第5話

 いきなり頭を下げた姿を見て、遠山は息を呑んだ。


 強ばった顔から、何かあるであろうことは容易に想像がついたが、いきなりこのような態度に出るとは。


「頭をあげよ。白根殿。それでは話ができぬ」


 白根五三郎しらねござぶろうは、遠山が声をかけても、座敷で土下座したままだった。肩は細かく震えている。


 白根は、長年、徒頭かちがしらを勤め、丁寧な仕事で定評のある人物だ。同僚の評価も高く、さらなる出世も期待できる。だからこそ、天下祭の警衛も任され、芸州中屋敷門前に配置されていたのである。


「白根殿、顔をあげられよ」


 遠山は穏やかに語りかけた。


「無理矢理、訪ねてきて、申し訳なく思っている。ただ、儂は、あの日、中屋敷門前で何があったのか知りたいのだ。町の者の話によると、喧嘩があった時、おぬしはすぐに駆けよって、止めに入ったということではないか。だから、両者の言い分も聞いているだろう」


 老人からの話で、この白根が喧嘩を止めるために割って入ったことを知った。その後に、ある行動を取ったことも。


 遠山は、事実を確認するため、無理に時間を作り、こうして顔をあわせた。


 彼と会った、遠山はあきらかに怯えていた。身体は細かく震えつづけている。


「儂は、本当のことが知りたいだけだ。目隠しされたままでは、正しい吟味ができぬ。だから話してくれぬか」


 白根は動かない。これは駄目かと思ったその時、低い声が響いてきた。


 それが泣き声だと気づくまでには、時間がかかった。


「申しわけありませぬ」


 白根が顔をあげる。その顔は涙で濡れていた。


「すべて、すべて私が悪いのです」


 堰を切ったかのように、白根は語りはじめた。


 積み重なる言葉の裏から、遠山は真相を察した。


 そうか。やはり、そうだったのか。

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