6−3

 ところで、動画のことについて雫は誰にも話していない。宮野森にも、母にも。前者は雫の意思で、後者は父の強い希望により、話を伏せることにした。弟に関しては雫と父双方の意見が合致した。

 宮野森には話して良いかとも思ったが、気を遣わせてしまうのが嫌だった。彼女の性格上ないとは思うが、万一、新しい動画を更新する度に「観なければ」と変な義務感を抱かせてしまっては申し訳ない。彼女が良いと感じていないものを押しつけ続けることにもなりかねない。宮野森との間には、そういったものを持ち込みたくなかった。

 また、母に隠したいという父の気持ちも雫は理解できた。父としての威厳(そんなものがあればの話だが)云々ではなく、単純に恥ずかしいのだ。やっていることは、言うなればおじさんが女装をして女性歌手の歌をうたっているのである。そうしたことを進んで妻に自慢する夫が、世の中にどれほどいるだろうか。同じ理由で弟への説明も憚られた。更にこちらは、ただでさえ親に反抗心を抱く年頃なのだから絶対に言える筈がなかった。

 そんな弟に、一度だけ知られそうになったことがある。納屋へ行こうと玄関を出る際に、帰宅した弟と出くわしたのだ。

 時刻は十一時を回っていた。普段、弟の行動を把握していない雫は、戸口の外に立つ人影を見て心臓を掴まれた思いだった。修太郎の方でも、帰りが遅いのを咎められるとでも思ったのか、先手を取って睨み付けてきた。

「何だよ」

「いや……おかえり。随分遅いんだね」

「関係ないだろ」

 修太郎は乱暴にスニーカーを脱ぎ捨てる。

 ここで「母さんに心配かけるな」みたいなことを言えば、また一悶着起きそうだ。だから何も言わず、サンダルを突っかけて出て行こうとしたのだが、弟の視線が離れていないことに雫は気づいた。

「自分こそ、こんな時間にどこ行くんだよ」

「ちょっと夜風に当たりに」

 相手の方を見ずに答える。

「試験が近くて勉強詰めだったから」

 フン、と鼻を鳴らし、弟は階段を上がっていく。

 雫は小さく息を吐き、引き戸を開けた。


 父が納屋で歌う姿を初めて見た日は、たしか月明かりが眩しかった。今日も同じぐらい夜が明るい。月齢が一巡りしたのだ。

 雫の編集したトーク部分と父が制作した歌唱パートを繋ぎ合わせ、いよいよ一本の、いわゆる「歌ってみた動画」が完成した。動画サイトの指定に則ってファイルを選択し、フォーマットの変換が掛かる。これが終われば、晴れて公開されることとなる。

「親子の汗と涙の結晶が、いよいよ世界へ発信されるんだな」

「変な言い方しないで」

 かくして新生・渋川いかほの最初の動画はアップロードされた。

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