探す。


「こっち」


駐輪場の前で自転車にまたがったままの英介が

軽く手を上げて合図した。

「どしたの?」

「や…どうしたって

 もう暗いし危ないかなって…」

英介が徒歩五分ちょいのうちまでわざわざ送ってくれた。


なんていいヤツなの。

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