第5話 モテる俺

「戻りました~」


「おかえりもみさき~」


今日は襟裳岬か。

静香はまともなお帰りなさいが言えない。

「歌いなさいよ」

「部長、大川商事の西田さんが見積もり…」

「シカトかい」

応接室で約2時間。

大川商事の西田さんは話しがそれるそれる。


預かった書類を部長に渡そうと思ったら、部長は下田と一緒に窓に張り付いていた。

「もう2時間以上ですね」

「彼氏でもいるのかな、うちに」

「セーラー可愛いっすね」

「だな、お小遣いやりたくなる」

「それは犯罪っすよ」

「お小遣いやるだけならいいだろ」

「なんすかその慈善事業」


「何見てるんですか」


「お、朝霧くんお帰り

 西田さん帰った?」

「見積もり作り直してくれだそうです」

「またか」

ファイルを部長に渡しながら、2人が見ていた窓の外を見てみた。

「朝霧さんあれっす

 もう2時間以上あそこに座ってるんです

 たぶん誰か待ってますね、我が社の誰か」


下田が指さした先

8階から見下ろした正面玄関の外の歩道に面した植え込みに女子高生が座っていた。


「健気な後ろ姿がそそるっしょ?」

「たまに振り向いてくれるんだがな」


部長がそう言ったそばからその女子高生は振り向きビルを見上げた。



は……



「はぁっっっ?!?!」



「ちょ…なんすか朝霧さん!」

「し…心臓が…」

「部長しっかりして下さい!!

 お年寄りがいるんだから気をつけて下さい!」



それは紛れもなく今朝電車で会ったあいつで、痴漢騒ぎで迷惑被ったあいつで…



「な…なにを…」



「え、なになに」

「何ですか」

部署の人みんな窓辺に集まる。


「朝霧、何青ざめてんの」

「や…なんでも…」



「あ!あの子今朝の電車で

 朝霧くんと一緒にいた子じゃない?!」


は?


同じ8階の別部署の事務のおばちゃんがいきなりそんなことを言い出した。


「今朝私も7時の快速だったのよ~」


「なんで朝霧さんがJKと?!」

「とうとうJKに手を出したの?!

 ま…まさか痴漢のJK?!」

「大きな声で言うな!」

完全に面白がってる静香と下田。


「朝霧くんがさ~

 ふらふらの女の子こうやってね

 そんでいわゆる壁ドンってやつ?

 ちょっと離れてたからあれなんだけど

 満員電車の中でこうなんて言うの?

 抱え込んじゃってね~

 確かにあの制服だったわ、マリア女子」


ペラペラペラペラと…


「え、あんたそれ狙ってるとしか思えないけど」

「狙うか!」

「天性のものっすね

 そうやって何人もの女性がこの男の犠牲になった」




.


それから週の半分はそこにいた。

夕方だからたぶん学校が終わってから?

