第13話 いや、お前弱いんかい
「ほら先輩!行きますよ~」
「わかった。わかったから引っ張るなって」
仕事終わりに万が笑顔で俺の腕を引っ張ってきていた。
今まで会社で俺がこんな風に絡まれることが無かったため他の社員から奇異の目を向けられている。
あんまりこういう視線は好きじゃない。
昔を思い出してしまうから。
「どこに行きますか?」
「お前の好きなところでいいよ。俺そういうの基本的に行ったことないからどこがいいとか正直わからん」
「わかりました!では私の知ってるお店を紹介しますね。ここからも結構近いんで」
「じゃあ、そこで頼む」
万は社内でかなり人気のある人間だ。
勿論男性社員からも女性社員からも人気がありいつも誘われているようなイメージだ。
なんなら一か月に一回は色恋沙汰の噂話を聞く。
今のところすべて断っているらしいが。
俺は万に連れられるままに飲み屋に向かった。
意外とにぎわっており仕事終わりと思われるサラリーマンたちが飲み交わしていた。
「ここか?」
「はい!そうですよ。ここ結構雰囲気も落ち着いてて料金も安めなんでおすすめです」
「そうなのか」
まあ、そんな情報を知っても一緒に来る相手なんかいないから意味ないんだけどな。
自嘲気味にふっと笑いが出てしまう。
悪い癖だ。
「はいいつも私は来てますよ~それより何注文しますか?」
メニュー表を俺のほうに向けながら万が聞いてくる。
最近の若者は飲み会ではとりあえず生とか言ってたけど俺はどうにもビールが苦手だ。
あの独特な苦みが好きになれない。
「じゃあ、カシスオレンジで」
「先輩、女子ですか!?」
「別にいいだろ。俺はビールが苦手なんだよ」
万に変な突っ込みを入れられてしまったけど飲みたくもないものを無理して飲む必要はないだろう。
上司とかとの付き合いならまだしも今は部下とのプライベートな飲みだ。
注文にまで気を使わなくても許されるだろうというのが俺の考えだ。
「まあ、いいですけど。なんだか最近課長に対するイメージがどんどん塗り替わってきました」
「本当にお前は俺をどんなふうに見てたんだよ」
少し頭が痛くなってくる。
どれだけ俺を凝り固まった人間だと思っていたのか。
まあ、かかわりがなくぶっちょうずらで接していたらそうもなるか。
「あはは~まあいいじゃないですか!とりあえずお疲れ様です!」
「おつかれ」
雑談をしているうちに届いたグラスを片手に乾杯した。
こういうのをするのは本当に初めてでこれであってるのかわからないけどまあいいだろう。
すべて、もうすぐ死ねると思うとどんな失敗をしてもいいと思った。
いろんなこと全てが気楽に感じられた。
「じゃあ、課長教えてくださいよ!なんで最近そんなに顔色が良くなって雰囲気が明るくなったのか」
「別に特別なことはねえよ。少し考え方が変わっただけだ」
「考え方?」
「ああ。少し気楽になったんだよ。本当にそれだけだ」
別に秋奈のことをわざわざ言うことは無いだろう。
こいつは人の秘密を誰かに言うような奴だとはわかっている。
けど、俺は信用できない。
他人を一切信用なんてできない。
こいつも人間だ。
口を滑らしたり考えが変わって誰かに言うことがあるかもしれない。
だから俺は話さないんだ。
「むぅ~なにか隠してません?」
「隠してるかもな?でも、そこまでお前言いうつもりはないからな」
「なんでですか~」
こいつ、もう酔ってるのか?
いつもよりもダルがらみがうざい。
でも、こいつさっき頼んだビールまだ半分も飲んでないぞ?
「お前、もしかして酒に極端に弱かったりするか?」
「そんにゃことみゃいでしゅよ~」
ダメだ完全にろれつがいかれてる。
流石に本格的に頭痛がしてきて額を押さえる。
これ、どうすればいいんだ?
会計とかはもともと奢るつもりだったからいいけど俺こいつの家知らないんだけど。
「とりあえず、これは没収だ!」
「にゃにしゅるんでしゅか!」
「お前は水を飲め!」
万からグラスを奪い取って代わりに水の入ったグラスを差し出す。
これ以上酒が回ったら本当に面倒なことになる。
それだけは回避しないといけない。
「はぁ。やっぱ今度から誘われても行かんとこ」
万を見ながら俺は密かにそう決意をするのだった。
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