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 父は再び動画を上げた。今度は別の歌い手のカバーだったが、こちらも公開後数日経っても再生数は伸びず、当然、高評価も得られなかった。それどころか低評価を付けられ、ご丁寧に「無理してるみたいで聴いてるのがつらい」というコメントまで書き込まれた。雫は相手の放ったスパイクを顔面に食らったようなショックを受けた。

 歌った当人は「別に道楽みたいなものだから」と気にしていない様子だったが、雫は納得していなかった。どうせやるなら一定の成果を上げたい。ここでいう「成果」とは、動画に対する高評価と同義である。

 本来であれば、父がいいと言うのだから好きなようにやらせるのが正しいのだろう。しかし雫は、何かに向けて踏み出した人が報われないまま終わるという風景を見たくはなかった。それはもしかすると、先日の宮野森に対する芹沢の告白を見たせいかもしれない。宮野森の気持ちは十分理解できる。だが、芹沢の行いが否定されるようなことにもなってほしくなかったし、少なくとも雫はしたくなかった。

 そんな気持ちに折り合いを付けるには芹沢の背中を押すのが一番だったが、宮野森にも彼女なりの考えがあって断ったのだから、そうするわけにもいかない。他には、と見渡すと、やはり一番には父の背中が目に入った。

「今はとにかく知名度が足りないと思う」

 夜の納屋で雫は父に告げた。秋も深まり、夜になると納屋の中は半袖で過ごすには寒い。雫は中学時代の水色のジャージを着て首元までチャックを上げ、父も甚兵衛から作務衣に変わり、更に上からちゃんちゃんこを羽織っている。

「もっと多くの人の目に触れて、再生数を上げる必要がある」

「インターネットに公開してるんだから、人の目には触れてるんじゃないのか?」

「世の中に同じようなことしてる人がどれだけいると思う? その人たちが一人でどれだけの動画を上げてるか。父さんと同じ曲を歌ってる人だって、たぶんこの町の人口ぐらいはいると思うよ」

「そんなに?」

 具体的な数字は知らずはったりだが、父に規模感を感じされるにはこの言い方が有効だった。

「それは多いなあ」

「実際にはもっといるかも。そんな中でただ歌って動画を上げてるだけじゃすぐに埋もれる。もっと目立つことしないと」

「一応、近況報告はしてるけど」

 父が訥々と話すショート動画のことだ。父が話していると知っているせいか、おじさんの日常を報告されている以上の感想が湧かない代物だ。

「ああいうのじゃなくて、もっと派手なことがいい。人前に立って歌うとか」

「そういえば、アカウントにこんなメッセージが届いてたんだ」

 父はマウスを操作して、何度かクリックした。

 見ると、それは有名なバーチャルタレントたちが所属する事務所から送られてきたものだった。父と同じように歌ってみた動画を上げている人に一斉送信されたようで、内容は要約すると「今度Web上でオーディションを開催するので参加してみては」というものだった。応募期間は既に始まっている。

「どうせ関係ないと思って読んだこと忘れてたんだ。出るのは若い子ばかりだろうし」

「中の人が若いかどうかなんてわからないよ。現にここにおじさんがいるんだし」

 雫は文面を何度か往復する。

「いいじゃん、これ。エントリーしようよ」

 しかし父はもじもじしている。

 雫にはその気持ちがわかる。今までは動画を上げても無視されることがほとんどだった。ネガティブな反応があったとしても、通りすがりの冷やかし程度に受け止められただろう。だが、オーディションとなっては話が別だ。そこでは明確な意思の下、厳正な評価が下される。次の課程に残れないことは即ち、評価されなかったのだと受け容れざるを得なくなる。父はそれを怖れているのだ。

 自分が「好きなもの」で傷つくのは怖い。その「好きなもの」を嫌いになってしまう気がするから。

「父さんならいいとこまで行けるんじゃない? 昔はおひねりもらってたんでしょ?」

 すると父は肩を竦め、ふっと笑みを浮かべた。

「酒瓶が飛んできたこともあったけどな」

 カーソルがURLの上に乗り、人差し指を立てた手の形に変わった。

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