愛されたかっただけなんだ
@futakoma
第1話
人は、小さな頃から慣れ親しんだ土地でそのまま育つとは限らない。現に自分も移住してきたうちの一人で、故郷は別にある。
──まあ、帰りたいとも思わないが。
シュタルツ国。
海辺に面していないものの豊かな森が半数を占めている為、わりかし栄えた所ではある。ただ、森を拠点としている山賊などが多く治安は決して良くない場所で旅の途中の休息地としての利用者は多いが、住を構えるものは決して多くは無い。
昼間は大勢の人が行き交う通りでも、夜になると雰囲気がガラッと姿が変わる。居住区は魔物や山賊から人々を守るため高い塀で仕切られており、入るには許可が必要なので取り敢えず安心ではあるのだが……流石に夜ともなれば話は違ってくる。夜に出歩くのは決まってガラの悪い奴か、目的がそういう奴だけだからだ。
民家を抜け商店を抜けると、細い道が入り組んだように出来ている裏通りに出る。以前、迷った時に道を教えてくれた遊女に興味本位で尋ねたことがある。
何故こんなにも複雑なつくりなのか、と。
彼女はカラカラと笑ってこう言った。
この方が衛兵をまけるのよ、と。
建物にぽつりぽつりと焚かれた松明の仄かな明かりを頼りに、記憶を頼りにとある寂れたバーへと辿り着いた。一応看板もあるけれど、エールの絵がかろうじてわかるくらいでその役割は果たしていない。
変色した木戸をギギっ、と押し開けて薄暗い店内へと入ると、やたらと距離の近い男女が狭い店内にひしめき合っていた。
キョロキョロと店内を見渡すと、カウンターに腰掛けて店員と話しているお目当ての人物を見つけられたので人混みをかき分けながら真っ直ぐ其方に向かう。
「ねえ、おにーさん。1人ですか?」
猫なで声を出しながら自然な流れで隣に腰掛ける。彼は此方を見た瞬間、惚けた顔で見つめてからふわりと微笑む。
「……驚いた。君みたいに綺麗な人、初めて出会ったよ」
「ふふっ、嬉しい。エール下さいな」
右手を上げて手馴れた様子でカウンター内の店員に飲み物を頼めば、数秒もしないうちに木樽でできたジョッキが目の前にトン、と置かれる。ポケットに忍ばせていたドリンクチケットを出そうとすると彼は私を静止して、机の上に置かれていたチケットを1枚店員へと渡した。
「悪いわ」
「美女にはカッコつけたいんだ。ダメだった?」
自然にウインクをされて、慣れているなと関心させられたのと同時に、バクバクと心臓の鼓動が激しくなる。体中の体温が一気に顔に集中していくのを感じて、ダメじゃないわと震える声を抑えて口角を上げて微笑んでから顔を逸らせた。こちらも慣れている様子で躱さなければ、交渉すら出来ないのだから。
誤魔化すようにエールを煽れば、シュワシュワとした感覚の後口の中いっぱいに独特の苦味が広がった。彼はそんな私を見ていい飲みっぷりだねと微笑み、腰に手を回してくる。
「ここに居るって事は、君もそういうつもり……だよね? それなら僕は、君を誰にも取られたくないって思うんだけど。どうかな?」
こてん、と首を傾げる仕草は子犬のように可愛らしくて。女の子相手だとこんなにも甘々しく、魅力的に映るのだと。体感できたことが嬉しくもあり、悲しくもあった。
──そう、俺は。
友人に恋をしていた。しかも、唯一無二の親友である彼に。
甘いはちみつ色のふわふわとした髪、長いまつげに大きな翡翠の瞳、高く整った鼻筋で薄い唇。老若男女問わず射殺してしまう人形のような甘い風貌とは裏腹に何よりも誰よりも強い。
陶器のような真っ白の肌は日焼けしない体質のせいで、彼は野外戦も……というか野外戦をメインに冒険者をしている。
細身の体には似合わないえげつない攻撃を連発して魔物をミンチにするのは何度も見た。
魔法も、それを纏わせた斬撃も、誰も寄せ付けない強さがある。当然の如くS級ライセンスを持っているのだが、それをひけらかす訳でもないし。なんならランクの低い俺と居る事をからかった奴らを魔法を纏わせた拳で思い切り殴りつける程熱い男だったりする。
故に、彼は男女関係なくとにかくモテる。
けれど彼は人の宝飾品になるなんて真っ平御免だと言って、そういう目的の人間との1夜限りの関係を繰り返していた。それでも彼に抱かれるのはステータスらしく、寄ってくる人間は後を絶たないらしいが。
そんな彼に想いを寄せる人間のうちの1人が、自分と言う訳で。
勿論、想いを伝える気もないしこの気持ちは墓まで持っていくつもりだった。せめて可愛らしい外見ならば良かったかもしれないが、彼と同じ討伐や任務を受けるために鍛え上げられた強靱な筋肉がついたこの体は、誇らしくも憎らしくもある。
話は脱線したが、まあ、要するに叶うことのない片想いをしているのだ。
そんな時、とある噂を聞いた。
『自分の望む姿になれる薬』の存在を。
──ただし命と引き換えに。
聞くだけなら聞いてみようと、そう安易に考えただけだったのになと現況を妙に冷静に見てしまって苦笑する。
──そう、噂は本当だった。
確かに薬は存在してた。但し、と店主は神妙な顔をして続ける。
「薬を飲む度に魔力の根源を遅効性の毒が侵食して、飲み続ければやがて廃人になる。体を丸ごと作り替えるんだ、代償なしでなんてそれこそ神の所業さ」
対価がないなら私も飲んだんだがね、と老人はしわくちゃの顔を歪めてカラカラと笑った。
「一夜だけだから問題ない」
俺は小さなカウンターの上に前日摘んだ珍しい薬草を置く。ツユナギ草という名前で、満月の晩一定の場所にしか咲かない月の光を吸い取ったように白く美しい花だ。通常花は閉じるのだが、とある加工をすれば花が開いたままになる。それがものすごくいいお値段で売れるのだ。
──効果等は詳しくはないが。
「ツユナギ草か……」
勿論、都合良く持っていた訳では無い。薬を買うにはご婦人の機嫌を取るお土産が必要なのだと事前に聞いたからだ。彼女はルーペでしげしげと見た後、薬の効果は半日だよと薬を出して価格を告げた。
──良心的なお値段だった。
話は冒頭に戻るが。
見事薬で華麗なる変身を遂げ、念願叶って一夜を共にすることができた。なんというか、一言で簡潔に言うのであれば女の体は凄いなと。果てて仕舞えば賢者タイムと言う言葉もあるように大概満足してしまうのだが、際限なく欲が湧いてきては大人気なく求めてしまった。それに応えるように手馴れた様子で答えてくれたのは流石としか言い様がないけれど。
破瓜の痛みもあった。けれどそれ以上に幸せが勝った。彼は暗闇で見えないこともあったせいか久しぶりにするの?と冗談交じりにからかって来たけれど。
女に産まれたら良かったと思った。けれど男の俺は今日も彼に会うことが出来る。
──男で良かった。これで良かったんだ。
彼はこちらから聞かなくても、いつも昨日はどうだったとか教えてくれる。勿論、男同士という事であからさまなゲスい話まで。それはもう、割と細かく。その後、彼は決まってこう言う。
「紹介して欲しいならいつでも言えよ」
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