第4話
「それでさ、友達が言うんだ。俺との時間はその子に使ってやれ、って。男前過ぎてドキッとしちゃったよ」
「ふふ、いい友人なのね」
毎日夜だけ会う約束を続けて、一週間が経とうとしていた。治安の事もあって夜間の営業はそういう店か酒場に限られるので、彼の家に行く関係になるまでそう時間はかからなかった。
彼の家は一戸建ての木造小屋で1人で暮らすには十分過ぎるほど広さはあるのに、極端にものが少ない。家具はベッド、カウンターとカウンターチェアが2つ、本棚くらいしかなく、本棚には高そうな魔法書やら専門書やらがびっちりと詰まっているので、恐らくはそちらに全振りしているのだろう。
彼は毎回手料理や買っておいてくれたスイーツを振舞ってくれた。
彼からは何もかも貰ってばかりだった。今日身につけている革製のショルダーだって彼からの贈り物だ。因みにこのショルダーは空間型の収納袋で家一軒分とその中身くらいなら楽々収納できる。値段も家1 軒分くらいする。
私はこれが武闘大会での景品の一つだということを知っていた。その大会には俺も出ていたからだ。
俺は初戦敗退、彼は勿論優勝。試合後、バーで景品の話になったとき賞金以外は物置の肥やしになったと苦笑していたのを覚えている。まさか巡り巡って自分の手元に来るとは思いもしなかった。
俺が何かを貰うのは情けになるが、私が何かを貰うのはプレゼントになる。
彼はこれをプレゼントしてくれた時僕の我儘を聞いてくれているお礼だからの一点張りで、受け取ってくれないのならここで君の足にしがみついて土下座し続けるからと店の中で脅してきたので致し方なく受け取ったのだけれど。私は持っていなかったので、俺のを使う訳にも新調する訳にも行かずで正直助かった。
渡す時に景品で倉庫の肥やしだから申し訳ないけど、と申告はしてくれたけれど。
贈り物やバーでのお金、材料費等対価を払おうとするのを彼は頑なに拒み続ける。流石に申し訳無くなって今回は女の子らしい料理という事でクッキーを焼いてみたのだけれど。なかなか渡すタイミングが掴めずに、どこかうわの空になってしまっていた。
「何か話したいことでもあったりする?」
彼はそういった所に直ぐ気づく。ソワソワしている私が話しやすいように、敢えて聞き出してくれたので安堵した。
「あんまり美味しくない、けど」
彼はショルダーから紙袋を取り出すと思い切って彼に手渡す。彼は不思議そうにそれを受け取るとガサガサと開けて覗き込み、そして心底幸せそうな顔で微笑む。
「手作りだ」
「どうして分かるの?」
「ずっと緊張してたでしょ?納得したよ」
「……恥ずかしい」
ぱくり、とクッキーを一口で食べて、彼はまた満面の笑みを浮かべる。
「美味しい。あー、食べるの勿体ないな。保存かけたいくらい」
保存、とは保存魔法の事だろうかと苦笑する。彼は細かな生活魔法も得意だったりする。例えば体を綺麗にする洗浄魔法は大雑把に水をぶっかけるだけなら簡単なのだけれど、『服だけ』や『体だけ』と限定すると途端に難易度は跳ね上がる。保存魔法もそれに近く、彼は対象物をそのままの状態で保存する事が出来る。故に、彼が持ち帰る魔物や採取する薬草は買取価格が極めて高い。
私が作ったクッキーに”保存をかける”なんて、贅沢の極みだし、寧ろ滑稽だ。
「ちゃんと食べて」
念を押すように私が言えば、彼はクスクスと笑って味わって食べるよ、とウインクした。
「あー彼女に会いたい」
彼はカウンターの上に突っ伏して伸びをする。店のマスターが鬱陶しいと言いながら彼の頭をぺしりと叩く。先程から彼は惚気か溜息しか口から出さないからだ。
「げほっ」
「風邪か?」
マスターが怪訝な顔をして此方を見る。俺はむせただけだと言って口に手を当てたまま御手洗に行き、鍵を閉めると押さえるように握った手の平を開く。
──そこにあるのは、赤黒い鮮血。
命を削ると言うのは本当だったらしい。あの店の”ご婦人”は貢物を持って薬を買いに行くと、俺を見て何か言いたげな顔をする。だから言っただろうと責められている気分になるのだが、変わらず薬は売ってくれる。ただし、1週間分ごとだ。それ以上は売れないよと言われた。
元々魔力もそれ程多くは無い。だが、ここ数日は明らかに減っている感じがしていた。減っている、というか。汚濁しているというか。体内を巡回している感覚がないのだ。
これが代償なのかと思い知って居たのだが、最近は不眠やめまいが起こるようになり遂には血を吐くようになった。彼女で居る時は身体が軽いのだけれど、俺で居る時身体は言う事を効かず酷く重い。
『薬を飲む度に魔力の根源を遅効性の毒が侵食して、飲み続ければやがて廃人になる。体を丸ごと作り替えるんだ、代償なしでなんてそれこそ神の所業さ』
彼女の言葉がじわじわと体内に染みていく。覚悟は決めていたものの、代償は思っていたよりも堪えた。
今日は俺の1ヶ月後を決める為に、一日中俺の日だった。借家の退去手続きとか、まあイロイロだ。
廃人になったまま生きるのならばいっそ服毒した方が楽なのかもしれない、そう思って採取してきた薬草を使って毒薬を作った。いざと言う時のお守りになればいいと。
選んだのは自分で後悔もしていないけれど、どうなるか分からないという漠然とした不安が消えなくて発狂してしまいそうになる。俺を繋ぎ止める唯一は、彼女でいる瞬間ただその時だけ。
ふと、血色の悪い男と目が合う。鏡の中の俺はどこからどう見たって厳つい男でしかない。元々綺麗な顔ではないけれど、顔色の悪さが引き立って一層酷く醜く見えた。この落差が嫌で自宅の鏡は全て隠したのにな、とひとり苦笑する。
人生で最高の日々は、人生で最悪の日々だ。
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