3−1

 暗がりで点滅するハザードランプが見える。門の前に無地のワンボックスカーが停まり、運転手が今まさに後部座席から荷物を下ろしたところだった。

「向田さんですか」

 見たことのあるようなないような顔の配達員に問われ、雫は「そうです」と頷く。

「こちら、お渡ししてもいいですか。判子は不要ですので」

 良いとも悪いとも言う前にネット通販の段ボール箱を渡される。靴の箱ぐらいの大きさで、重さからすると中身はもっと小さいようだ。

「では、ありがとうございます」

 運転手は軽く会釈してからスライドドアを閉め、運転席に乗り込んで走り去った。

 玄関の明かりの下で見ると、宛名は父になっていた。父がネットで何を買ったのか。そもそも父に買い物ができるほどのネットスキルがあったのか。仄かな驚きはしかし、不意に開いた引き戸の音で掻き消された。

 飛び出さんばかりの勢いだった相手が、間近で踏みとどまった。

 出てきたのは弟の修太郎しゅうたろうである。彼は雫を認めるなり、口の中で小さく舌打ちした。その音はしっかりと雫の耳に届いた。弟の眉間に生じた皺が音の小ささを補ったのかもしれない。

「修ちゃん、聞こえた?」

 奥から母ののんびりした声がする。エプロン姿の当人も現れる。

「今日は塾終わったら真っ直ぐ帰ってくるのよ? 夕飯用意しておくから」

 修太郎はまた口の中で舌打ちする。それは母より姉に向けられたものだった。

「邪魔」

 言われるまま雫は進路を空ける。修太郎は玄関脇に駐めた自転車に跨がると、夜道になりかけた暗い道路へ出て行った。小さなLEDの白い光が滑るように遠ざかっていく。

 おかえりと声を掛けられ、ただいまと雫は応える。

「思春期真っ只中ね、あの子。雫の時はあんなことなかったのに」

 母の言葉に自分の頃を思い返す。中学はほんの一年前のことで、区分でいえば今もまだ雫も思春期只中の筈だが、何か漠然とした怒りに駆られて始終苛立つということはなかったし、今もないように思う。もっとも弟の場合、怒りの理由は漠然としたものでもないのだろうが。

「ところで何、その箱は?」

「父さん宛で来てるけど」

 母に渡すと、彼女は箱を振って中の音を確かめた。それがどれほど意味のあることなのか、雫にはわからない。

「CDでも買ったのかしら」と、母が首を傾げた。

「わざわざネットで?」

 時々スマートフォンのロックも外せない父を思いながら雫は言った。

「じゃあ詐欺かしら。ヤぁねえ。開けないでその辺置いといて」

 奥から熱した石に水を掛けた時のようなジュッという音がした。鍋を火に掛けたままだったのだろう、母は「いけない」と箱を雫に返すと、慌てて台所へ戻っていく。

 抱えた箱は仏間に置いておくことにした。

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