「君が大嫌いだ」といったあなたのその顔があまりに悲しそうなのはなぜですか?

しがわか

「君が大嫌いだ」といったあなたのその顔があまりに悲しそうなのはなぜですか?

 ダンスホールには人が溢れ、参加している人々はキラキラとした笑顔をしている。

 これから何が発表されるのか、みんな分かっているのだから当然かもしれない。

 ここに集まっているのは祝福しようとしている人ばかりなのだから。


 主役の一人である私は、これからする発表に胸を踊らせていた。


「準備ができました」


 係の方にそう声をかけられたので、私はゆっくりと舞台へと上がる。

 隣に立つ私の恋人であるエリックは緊張からか表情を固くしていた。


 会場の灯がいくつか落とされ、薄暗くなった舞台を魔道具の光が照らす。

 それは光の筋のように私とエリックを輝かせた。

 

「皆様に報告があります」


 エリックが凛々しい声をあげた。

 参加者たちは分かりきっているはずのその報告を、幸せそうな顔で待っててくれている。

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 貧乏ではあっても一応貴族に名を連ねている私は学院へ入学した。

 修学は強制ではなかったけれど、嫌なわけでもなかったから周りに倣うように入学したのだ。

 そこでは色々な出会いがあって、恋をして、やがて好みの男性に見初められて。

 私はそんな普通の令嬢の人生を当たり前に夢見ていた——乙女だった。


 エリックに初めて会ったのは、校外学習の一環で魔物を退治しにいった時だった。

 調子良く課題を進めていたから油断していたんだと思う。

 瀕死の魔物が最後のチカラを振り絞って、私に向かってきた。

 

「危ない!」

 

 そう叫ぶと、エリックは私をかばって腕に傷を負ってしまった。

 それでも動く方の腕で剣を振って魔物を倒し、笑顔を見せてくれた。

 痛くない?って聞いたらもちろん痛いよって笑って。

 ごめんなさいって謝罪をしたら、こういう時はありがとうだよって訂正された。

 でも君が傷つかなくて良かったよ、なんて言われたから。

 

 夢見がちな私が恋へ落ちるには、きっと十分だったんだと思う。

 

 それから傷の具合をみるために何度も彼の元を訪ねた。

 もちろんそんなのは口実だったけど、彼は笑って受け入れてくれた。

 もう傷なんてすっかり治ったはずなのに、彼は頬を掻きながらまだ痛いから来てよって。

 頬を掻くのは、嘘をついた時にする彼の癖だってあとで分かった時は思わず笑っちゃった。

 

 告白は街が一望できる場所で。

 彼の方からだった。


「あの日の怪我の痛みはなくなったけど、君がいないと今度は心が痛むんだ。

 だからこれからもずっと側にいて欲しい」


 彼の告白に私は頷き、その胸に飛び込んだ。

 もちろん彼の身分は知っていた。

 公爵家の長男……つまり未来の公爵だ。

 王家の縁戚に連なり、王位継承権すら持った本物の貴族。

 けれど私の前では泣いたり笑ったり、ときどき照れて赤くなったりもする普通の男の人だった。

 そんな彼を近くで見ていたから身分差はあれど、不安はなかったんだと思う。

 

 彼との関係は、周知の事実だった。

 公然とお付き合いをし、隠し立てすることもなかったのだから当然だ。

 それでも彼の元にはたくさんの縁談が舞い込んではいたらしい。

 けれど中身を見ることもせず、いつだって断っていた。


 きっとそれが煩わしくなったのだろう。

 だから今日こうして婚約の発表をすることにしたのだ、と。


 ——そう思っていた。

 

 「……君が大嫌いだったんだ」


 エリックが光に照らされた舞台の上、震える声でそういった。

 何をいわれているのか分からなくて、頭が真っ白になる。

 

「エリック……なにを?」


 なにをいっているの?そんな私の言葉を遮るようにエリックは手のひらを私に向けた。

 それは明確に拒絶を示していたから、私はもう黙ることしかできない。

 エリックは頬をひとつ掻き、来場者へ向かって今日の目的を告げた。

 

