第6話 痛みならネタになるわけではない
私とテンマ、カズハのミュージックビデオの作成・公開を終えたのは、四月になってからだった。そこから私は恋愛ファンタジーで流行っているという悪役令嬢に挑戦してみたのだが、気づけば勇者や魔王が登場し、伝説の剣エクスカリバーを手にした悪役令嬢が勇者に頼まれてともに魔王を倒す話になっていた。勇者が王から貴族の称号を受け、悪役令嬢と結婚したという結末だけは女性向けっぽいが、ほぼバトルばかりのファンタジーになってしまった。
うん、一回ネタを練り直してもう一度挑戦してみるか。
ネタ集めも兼ねて久しぶりに出掛けたいと思っていると、中学の友人たちに誘われてアウトレットに言った。女のくせに女性らしさを微塵も理解していなかった私は、服を選んで楽しそうにする様子を見たり、一緒にスイーツを食べたり、雑貨やアクセサリーを選んだりすることで、大変創作の刺激になった気がする。
しかしながら物書きの弱点は、時間の使い方を知っている点である。時間があれば創作に使いたいのである。だから、することがなくなって、カフェで高めのコーヒーとパンを食べながら雑談をする時間が楽しくなくて。早く帰りたいと思ってしまった。顔には出さなかったつもりだけど、せっかく誘ってくれたのに帰りたいなんて思うとは最低である。
今度からは断るかもしれない。
新学年が始まった私は、講義の難易度が上がり勉強会の拘束時間が増えただけで去年とはあまり変わらない生活をしていた。選択種目はまたもや卓球で、テンマはサッカーのためおらず、代わりに勉強会に参加しているギャルとランナが来た。おかげでペアを作る練習時間も困らず、むしろ誰とペアになるのか選べるほどになった。
体育の時間ではテンマと話せないが、創作の話を中心にメッセージを取り合って意見交換したり、互いの創作の感想を言い合ったりしていた。でもだんだんテンマは私の作品を読んでくれない気がする。そういうのは自由だし文句言うようなものではないけど。
それに面白くないものを書き続けている私が悪いのだ。テンマはカズハがSNSにイラストを上げると評価しているし。そういえば、テンマの曲も千回以上の再生が増え、六月を過ぎた頃には六千再生の曲があった。一方、カズハのイラストはSNS上で一万以上の評価をもらっていてファンも増えていた。
私だけが金魚鉢の中でひれを揺らしているだけだ。
焦った私は勉強会を早く帰るようになって、創作に時間を割くようになった。
電車の行き帰りでは本を読むようにしてインプットも増やした。書くのは速くなったと思うけど実力が付いている気がしない。
ある日の勉強会のこと。
今日も私は途中で帰ることにした。
もっと書かなければ上手くなれない。
凡人の私ではより努力をしないと、それこそ血反吐が出るくらい苦しんででも書かないと面白い物語が書けない気がする。
今の私では小説家になった私が重ならない。
「ランナ、今日も早く上がるから」
「そう? もう少し質問あったけど」
「ごめん」
「そんなに忙しいならたまには休んでもいいよ」
忙しい、わけじゃないと思う。
物書きとして返答に困る心遣いだ。
忙しくしているのは自分の裁量なのにこれ以上心配させるわけにはいかない。
「大丈夫だよ、頼られるのは嬉しいから」
本心だ、教えてみんなが良い成績を取ることも、時折感謝されるのも自分にとって多くはない経験で、創作で何も成功していない私を定義付けてくれる数少ないものなのだ。
でも。
教える時間を削って忙しい雰囲気で去った私が、小さな個室でパソコンを打ち続けていると知ったらどう思われるだろうか?
それも読者がほとんどいない、あってもなくても変わらないようなものを書いていると知ったら。
いや、そんなこと考えてはだめだ。今日書く作品は今までと違う、きっと評価をされるはず。出す前に失敗ばかり考えるな、私。
とはいえ、気持ちばかりで成功する世界ではない。
後日、『面白くない』と短い感想だけが送られてきて、悔しかったけどその作品をもう愛せない気がして作品をネットから消してしまった。
上手くいかなくても批判は来るらしい。
一体私は何を目指しているのか?
