第2話 ゴモラ

 Yさんという男性の友人がいる。

 ある時、ひょんなことから彼と不思議な実体験を披露し合う機会があり、その時彼からとても興味深い話を幾つか聞いた。

 不思議な体験話というものは他人には話しづらい一面がある。真剣に聞いてもらえなかったり、頭から嘘だと決めつけられたり、茶化されたりすると一気に話す意欲を無くす。

 その時Yさんの話を聞いて、そうかこれまで他人には話してこなかったけども、あれは一体何だったんだと、本人が心の中で引っかかっている話って、意外に多いのではないかと気づかされました。

 そういう意味では、今回ご紹介するYさんから聞いたこの話が、本連載を書こうと思い立たせてくれたきっかけでもあり、とても個性的で不思議さの際立った話です。




 Yさんは関東地方の郊外の町で育った。

 現在は宅地開発が進み人口も増えている地域だが、当時は野原や雑木林が広がる長閑な場所だった。

 Yさんのお父さんはダンプカーの運転手をしていて、狩猟免許を持っていた。少々豪快な性格だったらしく、Yさんにとってはとても怖い存在だったようだ。


 Yさんが4歳ぐらいのときの記憶らしい。

 お父さんはYさんと飼い犬ジョニーを連れて、時々狩りに出かけては、エアライフル(空気銃)でキジやスズメなどを仕留めていた。

 獲物を仕留めると「捕ってこい!」の号令で、撃たれた獲物を探してくるのがYさんとジョニーの役目だった。

 羽根をバタつかせながら絶命していく鳥たちへのかわいそうな気持ちと、探しものを見つけ出す高揚感が相まって、いつも複雑な心境だったという。


 その日お父さんは台所の窓からライフルを撃った。

 随分物騒な話だと思うが、窓から見える雑木林に獲物を見つけたらしい。

 Yさんはそれを見上げるようにして、すぐその横で見ていた。

 ライフル銃が大きな音を響かせたかと思うと、窓から見えている何本か並んでいる木の、一番高い木の辺りを撃ち抜いた。


 ここからはYさんが話した内容を、できるだけ忠実に再現する。

 ライフルの弾は一番高い木の、人間に例えると右の首辺りの枝を吹き飛ばした。獲物は仕留め損ねたらしい。

 するとその木が突然「痛えじゃねえか!この野郎!」と声を上げ、Yさんを睨みつけて、右手で腹の辺りの枝を引きちぎるとそれを頭に突き刺した。


「ゴモラだ!」


 Yさんにはその姿がウルトラマンに登場する怪獣そのものに見えたそうだ。

 頭に突き刺した枝の両端が、2本の角のように見えたらしい。

 風で前後に揺れる姿がこちらに迫ってくるようで、強烈な恐怖を感じたという。


 二発目の銃声がし、「捕ってこい!」のお父さんの声が聞こえたが、Yさんは動かず、ジョニーだけが走っていった。

 Yさんは心の中で「ごめんなさい、痛かったでしょ、ごめんなさいごめんなさい」とゴモラに謝り、勇気を振り絞ってお父さんに訴えた。


「木が怪獣になって怒ってるよ! 木も鳥もかわいそうだからもう撃つのはやめようよ!」


 息子の渾身の直訴に心を動かされたかどうかはわからないが、お父さんはその数日後にライフルと免許を警察に返納したそうだ。


 木の声は実際に耳に聞こえたのですかと尋ねてみた。

「いえ、頭の中に直接聞こえた感じですかねえ、江戸っ子口調でした。とにかく枝が吹っ飛んだときのあの光景は今でも鮮烈に覚えています」

 Yさんは当時を思い出すような遠い目を見せ、そう答えてくれた。

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