「皆、よく集まってくれた。本日は私の婚約者を紹介しようと思う」


 その言葉を合図にして、舞台に光の帯がひとつ増えた。

 照らし出したのは……ロベリア=タンジー、たしかタンジー商会の娘だ。

 タンジー商会は歴史のある大商会で、国の全ての物流を担っていると囁かれている大商会だ。


「こちらはロベリアだ。タンジー商会の令嬢といえば皆も分かるだろう」

「ロベリアです、どうぞ皆様お見知りおきを」


 そういってエリックの隣で優雅なカーテシーをする。

 やめて、その人の隣は私のものなのに。

 奪わないで、私の彼を。

 私の全てを。


「あら、まだいたの? 早く舞台をおりなさいな」


 舞台上にだけ聞こえるような小声で、ロベリアが囁いた。

 

「グローリア。頼む……降りてくれ」


 エリックが悲しそうな顔をしてそう口にする。

 その目は真っ赤に充血し、怒りを、悲しみをたたえていた。

 唇を噛み締めたのか、口の端からは赤いものが滲み始めている。


「わかりました」


 私はなんとか声を絞りだした。

 そして別れを告げるのだ。

 

「さようなら……エリック


 足元が覚束ないとみて、舞台を降りるのに手を貸そうとしてくれた人がいた。

 けれど私はそれを固辞した。

 この舞台から降りなければならないのだとしたら、自分の意思で降りたい。

 誰かにむりやり降ろされることなんてあってたまるものですか。



 それからどうやって家に帰ってのかは覚えていない。

 誰かが、慰めの言葉をかけてくれていた気はするけれど。

 

「お姉ちゃんね、フラれちゃったよ……」

「…………」

 

 気づけば妹の部屋にいた。


「あんなに大好きだって、いつまでも君を守るよって言ってくれたのに」

「…………」


 妹からの返事はない。

 しかしそれは当然だった。

 だって妹は寝ているのだから。

 あの日からずっと目を覚まさないのだから……当たり前なのだ。

 

 双子のフローリアは、私にそっくりでまるで鏡を見ているようだと家族や親戚から言われていた。

 だからか、好きになる人も似ていて。

 お姉ちゃんはエリック様と付き合っていてずるい、と口を尖らせていたことを思い出す。

 まあそれでも婚約が近づくと、笑顔で祝福をしてくれていたのだけど。

 

 その笑顔は、あの日を境に見ることができなくなった。

 確か雨がひどい日だった。

 道に倒れていたフローリアを見つけたのは。

 私はすぐに診療所へ連れて行った。

 幸い、怪我や病気は一切見つからなかった。

 ただ不幸にも、なぜか意識だけが戻らないのだ。


「お姉ちゃんね……」

「お姉ちゃんね……」

「お姉ちゃんね……」


 毎日、毎日、そうやって話しかけた。

 いつか「おはよう」って起きてきてくれる日がくるはず。

 そしてあのお店の美味しいケーキを一緒に食べるんだ。

 そう信じてはいるけれど、まだその日は来ない。

 でも明日はきっと……そう信じて今日も眠るのだ。

 

 

 なんだろう、今日は頭が重い。

 昨日、たくさん泣いたからかな?

 鏡を見てみると、目が少し腫れぼったい。


「……ああ、死にたいな」


 不意にそんな気持ちが心を埋め尽くし、思わず声に出た。


「私なんて、消えればいいのに」

「エリックも消えて欲しいと、そう思っているでしょ」


 頭の中に呪いのような声が響いてくる。

 歩く度に、息をする度に聞こえてくるのだ。

 うずくまっても、耳を塞いでも頭の中で鳴り響く。


 何時間経っただろう。

 もう私をさいなむ声に対して、不快な気持ちはなくなっていた。

 だって納得していたから、当然だ。


「そっか、私は要らないんだ」


 どうせ死ぬのなら、最後はあの場所がいい。

 エリックが告白してくれたあの場所だ。

 私はそこへ向かって歩き始めた。

 

 その丘は、この街が一望できる絶景として知られていた。

 そこで愛を誓えば永遠に結ばれる、なんて噂もあった。


「……うそつき」


 ちょっとした木々の間を抜けて丘の頂上を目指す。

 確か絶景の裏側はゴロゴロとした岩場になっていたはず。

 そこへ身を投げて、愛が始まった場所で愛を終わらせるのだ。

 あと一息で開けた場所に出る。

 声が聞こえたのはそんな時だった。


「あれで満足か?」

「ええ、エリック。昨日のあなた素敵だったわ」


 そこにいたのはエリックとロベリアだった。

 私は反射的に木の裏側に身を隠して息を殺す。


「なら早く渡せ、グローリアの妹を治す薬を」

「なあに、そんなに慌てなくてもいいでしょう」

「そのためにわざわざ呼び出したんじゃなかったのか?」

「いいえ。だってあの子にはここで愛を誓ったんでしょう? なら私にもここで愛を誓ってもらおうと思って。ロマンチックじゃない?」


 妹を治す……薬?