「私、上手くいかないな」
パソコンに入っている原稿がすべて馬鹿らしく見えた。
私は何を手放せば面白いものが書ける?
何を得ればプロに追いつける?
答えが見つからないまま生活を続ける。
毎日書いているはずなのにだらだらと水道から水を垂れ流すような無駄な日々を過ごしている気がしてしまう。
そんなある日だった。
講義が終わってテンマと寄り道をした。
ショッピングモールに着く。
「アイスクリームを食べよう」
私を元気づけてくれているのだろうか?
「うん。私さ、ビスケットのアイスクリーム好き」
レジで会計を済ませるとテンマの後ろに付いてフードコートに行く。
今日は静かだ、テンマが何も言わないし。
私が気まずい空気にしている?
「テンマ、次はどんな作品書こうかなって悩んでいてさ。大人の恋愛、みたいなの興味があって」
「ムラモってさ、ムラモだな」
「それってどういうこと?」
「ムラモらしくて懐かしくて」
「昨日もおとといも話したでしょ? その、久しぶりって感じなに?」
テンマは何も言わない。
その静かな背中はあまりにも多くて、私を食らうような恐ろしい怪物に思えた。
私は足が固まってしまって歩幅が短くなってしまう。
周りから見たらテンマと私が一緒に来た二人だと思えないような間隔ができてしまった。
私は慌ててテンマに追いつく。
「速いよ」
「ごめん」
え?
反応それだけ?
「話したいことがあって」
あ、絶対楽しくないやつだ。
こんなに冷たいテンマは初めてだと思う。
逃げていいかな?
テンマはアイスクリームの包装を開けて食べ始める。
私が食べ始めると、様子を窺っていたらしくテンマは話し始めた。
「これ美味いかも」
テンマはどうして場を和ませようとしているの?
そんなに怖い話をするの?
「テンマ。様子が変だよ。何をもったいぶっているの?」
「それは」
テンマは一瞬怯えた表情になる。
私は捕食者になったような気分だ。
なんて、嫌な話を抱えているのはテンマだろうに。
「二人きりで寄り道したり出掛けたりするのはやめよう」
「どうして?」
「先週、先輩に会ったんだ。高校から好きだった先輩」
話が見えてきた。
冷や汗が出てくる。
「やっぱりあの人が好きだなって思って。だから追いかけようと思っている」
え、ええ。
私のこと好きだった発言はなに?
恋なんてするつもりなかったのに、どうしてこんな気持ちにならなきゃいけないんだろう。
どうしてテンマは私にひどい対応をするの?
だって先に好きって言ったのは。
「テンマ、分かった」
「これからも創作仲間で、友人でいよう。それだけ言いたかった」
創作仲間?
いやいや、最近私の作品読んでいた?
私だけテンマが作った曲を聴いて感想を言っていた。
そっか、都合がいい人間だっただけか。
「それは嫌かな」
「どうして?」
「私はたぶんちょろいから、好きって言われてから意識するようになってテンマのこと好きになっちゃったんだよ。恋人になってよ、どうして好きだって言ったの?」
私は何を言っているんだろう?
好きと言っていたくせに隠れて好きだった先輩に会っていた人間のどこに魅力があるのか。
でも私がテンマの気持ちに答えなかったから、好きだった先輩に心が戻った可能性だってある。
「ごめん、責任のないことを言って。ムラモのこと好きになれなくてごめん。俺、くずだよね」
うん、性格悪いよ。
言ってやりたいのに言えば涙が溢れてしまいそうだった。
「きついな、恋って。テンマ、友人も無理かも」
「そう言うかもって思っていた。それでも俺は強いから先輩にアプローチをする。今までありがとう」
「でも。私はテンマを好きにさせられて辛い思いをして、どうすればいいの?」
「俺たち創作者は昇華させることができる。だから大丈夫」
こんなまともじゃない恋愛の、キープされて好きって言われて本命に会えたら捨てられるだけの恋をどう作品に生かせと?
