第3話 猫

 トテトテトテ


 13年一緒に暮らしたネコがいた。

 人見知りで内弁慶。

 インターホンが鳴っただけで隠れるが、家族には態度がでかい。

 妻に対しては一緒に過ごす時間が長いからか、いつも顔色をうかがっていたようだが、僕のことは対等か自分より下だと思っている節があった。

 名前はてまり。ペットショップで一目惚れ。 

 男の子だが、性別を確認する前にその名前が降ってきた。

 多分本人はその名前を気に入っていない。


 そんなてまりが一度だけ人間の言葉をしゃべったことがある。

 飼い主の親バカな気持ちが、そう聞こえさせたのだよ。

 きっとそう思われるだろう。

 いや、本当にはっきりとこの耳でしっかりと聞いた。


 夜、そろそろ寝ようと寝室に行った。

 ベッドの上でてまりが気持ちよさそうに寝ている。

 家の中には彼のお気に入りの場所が幾つかあって、時たまご主人様のベッドを独占する。


 掛布団のど真ん中、手足を伸ばして完全リラックスモード。

「てまり、ごめんなー 寝かせてなー」

 僕はなるべく機嫌を損ねないように、端の方から掛布団の中に入っていった。手荒にはせず、ゆっくりとてまりの背中を少し押すようにして。


 フーンッ


 てまりのクセ。

 鼻で大きな溜め息をつく。

 仕方なさそうに不服そうにベッドから床に降りた。


 トテトテトテ


 三歩ほど歩いて立ち止まり、僕を見て口が動いた。


「なんで?」


 我が耳を疑った。

 聞き間違いなんかではない。

 はっきりとそう聞こえた。

 

 いや、聞・こ・え・た、んじゃない。

 はっきりとそう、言・っ・た。


「ニャン ヴェー」とでも鳴いたのが、親バカの耳には言葉のように聞こえたんだろ。


 違う。

 はっきりとした「なんで」という“言葉”だった。

 語尾が上がっていた。

 飼い主の影響か関西弁のイントネーション。

 疑問形だ。

 プイと向こうを向くと部屋から出ていった。


「てまりがしゃべったー!」


 僕は叫んでいた。

 シチュエーションと言葉のチョイスに若干の疑問符は付くが、そこは彼独特のセンスなんだろう。

 後にも先にも、てまりが人間の言葉をしゃべったのはその一回きりだ。

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