 エリックが何をいっているのか、よくわからなかった。


「何度も言わせるな。僕は君を愛することはできない。愛しているのはグローリアだけだ!」

「あら、そう」


 ロベリアは冷たい口調でそういうと、胸元から何を取り出した。


「そんな態度ならこの薬はもう捨てちゃっていいわね」

「ぐっ……グローリアの前で自分との婚約発表をすれば薬は渡すと約束しただろう? 彼女を傷つけるだけ傷つけて今更反故にするつもりか!」

「口先だけの白い結婚なんて望んでないもの。はーい、それじゃここから投げるわね」

「…………君を愛するように努力、する。これでいいか?」


 エリックは拳を握りしめてそういった。

 拳が震えているのは怒りからだろう。

 それなら私が泣いているのは哀しみからだろうか、喜びからだろうか。


「じゃあキスしなさいよ」

「なんだと……?」

「愛する努力をするならできるはずでしょう? ほら早くしなさいよ」


 指先で摘んだ瓶をエリックの鼻先でプラプラと揺らしながらロベリアは催促をする。

 それを見たエリックは諦めたように体を脱力させた。

 そして二人の距離が近づいて、やがて唇が触れる距離になり——。


「ダメぇぇぇぇぇぇっ!」


 思わず私は木の後ろから飛び出していた。

 後先のことなんて、いつか気が向いたら考えればいい。

 

 「グ、グローリアッ! なぜここに……?」


 驚愕の声をあげるエリックを通り過ぎ、ロベリアを突き飛ばすようにして間へ割って入る。


「……盗み聞きなんて品がないわね」

「あら、人のものが欲しくて欲しくてたまらない泥棒猫がいえたことかしら?」


 私とロベリアは互いの視線をぶつけ合う。


「そもそも聞いていたなら知っているのではなくて?」

 

 ロベリアが薬の瓶を持ち上げる。

 それは妹を治すための薬といっていたものだ。


「なぜ貴女がそんなものを持っているの? 医療師の人だって原因が分からないっていっていたのに」

「さぁ、何故でしょうね?」


 私をあざ笑うかのように口元を歪めて笑うロベリア。

 ムキになってこちらも負けじと言い返す。


「それが本物の証拠もないし、妹に効くなんて信じられないわ!」

「あら、私は商売人の娘よ? 結んだ契約はきちんと守る性分なの」

「……グローリア、詳しくは言えないが恐らくあれは本物なんだ。だからあまり刺激をするな」


 エリックが小声でそう呟いた。

 本物……つまりあれがあれば妹が治る?


「ほら、分かったら邪魔者はどっかいきなさいな」


 ロベリアは羽虫でも追い払うかのようにしっしっと手を振った。


「すまない、グローリア。ここは言う通りにしておいたほうがいい」

「エリック……でも……」

「チッ、なに二人の世界に入りこんでんだよ! じゃあこうしてやるわ」

 

 ロベリアは落下防止用の柵に近づくと、柵の向こうへ手を伸ばす。

 その手には薬の瓶が握られている。

 手を離せば瓶は丘の下で粉々に砕け散るだろう。


「早く視界から消えないと離すわよ」

「やめてっ!」

 

 私は叫ぶことしか出来なかった。


「ちょっと待てロベリア。そういえばキスをするんだったな?」

「ええ、その女が視界から消えたらね」

「いや、もう聞き分けのないグローリアには愛想がつきたよ」


 エリックは頬を掻きながらそういった。

 それは付き合ってるいる時に何度も見た仕草だった。


「どうせなら完全に縁を切るために僕たちのキスを見せつけてやろう」

「……うふ、見せつけるっていうのはいいアイデアかもしれないわね」

 