私は女性として、人間として、物書きとしてテンマに馬鹿にされた。
だから。
「絶縁する。もう知るかッ!」
胸の痛みに耐えて涙を堪えて帰路についた私はどれだけ頑張っただろうか?
それにしても。
創作も上手くいかないのに最近はめちゃくちゃだ。
恋愛はくそ、創作をするなら時間もお金も無駄で精神も削られる。
家に帰ってから平気を装って過ごした。
夜、パソコンを開いても創作ができない。
でも苦しくて眠れなくて、音楽を聴いて落ち着こうと思っていてもボカロがおすすめに表示されてしまう。テンマが頭に浮かんでしまうから聴けなかった。諦めて大学の実験レポートを進める。手が震えて全然進まないけど、長くて終わりのない闇を布団と無の塊のような天井を眺めながら耐えるよりは、ディスプレイに表示される文字と数式の羅列を見る方がましだ。
「明日、寝坊するかも」
私が布団に入ったのは起床時間の四時間前だった。
が。
翌朝、むしろ二時間前に起きて問題はなかった。
眠たくてぼうっとしているが。
しかも雨が降っている。
「面倒だな」
雨の日は最悪だ。
合羽も傘も用意しないといけないし、すぐ濡れるし、大学の最寄り駅は突風が起きやすくて傘が折れないように踏ん張らなくてはならない。なお、私は風を感じたら諦めて濡れる。ちなみに今日は濡れた。
「意外と早かったかも」
というかお腹痛い、寝不足が腹痛になるタイプらしい。
他にどんなタイプがいるのか分からないけど。
トイレの個室に籠る。
幸い講義まで時間がある。
「私、これからどうしよう」
テンマに振られた。
もう勉強会は続けられないだろう。
そしたらムラモ先生ではなくなる。
周りからの尊敬がなくなって、友人もいなくなって、ランナにも見放されて。
何も残らない、昨日は書けなかったし。
テンマのやつ、失恋のことを創作にすればいいなんて呪いみたいなこと言って、そのせいでより書けなくなった。
責任取れよ、もう何もない、全部すり抜けてしまう。
『おいおい、明日提出の実験レポート一文字も書いてないの?』
『俺は書いたよ。氏名と学籍番号』
『一緒じゃないかよッ! もう一回遊べるのか』
『まだ留年じゃないし! 確かに実験の単位落としたら終わりだけど』
『俺にはTETSUYAがある。舐めるな』
『それもそうだな。じゃあ今日飲みに行くか?』
『処す、お前処す!』
楽しそうな声が聞こえてきた。
……あれ、なんだこれ。
涙が止まらない、心が砕けてしまった。
ダムが決壊してもう涙を堪えることすらできなくて。
「助けて、助けてよ」
誰に対しての言葉かは分からない。
でも声が詰まってこのまま何も話せなくなるような怖さが押し寄せてくる。
息苦しい。
苦しい、苦しい、苦しい、苦しい、苦しい、苦しい、苦しい。
涙が引いたのは一時間目の講義が終わってからだった。
二時間目は空きコマで講義は入っていない。
スマホを見るとランナから『寝坊珍しい!』とメッセージが送られていた。
私は申し訳なくて、『お腹痛くて』と嘘ではない範囲で返した。
昼食は購買でサンドイッチとパックの牛乳を買って流し込んだ。
次の講義の教室へ向かうと、ランナはおにぎりを食べながら声を掛けてきた。
「ムラモっち、体調大丈夫?」
「うん、落ち着いたよ」
「お腹どう?」
「もう調子いいかな」
「なら炭火焼き肉行けるね」
「はあ?」
「お腹治ったって言ったでしょ?」
「うん」
「奢るよ。二人からじゃないと入れないっぽいから。他に行ってくれる人いなくて」
「でも今日は、」
「強制です。ほら、今日はムラモの誕生日じゃない?」
「全然違うけど」
「なら私と出会うまでの数々の誕生日を祝うってことで。こんなかわいいムラモが生まれた日は全部祝うつもりでね」
ランナに意味の分からない理屈で焼き肉に誘われた。
逃がしてくれなさそうだし、奢りってことだし行くことにしたのだが。
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