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 父は「渋川いかほ」というインターチェンジのような名前でチャンネルを開設していた。

 これまで三本の動画をアップロードしていたが、ホームページ上では誰にでも観られる状態にはなっておらず、再生数としてカウントされているのはいずれも父が自分で確認するためにアクセスした際のものだった。

 まだ誰にも観られていないのを幸いと、雫はアバターのデザインを一から変えることにした。AIのデザインは無難ではあったが、それ故に人目を挽く要素が欠けているようにも思えた。雫が描いたとしてもその不足を補えるとは限らないものの、少なくとも無味乾燥な見た目に僅かでも潤いを与えることはできるという自信があった。

 イラストは普段描いておらず、ましてや美少女キャラクターとなると使える抽斗が極端に少なかった。

 とりあえずの足掛かりとして、モデルとなる人物を決めることにした。誰が見ても「美しい」と判断できる見た目の持ち主——。そんな人物は、雫の周辺に一人しかいなかった。長い黒髪に、吊り上がり気味の切れ長の眼。一通り出来上がったラフ案は、宮野森をキャラクター化したものとしか見えなかった。だが、雫の中にある美少女像がこれだけなのだから仕方がない。

 そこから更に三日掛けて、渋川いかほのデザインは一新された。ピンクの髪にピンクの衣装という、アニメアニメし過ぎてむしろ引っ掛かるもののなかった以前の見た目とは異なり、黒を基調に色味を抑え、全体的にシックな装いとした。長い黒髪は艶やかで、首には黒のチョーカーを巻いている。どこか物憂げな切れ長の眼も、瞳は夜明けの空のような色合いだ。それでいて、桜の花びらを象った髪留めを付けるなど、元のデザインにあったピンク色も取り入れ、一応の統一も図った。宮野森に似ている気がするのは、雫の中にある〈美少女〉の概念が、その友人に依るところが多いからである。

 ほとんど勢いで描いたものの、いざ父に見せる段になると緊張してきた。宮野森以外の人に自ら進んで絵を見せることは初めてだった。

「へえ、いいじゃないか」

 新たなデザインを見た父は微笑んだ。

「やっぱり雫は絵が上手いなあ。頼んでよかった」

「別にそれぐらい、ソフト使えば誰だって描けるよ……」

 安心と同時に照れがやってきて、語尾が窄まる。小さい頃、画用紙にクレヨンで描いた絵を褒められたような気恥ずかしさがあった。

 アバターのデザインが固まると、次はそれを動かすための加工を施すことになる。ここからは絵を描くのとは別の力が必要だ。

 父が一人で作っていた動画では、アバターの口元が開閉しているだけだった。あとは最低限の瞬きもあったが、全体的に動きが乏しく退屈だ。他の部分も動かすようにしなければ、一曲分の視聴には堪えられないだろう。

 見栄えでいえば、アバターを3Dにするのが得策だったが、そんな時間の余裕も技術もない。そこで、描いたイラストを専用のソフトに取り込み、各部位を切り分けることで、首を傾げたり手を動かしたりと細かく動くような設定を施した。初めは手こずったものの、専門の動画やホームページを参考にしながら作業を進め、一週間程度で動く渋川いかほが完成した。

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