 満更でもないといった顔で頬を赤く染めるロベリア。

 エリックはそんなロベリアにゆっくり近づくと、腰に手を回す。


「ほら、目を閉じて……」


 エリックのそんな優しい声で、蕩けるようにロベリアは目を閉じた。

 その隙を縫うようにしてエリックは薬に手を伸ばす。

 瓶に指が触れたその瞬間だった。

 ロベリアがカッと目を開いて手を引いた。


「やっぱり嘘じゃないっ!」


 虚空を掻いたかに見えたエリックの指先はわずかに瓶に届いていた。

 カラン——。

 硬質な音を響かせて瓶は地面に転がった。

 それを目にした瞬間、私は駆け出していた。

 あれさえ手に入れられれば、エリックとの交渉材料はなくなる。

 そして妹を永遠の眠りから目覚めさせることができるのだから。


「ふざ……っけんじゃないわよっ!」


 反対側からは、エリックを突き飛ばしたロベリアが鬼のような形相で走ってくる。

 早く……早く拾わないと。

 

 先に指先をかけたのは——私だった。

 その私の手を覆うようにロベリアの手が重ねられる。


「離しなっさい、よ!」


 ロベリアは私の手に爪を深く食い込ませる。

 けれど滲み始めた血にかまけている余裕はなかった。

 私とロベリアは揉み合いながら、倒れ込んだ。

 倒れた先は、転落防止用の柵。


 衝撃とともに叩きつけられた私は、一瞬意識が遠くなった。

 それでも私は手を離さない。


「しつこい女ねっ!」

「どっちがよ!」


 なおも揉み合いを続けていると、不意にバキっという音が聞こえた。


「危ないッ!」


 走ってくるエリックの叫び声が聞こえる頃には、景色が傾きはじめた。

 ぶつかった衝撃と今の揉み合いで柵が折れてしまったのだろう。


「「きゃあぁぁぁっ!」」


 まるで時間が引き伸ばされたように感じる緩慢な時間の中で、私は手を伸ばした。

 エリックが空にその身を投げたのが見えたから。

 だからエリックのその手に向かって手を伸ばした。

 そして二人の手が重なって……私は抱き寄せられる。


 ああ、この人の胸の中で死ねるならそれもいいかもな。

 固く目を閉じた私は、最期にそう思った。

 


「いてて……グローリア大丈夫か?」

「ぶ、無事……なの?」

 

 エリックと私は、木の枝に何度も叩きつけられてから地面に落ちた。

 枝へぶつかる度に酷い衝撃があったけど、おかげで大分勢いが殺されていたみたい。


「ああ、木がクッションになってくれて助かったよ。あっちの岩場じゃなくて良かったな」


 確かに私が身を投げようと思っていた岩場であったなら二人とも無事ではなかっただろう。

 こっちは下が柔らかい土だったのもよかった。

 

 ふと目をやると、少しズレた場所にロベリアが横たわっていた。

 その手足は変な方向を向いてしまっている。

 エリックが足を引きずりながら近づいて呼吸を確認した。


「よかった。意識はないが、どうやら息はあるみたいだ」

「そう……よかった」


 私は安堵の息を吐いた。

 醜い争いを繰り広げた相手だけど、さすが死んでほしいとまでは思わないから。

 しかしエリックには別の理由があったらしい。


「彼女にはまだ聞きたいことがある、死んでもらっては困るんだ」

「聞きたいこと?」

「ああ、彼女は君の妹……フローリアに薬を飲ませて昏睡させた疑いがある」

「ええっ?」

「きっかけはフローリアの治療薬と引き換えに婚約を迫ってきたことだった……」


 そういってエリックは真相を語り始めた。

 

 フローリアを治療する方法はどんな医療師も分からなかった。

 なぜ目覚めないのかすら分からなかったのだから、当然だ。

 なのにロベリアはそれを知っているという。

 そこに不信感を抱いた、と。


「そもそもロベリアがフローリアの存在、ましてや昏睡のことを知っていたのは何故か」

「ええっと……確かに」


 フローリアは学院に通っていなかった。

 絵を描くことに特別な才能があったフローリアは、学院への入学を拒んだのだ。

 そんなことより一枚でも多くの絵を残したいのだ、と。

 私なんかにはない特別な才能があった自慢の妹だった。

 

「普段ほとんど家にこもりきりだったフローリアのことを知っていたものは少なかった」

「そうね、言われてみれば私の親戚と……あとはエリックくらいかも」


 エリックは何度か家にきてフローリアと知り合い、絵のモデルをしたことすらあった。

 そのエリックも無関係の人にフローリアのことを喧伝するとは思えない。


「だからおかしいと思って探ってみたんだ」


 それで分かったことは、あの事件の日の昼下がりに珍しく外出したフローリアがとあるカフェにいたということだった。

 そしてそこで誰かが何かを飲ませたと考えた。


「それがロベリア?」

「実はその店の従業員が失踪していてね。そいつに金を握らせてやらせたんだと睨んでいる」

「でもなんでフローリアを狙ったのかな?」

「それはもちろん”人違い”さ。ロベリアは君を狙っていたんだ」

「私を……?」

「実は、彼女からは何度も縁談の誘いがあってね。国の物流をたてにされたことすらあった。つまりグローリア、君が邪魔だったんだろう」

 

