5−3

 冗談のつもりで言ったのだが、午後になるや猛烈な眠気に襲われ、結局放課後まで寝過ごしてしまった。宮野森から手荒く起こされたのはホームルームが終わった後だった。

「本当に怪我には気をつけなよ?」

 宮野森の言葉を背中に受けながら女子バレーボール部の部室に行くと、雫を見るなり塩谷先輩が飛びついてきた。そのまま雫を軸に一回転し、両手を取って上下に何度も揺さぶられた。

「ありがとう。本当にありがとう」

 吊り目がちな目尻に涙が浮かんでいるのを見ると、来てよかったと少しだけ思えた。

 部員たちに紹介され、練習が始まった。身体が鈍っていないか不安だったが、初めこそ息が上がったものの、すぐに勘を取り戻し、難しいボールも拾えるようになった。あまり無茶はしないよう心がけながらも、全盛期である中学時代の七割程度の動きは出来たという実感があった。

 練習が終わり、着替えて校門を出た時には八時を回ろうとしていた。辺りが暗くなってから帰るのは、高校に入ってからは初めてだ。帰りの電車に一人で乗るのも随分久しぶりだった。

 スーツ姿の大人たちに混じって電車に揺られ、同じ駅で吐き出された。ホームを歩いている時には結構な人数がいたと思うが、改札を抜けロータリーへ出ると人影は疎らだった。

 歩き始めて少しもしないうちに声がした。名前を呼ばれた気がする。見回すと、ロータリーに乗用車が一台停まっている。雫がそれを認めるやヘッドライトが灯り、近づいてくる。側まで来て車は再び停まる。助手席側の窓が降りると、運転席に父の姿があった。

「おかえり。丁度よかった、一緒に帰ろう」

 そう言われては乗らないわけにもいかず、雫は助手席のドアを開けた。

「バレー部の助っ人を頼まれたんだって? すごいじゃないか」

 車を発進させながら父は言う。

「しばらく帰りは遅くなるんだろ?」

「大会の初戦まではね」

 雫は窓の外を流れていく暗闇を見ながら応える。

「別に迎えなんかいいよ。そう遠い道でもないんだから」

「遠くなくたって真っ暗だ。こんな夜道を女の子が一人で歩くもんじゃないよ」

 わたしを襲おうと思う人なんているだろうか、と雫は思うが、言わないでおく。

「明日からは来なくていいからね」

「いや、お父さんも丁度仕事の帰りだったんだよ。最近忙しいから、たまたま駅を通るのがあの時間だったんだ」

 そう言う父はTシャツにハーフパンツという格好である。朝はスーツを着ていたが、職場で着替えたとは考えづらい。雫は小さく溜息をつく。

「そっちが大変じゃないならいいけど」

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