6−2
見た目の話では、次に背景が気になった。父が編集した三本は、いずれも白バック、つまり背景が空白で、アバターだけが映っていたのだ。
「これはこれで目立つかと思ったんだけど」とは父の弁。
「たしかにサムネイルで観ると目立つけど、手抜きにも見える。このアバターの特徴を付けるためにも何か決めた方がいいんじゃない?」
それなら、と父が覚束ない指使いでキーボードを叩き、画像を検索した。
「こういう感じにしてもらえないか」
画面に映っているのは薄暗いホールのような天井の高い場所の写真だ。
奥に明るく照らされたステージがあり、手前にはビロード張りのソファーが何脚も置かれている。ステージに背を向ける形で配置されているものもあり、音楽鑑賞を主な目的とした場所のようには見えない。客席の傍らには酒瓶の並んだカウンターまである。暗い天井からは、蝋燭型の電球をいくつも灯したシャンデリアが吊されている。テレビなどで観たことのある風景ではある。
「昭和のキャバクラ?」
「キャバレーだよ。まあ、やることはそんなに変わらないけど」
「この子、キャバクラ嬢の設定なの?」
「ホステスね。別にホステスの設定でもないけど。お父さんには色々と思い入れ深い場所なんだよ」
「キャバクラで働いてたの?」
夜の街に関する知識のない雫の頭に、白いスーツを着て髪を尖らせた父の姿が浮かぶ。
「こういうステージで歌ってたんだよ。その時バンド組んでた仲間たちと、東京の店で。大学時代」
「父さんが、バンド」
カレーのトッピングにちくわ、と言われた気分になる。
「その頃はバンドブームだったんだよ。お父さん、BOØWYに憧れてたんだ。雫は知らないだろうけど」
「ここでそういう歌、うたってたの?」
「いや、店の雰囲気と客層に合わせて古い歌ばかりやらされてたよ。『池袋の夜』とか『ブルー・ライト・ヨコハマ』とか。褒められるとおひねりが飛んでくるけど、下手だとお客さんに怒鳴られるんだ。ウイスキーのボトルが飛んできたこともあったなあ」
遠い目をして言う父は眩しいものでも見ているようだ。
「そんな思い出ばっかりだけど、あの頃が人生で一番、音楽に近かった」
「そのまま音楽続ければよかったのに」
雫は思わず口にした。言ってから、返事によっては自分の存在自体を否定されかねないのだと気がついた。
「一時期はそのつもりだったけど、結局色々な事情が重なって考え直したんだ」
父の声は柔らかい。
「今となっては間違った選択じゃなかったと思うよ。形は違えど、こうして歌う機会もあるわけだしね」
雫は、父の口から「諦める」という言葉が出なかったことに安堵しながら頷いた。
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