第2話

 秋の気配が漂い始めた頃だった。

K町に30代前半くらいの男女が越してきたのだ。

女は、切れ長の目で黒く美しい瞳と艶のある長い黒髪を結い上げており、程よく肉のついた体からはなんとも妖しい雰囲気が溢れていた。

男の方は、薄茶色の柔らかそうな髪に肌は透けるような白さで、大きな瞳が印象的な美青年だ。

二人は夫婦ではないようだったが、仲睦なかむつまじく よく一緒に散歩などしているところを近所の人達が見ている。

この美しい二人を世話焼きの近隣住民が放っておくはずもなく、柿を持ってきたり、あそこの魚屋の秋刀魚は新鮮だよとわざわざ教えにきたりしていた。

 冬になると いや〜、今日も寒いねと声をかけ、またある人は美味しい蜜柑があるのよ。どうぞ。と訪ねてくる。

そんな住民に二人は、

「いつもありがとうございます」

と笑顔で接していた。

 


 季節は移ろい、また暑い夏がやってきた。

その頃からだろうか。

女の姿を見ることがなくなったのだ。

おい、お前さんの女はどうしたんだい?と男に聞いたが、夏の時分は体調がすぐれないので家から出てこれないのだと言う。

確かに暑いが、夕刻には涼しい風が吹いている。

たまには外に出ないと逆に悪くなっちまうよ、と助言した人もいたそうなのだが、男は柔和にゅうわな笑顔を浮かべ、そうですね、と言うばかりで女を見かけることはなかった。


 ある日のことだ。

の刻になろうとしていた時に一人の酔っぱらいが鼻歌を歌いながら千鳥足で家路を歩いていた。

すると何だか妙な音が聞こえてきたのだ。

空耳かと思い、立ち止まり耳を澄ませてみるが、やはり何か聞こえてくる。

立ち止まった場所は、あの美青年と怪しい雰囲気の女が住む家の前だ。

耳に神経を集中させると女の悲鳴とも泣き声ともとれるような何とも形容しがたい声が聞こえてきた。

体調が良くないとは聞いていたが、一体何の病なのか。

しばらくすると声は止んだ。

酔っぱらいは、また歌を歌いながら家へと向かっていった。


 ほどなくして妙な噂がたちはじめたのだ。

夜中になるとあの家から女の悲痛な声が聞こえてくるという。

ある人は、昼間に使いに出て二人の家の塀から何気なく庭を見たところ、ちょうど女が出ていたので、声をかけようとしたらうなじに赤黒い何かが見えてやめたのだという。

噂はどんどん広がっていき、どうやら奇病にかかっているらしい、体に寄生虫がいるらしいよ、など真偽が定かではない話で溢れかえった。

噂に耐えきれなくなったのか二人はいつの間にかひっそりと引っ越してしまっていた。

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