あんなとこにしょっちゅう座ってる女子高生、社内では軽く有名になっていた。


あれから電車には乗っていない。

ここ数日は仕事もたてこんでいたし、実家に帰る用もなかった。


「朝霧さんそろそろ連れてきましょうか!」

「あ、なんか声掛けられてるぞ」

そりゃあんなとこに何時間もいたら職質もされるだろ。

ていうか警備員追い出せよ。

「あれってそこのローソンの大学生じゃん」

「朝霧!ナンパされてるぞ!」

「大変だ!助けに行きましょう!」

「連れて行ってもらえ」

「あ、帰っちゃう」


一度ビルを見上げ、駅の方に歩き出した。


やっと帰った。






「朝霧さん今日飲み行きましょうよ~」


半分照明の落ちた社内で

下田はパソコンの画面を見ながら言う。


「静香は?」

「秘書課のお友達と合コン」

pppp

『仕事終わった?会いたい』

「誰ですか?」

「エリカって誰だっけ」

「保険屋の?」

「あぁそれだ」

「まだ続いてたんすか?」

「いや、親に会ってほしいとか言われたから

 もう会ってない」

「ポイしたんですか?」

「ポイするのも面倒」


結局仕事が片付いてから、下田と夕飯がてら1杯飲んで帰った。


そしたら


「遅いぃ!」


マンションの前で


「は?お前なにやってんの」

「全然会ってくれないから来たんじゃん!」


聖奈が待っていた。


「連絡もくれないで何してたの」

「仕事忙しかったから」

「今ため息ついたでしょ!」

口を尖らせて怒ってますアピ。

それもどこか可愛さを作り付けたわざとらしいやつ。

ぶりっこなとこが初めは可愛いと思ったはずなんだけど。

「早く鍵開けて」

泊まる気か…面倒くせえ。

聖奈は泊まるときにいつも持ってる大きめのバッグを持っていた。


オートロックの鍵を開けると聖奈は喜んで腕に飛びついた。






部屋を埋め尽くす吐息


ベッドの中で紅潮した頬を撫でると、聖奈は目を潤ませて見つめてきた。


「好き…?」

「何が?」

「せーなのこと…」


これを面倒だと思うということは、答えは出てるんだと思う。

面倒だからキスで誤魔化した。


そっちの方が楽だから。



「え、仕事するの?」

「んー…適当に寝るか帰るかしろよ」

服を着てパソコンを立ち上げた。

ベッドから恨めしそうに見てるであろう聖奈の方は見なかった。

「やっただけじゃん…」

「そ?」

「なんかキスとか触り方とか適当だったし」


そんなことない

愛してるぜ


とか言うべき?


はぁ

面倒くさ





.


「なに窓の外見ちゃってんの」

「今日は待ち人来てないっすね」


静香と下田がニヤニヤ。


「雨降ってきたなって思っただけだ

 うぜえなお前ら」


昼間のかんかん照りで沸騰していた窓の外が、急に降りだした雨で冷やされたみたいな。

ほら、なんて言うっけあれ。

素麺ゆでてるときに水入れたら鍋が落ち着くやつ。

あれみたいだなと思った。


「あー行きたくね、雨なのに」

「朝日商会の受付嬢がお気に入りらしいよ」

「何を?」

「朝霧を」

「どうでもいいその話」


「ま、私はマリアちゃんの方が可愛いと思うけど~

 健気に我が社を見上げる仕草

 夏のセーラー透けるブラ紐」

「それ男の好きなやつっす!」

「お前どんだけ視力あんだよ、猛禽類か」

「てか静香さんダメっすよ勧めちゃ

 遊ばれまくってポイされますよ

 あんなに純で可愛いのに」



大粒の雨が地面に打ちつけ、砕け散る粒の破片が足元に返り、朝日商会に着いたときには


「やだずぶ濡れですね!」


車移動にも関わらず、ずぶ濡れだった。


「タオルお持ちします!こちらに!」

静香の言ってた受付嬢は耳まで真っ赤。

「いえ、大丈夫ですのでお気遣いなく」

「でも…!」

「環境資源部の日野さんお願いします」

「じゃあこれで…!」

って出されたご本人のハンカチ。


心からウザい

知らない人のハンカチで拭けるか

触りたくもない


「お気遣いありがとうございます

 でもハンカチが汚れるといけないので」


↑営業スマイル


相手方の椅子や机が濡れるといけないから、荷物を拭くタオルは持たされていて、カバンと撥水の紙袋を拭きついでに水滴の残る腕を拭いた。


1時間話して外に出ても変わらず雨は降っていた。


会社の裏の駐車場に社用車を停め、また裾を濡らしながら表に回り



なぜかふと、傘を上げた。




黒の水玉の傘が会社を見上げていた。




雨粒は傘に当たらず、セーラーの白いスカーフに落ちる。



「おい」



見上げていた顔がこっちを向き


「何してんだよ」


驚いたままの表情で止まった。


「念のため確認するけど

 ここにお父さんでも勤めてんのか?」

ぷるぷる首を振る。

「じゃあ俺に用?」

小さく頷いて体ごと俺を向き



「わ…私のこと彼女にして!」



会社のど真ん前でとんでもないこと言いやがった。


「やっぱそんなことか…

 痴漢の次はストーカーか」

「彼女いるんですか?!」



「そんな問題じゃない

 お前を彼女にすることはないから

 二度と来んな」

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