第4話 フラッシュバック
なんだか、楽しいな。
俺は久しぶりにそんな感情を抱いていた。
ここ9年は特に楽しいと思うような出来事もなく惰性で生きてきただけだったから今がとても新鮮に感じる。
人とこんなに会話をするのも久しぶりだしこうして誰かと買い物に行くのも久しぶりだ。
何もかもが新鮮で、でもそれを感じるたびに酷く恐ろしくなる。
楽しみを感じてもいずれはなくなる。
いつかは全てなくなってしまう。
この世の中に永遠なんてものは存在しない。
だから、いっそ失うくらいなら何もいらない。
きっと秋奈もいずれは俺の前からいなくなる。
でも、それまでは秋奈に不自由ない生活を過ごせるようにする。
それが、俺の人生最後の仕事だ。
「はは。また、矛盾してる」
失うくらいなら何もいらないと思っているのに秋奈と、誰かと過ごすのが楽しくて仕方がない。
いつかはなくなると知っているのに俺はそれを求めてしまう。
そして、失ってからまたきっと傷つくのだろう。
本当に救えない。
だから、こんな救えない俺に今回で終止符を打つんだ。
「冬真さん?大丈夫ですか?」
「ん?ああ。秋奈か。どうかしたか?」
「いや、買い終わったから声をかけてたんだけどなかなか返答がなかったから。何か考え事?」
どうやら、相当深く考え込んでしまったようだ。
今の今まで秋奈に気が付かなかった。
「まあ、そんなところだ。じゃあ、次行くか。次はとりあえず枕とかベッドとか買いに行くか」
「そこまで買ってもらうのは申し訳ないよ」
「良いんだってば。俺も女子高生を床に寝かせてのうのうとベッドで寝られるほど神経図太くないの。素直に甘えとけよ」
「うん」
「なんでそんなに不安そうな顔するんだよ」
「なんか、そこまでされると逆に怖くなって」
「別に対価なんか求めないし何もしないぞ?捕まりたくないからな」
「あ、そこは変わらないのね」
「当たり前だ。この年で性犯罪者のレッテルなんか張られてたまるか」
「ふふ、それはそうだね~」
幾分か明るい表情になった秋奈は笑いながら歩き始めた。
まあ、確かに知り合って一日の男にこんなに優しくされたら怖いわな。
俺でもそうなったら怖いもん。
「というわけで、寝具見に行きますか」
「は~い」
そんなこんなでこの後残りの寝具と生活必需品を買いそろえて家に帰った。
家に着くころにはすでに日が沈みかけておりかなりの時間外にいたことに気づいた。
時間を忘れて買い物をするなんて本当に久しぶりのことだった。
「ただいま~」
「おかえり~」
「いや、お前も今帰ってきたところだろうが」
「えへへ~なんかそう言いたくなって」
「なんだよそれ」
まあ、久しく誰かにおかえりなんて言われてないから新鮮ではあるけども。
「明日にはベッドが届くから今日も秋奈は俺のベッドで寝てくれ。あと、一個空いてる部屋があるからそこを好きにしていいぞ」
「何から何まで本当にありがとう。冬真さん大好き!」
いきなり秋奈が抱きついてくる。
「やめろ!」
「え?」
反射的に俺は秋奈を突き飛ばしてしまった。
一瞬昔の光景が頭をよぎった。
フラッシュバックだ。
「すまない!大丈夫か?」
すぐに我に帰った俺は尻餅をついている秋奈に駆け寄る。
いくら反射的だったとはいえ突き飛ばすのは良くない。
「うん。全然大丈夫だよ。ごめんね抱き付かれるの嫌だった?」
「いやってわけじゃ無いんだけどな。昔に色々あっていきなりされると反射的にな。本当にすまない」
「ううん、そう言うのってあるよね。トラウマだよね多分。こっちこそごめんね。嫌なこと思い出させちゃったかな?」
「いや、気にしないでくれ。それより本当に大丈夫か?」
「気にしすぎだよ軽く尻餅ついたくらいだから」
明るくそう返してくれる秋奈を見ると罪悪感で胸がいっぱいになった。
理性ではわかってるはずなんだ。
こいつが一ミリの悪意なく俺に抱きついてきたって。
でも、感情がそれを認めない。
本当に俺はダメダメだ。
「だから、そんな顔しないで?私は大丈夫だからさ」
「わかった。本当にすまない」
「いいって。そこまで言うなら私の部屋作るの手伝ってよ」
「もちろんいいぞ。ほら」
尻もちをついている秋奈に手を差しだす。
秋奈はすぐに手を掴んで立ち上がる。
「ありがと。えへへ」
「じゃ、とりあえず部屋見に行くか」
「うん!」
そして俺たちは秋奈の部屋になる予定(空っぽの空き部屋)を二人で見に行くことになったのだった。
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