第2話

 

 冒険者として活動するには、ギルドという役所に登録と届出が必要だ。ギルドでは仕事の依頼、斡旋、買取、等わりと何でもやってくれる。


「よ、って……どうした?」


 大概彼は、女性と致した日の翌日はわかりやすく浮かれて居るのだけれど。机に突っ伏してはああ、と大きく溜息をついているなんて初めての反応で。バクバクとうるさいくらいに心臓が跳ねていく。


「やっと、見つけたんだ」

「ん? ダンジョンのレアアイテムか?」

「違う! 違うんだ……あーなんで宿泊先を聞かなかったんだろう」

「だからどうしたんだって……」

「運命の相手だよ!!!」


 は? と。ぽかんと口が空いてしまうのも、無理は無いと思う。女の子を一晩だけだと取っかえ引っ変えしている男が、運命の相手だって??


「で、その夢はどういう夢なんだ」

「夢じゃない! 僕はずっと探してたんだ。それはもう長い間、ずっとね」

「ハイハイ、でその運命のお相手さんはどんな人なんだ?」

「背中に3つのほくろがあって繋ぐと三角形になるんだけど。それと太ももの付け根にハートの痣がある女の子。ずっと探してたんだ……やっと、やっと見つけた。彼女は僕の運命の人だ」


 あ゛ーー連絡先聞けばよかったああああと唸りながら彼は頭を抱えて再び机に突っ伏したので俺は慰めるように肩をぽんぽんしてやると、彼は半泣きで俺に抱きついてきた。役得だ、こんなの。とドギマギしながらもゆっくりと体を離す。しかし、抱かれた時にも思ったが離すには惜しいくらい逞しい胸板だった。


「彼女処女でさ。それも彼女が居なくなった後に気づいたんだんだけど……彼女にとって僕は都合のいい処女捨て尻軽最低ヤローなんだろーな……あああ……謝りたいやり直したい」


 昨日の事を何て話すだろう、どこの具合が良かった、とか。いつものような会話をすると思っていたので実の所かなり面食らってしまっていた。

 彼はあーと呻きながら机に突っ伏して左右に揺れながらもがいていて、何処からどう見ても立派な不審者だ。なんという誤算。というか、この場合は何て声をかけたらいいんだろうか。


「よし、今日も行ってみる」

「は!? いや、そもそも相手が黙ってたってことはさ。捨てるためについてったんだろ?」

「それでも……俺は会いたい。気持ちが高ぶって、何もかも余裕が無さすぎたんだ。やっと見つけた嬉しさと、彼女は僕とワンナイトするくらいに遊んでるという嫉妬心でぐちゃぐちゃだった。それに彼女は綺麗だし、妖艶だし、それでもうぷっつりと」


 ドキリ、とふいに浮かべる余裕のない表情を昨夜の情事に重ねてしまい顔を逸らす。

 痛みに耐えながらもそれを悟られないよう、余裕の笑顔を浮かべながらもっともっとと強請った際、彼はこんな顔をしながら、仕方が無いなと笑ったのだ。

 自分に向けている感情なのに、自分に向けられない感情はじくじくと胸に鈍い痛みを広げていく。


「帰る」

「え? まだ来たばっかりだろ」

「そんなに会いたいなら、後悔しない内に会いに行けばいいだろ、見た事ない子なら旅の途中だったのかもしれないんだから」

「うわ、その可能性あるな。よし、今から行ってみる」


 元々行動力はある男だ、既に姿はなく目の前ではドアが揺れているだけで。


「きっと会えるよ」


 だってそれは、俺なんだから。








 店に入ると呑み明かすには早い時間だからか人は疎らで。私はカウンターに腰掛けてエールを注文した。


 くいっ、と飲み干して一息。どんな姿になっても、この一杯の味は変わりないんだなと苦笑する。もう一杯を頼もうと手を上げたところで、私の何も守れない細い手首は何者かによって荒々しく掴まれる。


「痛」

「居た!」


 同音異義語とはまさにこの事だなと思って振り返れば、案の定背後に息を切らした彼が立っていた。見れば、着替えたらしく黒いシャツを第二ボタンあたりまで開けて細身には到底似合わない隆々とした胸元を晒していた。


「……あら」


 私がわざとらしくとぼけたフリをすれば、彼は取り繕った笑みを浮かべて隣いいかな? と言うので。


「空いているのだから、好きにすればいいわ」


 あえて素っ気なく答えて自由な片手でエールを煽った。


「良かった、居てくれて」


 彼は掴んだその手を手のひらへと滑らせて指を絡ませ、自然な流れで恋人繋ぎをする。まるで逃がさないとでも言うかのように机の上に縫いとめられた私の手は、ビクともしない。


「貴方は一晩だけの関係を望むと聞いたのだけれど?」

「その方がwinwinだからね。でも昨日は君に我慢をさせていた、それじゃ一方的な陵辱だ」

「私は良かったけど?」

「ははっ、よく言うよ。顎に手を当ててる時、君は嘘をついて……って、あーこれは僕の友人の話だった」


 殆ど無意識の行動を指摘され私は顎に当てていた手を慌てて退ける。その様子を見た彼は目を丸くして、それからふふっ、あははは!と笑いだした。


「な、なによ」

「いや、昨日の感じだとクールなのかなって思ってたんだ。やっぱり1回じゃなにもわからないな」


 彼はにぎにぎと強弱をつけながら手を握って、いたずらっ子のような笑みを浮かべる。


「デートしない?」

「嫌よ、刺されたくないわ」

「あははっ、それは大丈夫。俺こう見えて強いんだ」

「知ってるわ。いい意味でも、悪い意味でも有名よ。でも……そうね、貴方は服屋に詳しかったりするかしら?」


 実を言えば、何度も会う予定がなかったので女性物の服を1着しか持っていなかった。今着ている服も彼と会った時と同じものだ。まあ、冒険者と言えばさすらいの身。荷物も最小限で生活しながら移動を繰り返す種族だ。異空間に繋がっていて、何でも放り込むことがマジックバッグなんてものもあるが、よっぽどの貴族で無ければ購入出来ない金額で。それ故、殆どの冒険者は何着も服を持っているわけではなく、特に違和感を持たれることは無いのだろうけれど。


