第3話 私の日常

犯人はボタン捨てちゃったかな。



取れた右袖のボタンは、教師に見つかって校内売店で買う羽目になった。

プラスチックに金色が塗ってある中身は空洞な軽くて小さなボタンが

「200円って地味にするね」

手の平にのせたボタンを見て、杏奈は率直な感想を言った。


昼休みの被服室で針に糸を通した。


空気を入れ換えるために開けた窓から

女子の笑い声

女子の馬鹿笑い

女子の叫び声

校庭から聞こえるのはサッカー部の昼練習。

『イケーー!』『走れー!』って女子の声。

『廊下を走るな!』って教師の怒鳴り声も女子。

全部女子の声。

女子しかいない。


だってここは女子校だから。


中学高校短大大学

お嬢様臭漂うマリア女学院。

玄関前のロータリーにはマリア様。

教会もあるしなにかとアーメンもやる。

でもうち仏教。



「青井、終わった?」

「もう少しです」

被服室に入ってきたのは家庭科の栃原先生。

「ったく下手くそね」

私の手元を見ると、呆れたため息をわざとらしく吐き、制服と針を取った。

「松田先生には黙ってなさいよ」

松田先生は生活指導の怖い先生。

さっきもこのボタンのことで怒られてからの今ここ。


「ボタン取れたの気づかなかったの?」

という問いの答えを聞くより先に、出来た、と栃原先生は針山に針を刺した。

「ボタンくらい付けれるようになりなさいよ」

それなら教えてくれたらよかったのにって思ったけど

付けてもらえてラッキー。

私の右袖のボタンは元通り3つ並んだ。



何かがリセットされたみたいに



痴漢事件が全部解決して終わったような感じがした。



学校と家を行き来するだけの私の生活に、スパイスをひと振りして、ほんの一瞬、非日常の刺激をくれた出来事だった。

と言っても、別に刺激を求めているわけでもなく毎日それなりに刺激はある。


例えば登下校の電車で、違う高校に通う同級生に偶然会えば、わ!久しぶり!ってテンション上がって十分に刺激的な出来事に思えるし、例えば杏奈と駅ビルでウロウロして、欲しかったボーダーニットとシフォンの切り替えワンピが70%オフだったら、それも十分刺激的だ。

小さな歓声を上げるレベル。


電車が追い抜いていく車の列に、同じ車が3台並んでいたり、雨上がりの水平線にかかる虹を見つけたり、玄関を開けると焼きたてパンのいい匂いが迎えてくれたり、お父さんが一本速い電車で帰ったから早く夕飯を食べれたり。


私には毎日の変化で刺激だった。


それがスパイシーでなくてもよかった。





「スズ!あんたやる気あるの!」


駅前にカラオケ屋さんはいくつかあるけど、今日の会場は牛が焼肉を食べる共食いするカオスな看板で有名な、焼き肉屋さんに併設されてるカラオケ屋さんだった。

焼き肉屋さんで作ってくれる焼肉ピラフが安くて美味しくて学生に人気。


そこのトイレで杏奈は般若になった。


「あるっちゃある」

「じゃあなんで食と歌に徹してるの!

 スズだって会ってみていいって言ったじゃん!

 彼氏出来るチャンスだよ!

 イケメンだし優しいし!」


杏奈の彼氏のタケルくんが合コンを開いてくれた。

私と杏奈のプリクラを見て、タケルくんのクラスメイトが私に会いたいと言ったとかで。


彼氏が欲しくないわけじゃない。

むしろ彼氏というアイテムは、日常に刺激を与えてくれる最高のスパイス。


私の日常なんか私には満足だけど、世間一般にはきっとつまらい日常に分類されると思う。

漫画の主人公の女の子が『ツマラナイ』と上靴のカカトを踏み、窓際の席で気怠そうに空をぼんやりみあげちゃうようなね。

そしてそのあとは刺激的な出会いから、刺激的な男の子に出会い、刺激的な恋に堕ち、刺激のないツマラナイ日常から脱出するみたいな。


女の子はみんな恋がしたいし彼氏が欲しい


私だって彼氏は欲しい


「行くよ、ラインくらいゲットして

 せめて友達になりな」

「は~い」


かっこ悪いわけじゃないし、優しそうだし明るいし面白いし、まぁいいかもしれない。


女子校に通う私たちにはこんな出会いが普通だった。

こんな感じで他校の男子と数人知り合って、ついこの前もいい感じになった男子校の人がいた。

二人で会ったりもした。

でも無理だった。


狙った感が否めない頭ぽんぽん

お茶碗を持って食べない

ヤンキーと友達ってアピール

お母さんからの電話に言い方が酷い

意味不明な真面目にやってない自慢

ガムの包み紙を道に捨てた

レディーファーストという名の優柔不断


それからなんとなく、紹介されたり合コンに行ったりしてもダメだった。


「今度二人で遊ばん?」

「えーっと…うん、そのうち!」


彼氏が欲しい

恋がしたい


それを探しながら、私はつまらなくもない毎日の繰り返しの中に小さな変化や刺激を見つけ

ささやかに喜んだ。

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