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 携帯電話のアラームが鳴っている。

 虚ろな意識のままそれを止め、ベッドを出る。寝たという感覚はないが、眠気も感じない。何の感情も浮かばない。

 階下に降りて顔を洗い、居間に入る。既にスーツに着替えた父が、NHKのニュースを聞きながら新聞を読んでいた。タブレットなどではなく、昔ながらの紙の新聞を広げている。

「おはよう、雫」

 新聞紙の向こうから父の顔が覗く。

「おはよう」

 雫は応える。

 父に変わった様子はない。少なくとも、雫に対して何らかの気持ちを抱いているようには見えない。納屋でのことを見られたとは気づいていないのだろう。むしろ雫としては、あれが夢や幻の類いであったと思いたいところである。

「お父さんの顔、何か付いてる?」

 そう問われ、雫は「別に」と答える。父の向かいに座る気持ちになれず、部屋に戻って着替えを済ませ、朝食もとらずに家を出た。

 頭の中では父の歌うアニメソングが断続的に繰り返されていた。瞼を閉じずとも、少しでも気を抜けばリズムを取りながら揺れる後ろ姿が目に浮かんだ。そんな状態のまま電車に乗り、校門をくぐり、教室の自分の席に座った。全ては身体に染みついた習慣の成せる技だった。

 もちろん、それだけでは乗り切れないことの方が日常生活には多いのだが。

「——向田さん」

 教卓の方から呼ばれ、ハッとする。古文の女性教師がこちらを見ている。何度も呼ばれていたらしく、教室中の視線が注がれている。

「教科書のここの漢文、読んでください」

 目の前には一応ノートと教科書が広げられているが、それ以上の情報は得られない。教師が指しているのがどこのページなのかは見当もつかない。

「五十二ページ」

 溜息混じりの教師の声に、顔が熱くなる。たどたどしいながらも滞りなく漢文を読めたことがせめてもの救いだった。

 そんな風にして午前中をやり過ごし、昼休みに逃げ込んだ。疲れが全身を包み込み、すぐにでも自分のベッドに飛び込みたかった。バレー部の練習どころか、午後の授業すら受ける気になれない。

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