「行ったことは無いけど、情報は沢山あるよ」

「何故?」

「逢瀬は決まって夜、1度きりだから」

「……教えてくれるだけでいいわ」

「それじゃあこの手は解けないね」


 決して強くはない力で握られていると言うのに、ビクともしない。普段の俺なら簡単に振り解けそうなのに、今の私は折れてしまいそうな細い指で。きっと何をしても叶わない。


「お誘いと言うよりも脅迫ね?」

「あはは。自慢じゃないけど、お誘いは断られた事が無いんだよね」

「あら、私が1人目ね。おめでとう」

「……つれないなあ」


 彼は目を細めて楽しそうに笑う。俺の前では大口を開けてイケメンを台無しにした豪快な笑い方をする癖にな、と苦笑する。


「気にしなくていいわ。私が黙っていただけだもの」


 私は立ち上がると、微笑みながら1本ずつ彼の指をゆっくりと解く。彼はほう、と私の顔──というか胸に見蕩れて居た。

 机にドリンクチケットを置き、彼の頬に口付けて微笑む。


「これで貸し借りなしね」


 呆然としていた彼を見なかったことにして、私はその場を立ち去ろうとしたのだけれど。


「待って」


 手首を握られて、それは叶わなかった。


「違う、あの。君さ、養護施設に居たことない?」

「記憶にないわ。人違いじゃないかしら」

「ホクロと痣、君で間違いないんだ」

「ある程度大きくなって出来たものよ?」

「なんである程度大きくなってからだったら該当しないって、言い切るの?」


 しまった、墓穴を掘ったと思った後ではもう遅かった。彼は魔法端末を取り出して連絡先のコードを差し出す。


「交換してください」

「持っていないの」

「買いに行こう」

「は!?」

「あげるよ。今すぐ行こう。断ったら君をお姫様抱っこして連行するから」

「……悪用するかもしれないわよ?」

「君に悪用されるなら構わないよ。というか、売るなら宝石貴金属の方がいい。洋服と一緒に贈るよ」

「だ、からっ……」

「早く、店が閉まる」


 有無を言わせず手を握ったまま店を出て、裏路地を進んで端末を購入出来る商店に出向いて端末をあっという間に一括購入してしまった。ちなみに、端末は冒険者の月収位するので分割払いをしている人の方が圧倒的に多い。


 そんな高価な端末を彼は袋ごと私にはい、と渡した。それはもう満面の笑顔で。


「僕の連絡先だけ入ってるよ」

「貴方本当にどうかしてるわ」

「次は洋服と宝石だね」


 強引に連れて行こうとするので、待って、と静止をかける。彼はどこか不安そうにこちらを見たので、宝石は要らない、と端的に言った。


「洋服は贈らせてもらえるんだ」

「それは揚げ足をとると言うのよ」

「そうだっけ?」


 ヘラヘラと嬉しそうに笑う彼の態度が何となく悔しくて、私は彼の足を軽く蹴った。







 –––––––––––––––––––––––––––––





「それだけで良かったの?」


 私は買ってもらった3着のワンピースの袋を抱えて微笑む。


「数より質よ。それにこれ以上は持てないわ」

「配送すればいい」

「そんなには要らないの」


 私はあくまで仮の姿であり、俺で過ごすのが本来のあるべき姿なのだ。そもそも、3着買って貰った時点でまだ会うつもり(薬を使うつもり)で偽りの幸福を捨てきれていなくていっそ笑えてくる。


 幸福(嘘)との代償は、自らの命。


 どこかの舞台で上映されていたら、間違いなく大ブーイングだ。そんなの、悲劇でしかない。



「どうしたの?」

「なんでもないわ。それより、どうするの? ホテル行くの?」

「行かないよ」


 彼はそう言ってから私の手を包むようにきゅ、と優しく握ってくる。握られた手は冒険者らしくゴツゴツしていて、骨ばっていて。私の手が折れてしまいそうなくらいに細いので、余計そう感じてしまうのかもしれないけれど。


 道行く人がこちらをチラチラと見ては男女問わず頬を染めていくのが見える。

 女になった私は細くても出るところはしっかりと出ていて、顔立ちは鼻や口は何となく自分らしさは残るもののどこからどう見たって美女。


 ──そう、美女である。


 そして、隣に並ぶのは巷を賑わすモテ男なので、痛いくらいのこの視線は仕方がないことなんだろうけど。

 一緒に視線を受けている筈の当人は私ばかりを熱心に見つめていて、どうやらそれどころでは無いらしい。


「ホテル以外に行くところなんてあるの?」

「お腹空いてない? 近くに美味しいレストランがあるんだよね」


 今日はあくまで健全なお付き合いらしい。私は苦笑して、仕方がないから付き合ってあげることにした。



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