第1話 路地裏もんじゃ

昭和の時代…そして、

ちょうど、その真ん中辺り。


ここは新宿のとある雑居ビル。地元の人でも間違えてしまう複雑に入り乱れたビルの谷。その奥の奥に3階建ての酒屋がある。「ツロ酒店」だ。この3階で、今日も忙しく働いているタヌキの家族がいた。そこのもんじゃ焼きはその筋では有名だった。「ゴロゴロもんじゃ」は気前も良く、多摩地区からやって来るタヌキたちに好評だった。多摩地区は開拓ラッシュ。多摩の丘陵に住んでいたタヌキも居場所が無く、ここ新宿までノコノコ来るわけです…



〜いい匂いが立ち込める店内〜



「あといくつ作ればいいの〜?」



おかみさんの声が店内に響き渡る。



「あ〜そうだな〜、

 とりあえず餅明太5個でいいや!」



店主は馴染みの客と話し込んでいたが、慌てて厨房に駆け込んでいった。



「チーズはのせなくていいのね?」



「あゝチーズか!忘れた」



店主はいつものように、コソっとチーズをのせてあげる事にした。まあ一種のサービスだな。


こんなやりとりが続き、朝陽が昇る頃になるとタヌキたちはねぐらに帰っていった。しばらくして「ゴロゴロもんじゃ」もお店の片付けを始めた。店主の子供たちも最後まで手伝った。



「お父さん!今日は高円寺から結構来てたね?」



コロちゃんが一斗缶を持ち上げながら聞いた。



「何やらお寺周辺が居辛くなったようだよ」



お父さんはチーズをサービスしてあげたお客の事を思い出していた。



〜これからこの宿も混んで来るんだろうな〜



お父さんのゴロ吉っちゃんは、日増しに増えていくタヌキたちを見てそう感じた。狭山丘陵と多摩丘陵に挟まれたエリアってど真ん中に多摩川が流れて、とても住み易い場所だからな。人間が増えていけば、我々タヌキは追いやられるのは間違いない。多くの仲間もこれから犠牲になっていくことだろうよ。


不思議といえば不思議だが、この店に人間はいない。まあ来れないと言った方が正解かもしれない。同じ空間にいるのに見えない世界。タヌキたちの集合想念が作り上げている世界かもしれない。


……………………………………………


ここは「宿(ジュク)」

みんなが集まる場所。かつて人も動物も池や川で水を飲み、疲れた体を癒す場所。



新宿は宿場町。

日本橋から高井戸までの中間地点。今やアジア最大の歓楽街と化した新宿だが、甲州街道の最初の宿場町として栄えた。


また中央線には何故か「寺の文字」が駅名に付いているところが多い。高円寺、吉祥寺、国分寺まだまだあるけどね。やはり中心部にお住まいの方々が、離れた所にお墓を持ちたかったのか?多くの方が一時期お亡くなりになったのか、その辺は深く言及しないでおきましょう。


しかし丘を切り崩し、沼を埋め立て、川を真っ直ぐにして次から次へと宅地造成は続くな〜 場所によっては「すし詰め状態」に詰め込まれて、一軒家を建てたつもりでもほとんどアパートみたいな家も出現しているよ。それでも人間っていいみたいだ。よくわからないけど…


お江戸に住みたい人って、地方から来た人が結構いるね!そんな気がするよ。お江戸って言ったって、お城があった周辺はお殿様とその家来の仕事場、兼住居だからね。まあ文化も生まれるだろうけど、ここまでお江戸にこだわる事はないと思うんですが!やっぱりその国の中心に住みたいっていう人間は多いって事だな。うん!うん!そう言う事だな。



………………………………………




片付けも終わって、ゴロゴロもんじゃ一家は3階から降りていった。



「2階はまだやっているのかしら?」



おかみさんは中から声がしてる様な気がした。




〜2階はBARクロギツネだ〜




この店も不思議なお店だ。色々なお客が来るらしいね。私たちはママさんにも会ったことがないよ。どんな人なんだろうね?おかみさんはスタスタと1階まで降りて行った。



「もうすぐするとツロ酒店が開くんだよね」


「ここの店主ってかなりのマッチョらしいよ」


ごろ吉っちゃんが言った。


そう言えば、お客も言ってたしね。黒いキツネさんらしい。とても良い人みたいだ。ウチも利用させて貰ってるしね。



〜そうこうしているうちに2階からママが降りてきた〜



「あら!3階の方ね」

「はじめまして私はロギといいます」


ゴロ吉っちゃんは喜んで挨拶していた。


「あっ!ロギ姉さんだ」


コロちゃんとロコちゃんは、

いつもお菓子をくれる

キレイなお姉さんを覚えていた。


「な〜んだ!ここのお坊ちゃんと

 お嬢ちゃんだったのね」


おかみさんも会釈して御礼を言った。そして朝日が登らないうちにみんな早々に帰路に着いて行った。



〜今日も一日お疲れ様でした〜

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