7−2
「みみみ、宮野森さん——」
「ごめんなさい」
宮野森は早々に頭を下げる。
「僕、宮野森さんのこと、四月に同じクラスになってからずっと——え?」
芹沢はようやく低頭している憧れの少女に気がついた。だが、どう反応して良いかわからないようで、泳がせた視線を最終的に雫の方へ向けてきた。
そういうことみたい、と雫は肩を窄めた。それで芹沢は状況を呑み込んだようだった。
「あの、じゃあ、まずはお友達から——」
芹沢はブレザーのポケットからスマートフォンを取り出す。
「ごめんなさい」
宮野森は頭を下げたまま繰り返す。
「じゃあ、メッセージのやり取りだけでも」
「ごめんなさい」
「週一とかでいいから」
「ごめんなさい」
少し肌寒さも感じる冷たい風が、屋上を吹き抜ける。続いて階下から、吹奏楽部が管楽器のウォーミングアップを始める音が響いてくる。
誰かが鼻を啜った。雫ではない。宮野森でもないだろう。
「こちらこそ、ごめんなさい」
しゃくり上げそうになるのを押さえているように、芹沢が言った。
「すみません、貴重なお時間いただきありがとうございました」
失礼します、と頭を下げ、彼は去って行った。
階段室の扉が閉まるのを待ってから、宮野森は深い溜息をついた。
「疲れた」
「お疲れ様」
宮野森の後ろ姿に向けて、雫は言う。
「噂通り酷い奴だって思ったでしょ、私のこと」
「そんなことないけど」
宮野森は階段室の方を向いたまま何も言わない。そんな彼女の髪を、風が撫でるように浚っていく。
「苦手なんだ、こういうの。傷つけないように言葉選んでも、きっぱり断ろうと言葉選ばなくても、結局今みたいな顔をされる」
苦手に感じるほどこういう場面を経験したことのない雫だが、その難しさや気を遣わねばならないことの多さは想像できる。
氷の女、とクラスの女子が宮野森を評していたのを思い出す。
あれはまだ四月の中旬ぐらいの、教室内の人間関係がようやく固まりかけてきた頃だった。宮野森と今のように仲良くなかった雫は、机に突っ伏したまま聞くともなしに交わされる会話へ耳を傾けていた。
その女子生徒曰く、クラスの男女何人かで親睦を深めるため放課後にカラオケへ行くことになった(雫も声を掛けられたが、歌は苦手なので断った)。
男子側からのたっての希望で宮野森を呼ぶことになったのだが、幹事を務めるその女子が誘うなり、にべもなく断られたのだという。その時の断り方がいかにも愛想のない、氷のように冷たいものだったと、彼女は憤りを露わに話していた。
彼女に同調するように、日頃の宮野森の態度に対する批判が周囲からも挙がった。尤もそれらは、気に入らないから叩き潰してやろうという好戦的なものではなく、怖いから近づかないでおこうといった畏れに近いものだった。
自分の前の席にはそんな人が居るのか、と雫は窓の方へ向き直りながら考えた。数日後、不意に後ろを向いてきた宮野森にノートの落書きを見られ、更にそれを褒められた時、一瞬にして彼女を信用できると確信したのは、この時聞いた女子たちの会話が頭に残っていたからかもしれない。氷のような冷たさの奥に暖かな部分も持っている人なのだ、と思えたのだ。
あの時と同じ気持ちを、雫は再び抱いている。証人が欲しいなどと宮野森は言っていたが、本当はもっと別のものを求められていたのだと感じる。
氷の奥には白熱色の光が、時折弱まりながらも輝いている。
「ごめん」
宮野森が言って、階段室へ向かう。
「余計な時間を取らせた。練習頑張って」
しかし雫は宮野森を追いかけ、その隣に立つ。
「今日は一緒に帰ろう」
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