 色んな縁談の話がきていたのは聞いていたけれど、その中にロベリアもいたのだ。

 そして何度も断っているうち実力行使にでた、というわけか。


「結局人違いではあったけど、それでも大事な人の妹だ。僕にとってそう違いはなかった」

「本当に婚約するつもりだったの?」

「いや、フローリアが治ったら婚約なんて破棄してやるつもりでいたさ」


 そのことで誰に何をいわれたって構わない、とエリックは続けた。

 

「まあそうなった頃にはもう君に嫌われていただろうけどね」

「嫌うだなんて……」


 皆の前で大嫌いだったと宣言されても、エリックのことは嫌いになんてならなかった。

 ちょっと自分に失望して、未来に絶望しただけ。

 

「ただ……嫌われていたとしても、マイナススタートだったとしても僕は何度だって君に告白をする。君しか考えられないんだから」

「エリック……」


 真っ直ぐな目をして、そんなことを言われてしまったら。

 私はきっと何度だって貴方に恋をしてしまうだろう。

 思わずその胸に飛び込むと、エリックが小さく唸った。

 ふと見れば、エリックの腕はパンパンに腫れ上がっている。

 

「エリック、腕が……」


 どうやらずっと我慢していたらしい。

 あの時と同じで私をかばって怪我をしたのに、気づかずにいた無神経な自分を責めるばかりだ。


「ちょっとこれは……折れているみたいだね」

「痛くない?」

「もちろん痛いよ」


 こんな時はなんていうんだっけ。

 私は知っている、覚えている。

 

「……ありがとう、エリック」

「ふふ、覚えてたんだ」


 エリックは私を胸の中に引き寄せる。

 私たちは視線を交わして……そして優しいキスをする。

 それは少し血の味が混じった特別なキスだった。


 

 あれから捕縛され、尋問をされたロベリアは、フローリアに薬を飲ませたことを自白した。

 どうやら商会の伝で異国から仕入れた呪いのような品だったらしい。

 ロベリアから奪った薬はというと、落ちても叩きつけられてもずっと放さなかったおかげで割れていなかった。

 帰ってすぐに与えたところ、フローリアは次の日には目を覚ましてくれた。

 

 お祝いに、と美味しいケーキを買ってきたらフローリアは顔を引きつらせた。

 どうやらこのケーキを食べに喫茶店へ行って、薬を飲まされたらしい。

 私が好きで何回も通っているのを知って、行ってみたのだとか。

 だからロベリアも私と間違えたのか、なんて今更納得したりしていた。


「そういえば私のために頑張ったんでしょ? ありがと、お姉ちゃん」


 フローリアはクリームを口の端につけたまま、朗らかに笑った。


 ◆◇◆◇◆◇

 

 ダンスホールには人が溢れ、参加している人々はキラキラとした笑顔をしている。

 これから何が発表されるのか、みんな分かっているのだから当然かもしれない。

 ここに集まっているのは祝福しようとしている人ばかりなのだから。


 主役の一人である私は、これからする発表に胸を踊らせていた。


「準備ができました」


 係の方にそう声をかけられたので、私はゆっくりと舞台へと上がる。

 隣に立つ私の恋人であるエリックは緊張からか表情を固くしていた。


 会場の灯がいくつか落とされ、薄暗くなった舞台を魔道具の光が照らす。

 それは光の筋のように私とエリックを輝かせた。

 

「皆様に報告があります」


 〜Fin〜


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お読み頂きありがとうございます。


▼現在はこちらを連載中です

異世界の姫が空から堕ちてきたので飼ってみることにした 〜アニメ、漫画にゲーム好きって、現代に染まりすぎだろ!まあ、幸せならいいけど〜

https://kakuyomu.jp/works/16818093085264980193


きゅんきゅん系のラブコメです。

始まったばかりなので、盛り上がるのはこれからですがチェックしてもらえれば幸いです。


それではまたお会いしましょう。

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