2−2

 地元の駅に着き改札を出ると、空に茜が差していた。タクシーが一台だけ停まったロータリーを抜け、西日に向かって広い一本道を歩いて行く。

 駅の周りは新興住宅地然とした風景で、歩道も整備され真新しい一軒家が規則正しく並んでいる。広い駐車場を完備したスーパーもあり、夕食の買い物に来た客で賑わっているのが遠巻きにもわかる。犬の散歩やランニングをする人、雫の母校である中学の制服を着た少年少女が自転車で通り過ぎていったりもする。バレー部員らしき姿はない。まだ練習中なのだろう。

 一本道を五分も歩かぬうちに辺りの景色は寂しくなる。といって原野が広がっているわけではなく、辺り一面、見渡す限りの田畑となるのである。この景色を見る度、海のようだ、と海のない土地で育っていながら雫は思う。遠くに点々と見える住宅地や学校、市民体育館は島を思わせる。視界の左手を奥まで伸びる道路は、海の中に敷かれた道のようだ。

 雫は足を止める。想像上の光景に見とれたためではなく、遠くの山並みに、今にも太陽が沈もうとしていたからだ。

 夕日は橙色に輝いている。その光は空を染め、地上に穏やかな暖色を纏わせている。

 両手の人差し指と親指を立ててL字にし、それらを対角にしてフレームを形作る。

 雫の頭の中にはキャンバスがある。そこへ鉛筆で下書きをし、油絵の具を載せていく。空は明るく、地面は暗く。陰影を付けながら目の前の夕日を落とし込んでいく——

「あら、雫ちゃん」

 声を掛けられ、頭の中に描かれたイラストが霧となって消える。

 隣のおばさんが愛犬の柴犬に引っ張られてやってくる。

「今日も部活? 毎日大変ねえ」

「いえ、まあ——」

 尻尾を振りながら湿った鼻をこすりつけてくる柴犬を撫でつつ雫は言う。母はまだこのおばさんにわたしがバレーをやめたことを伝えていないらしい、と胸の中で呟く。わざわざ言うことでもないのだろうけど。

「暗くなったら危ないわよ。この辺でも最近、変なのが出るっていうし」

「はい。おばさんも気をつけてください」

「ありがと。でもあたしは大丈夫よ——あ、ちょっとリュウ」

 のしのし進もうとする犬に引っ張られていくおばさんを見送り、雫は再び歩き出す。

 夕日は山の向こうに沈み、辺りには夜が降りている。雫は先ほどまで頭に描いた絵をもう一度呼び出そうとしたが、上手くいかなかった。何か大事なものを忘れてしまったような空白を感じただけだった。

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