第5話 表現できないという表現を
テンマが高校時代から好きだった先輩に振られた。
励ましたら好かれた。
そして、お出掛けに誘われた。
どうやら『焼き肉フェスティバル』というイベントが一週間ほど開催されるらしい。鶏肉も豚肉も牛肉も馬肉も羊肉も食べられるそうで、店ごとに拘りの焼き方で、特製のタレを浸けて食べるらしい。
食べることは嫌いじゃないけど焼き肉ってあまり食べられる気がしないんだよな。
それにランナに誘われそうだ、なんて思っていたが。
「大量のアルバイト、それと高校の友人と行くから。振ったみたいになってごめん。この埋め合わせは身体で支払うから」
と大学内の次の講義の教室で、購買の弁当を一緒に食べているときに言われた。周りに男子がいるくせに下着を覗かしながら言うものだから、ランナには羞恥心というものはないのかと不安になったが。
おそらくどこまでなら面白い変な人と判断されるのか理解しているのだろう。流石は人気者である。
というわけで私はテンマと二人で『焼き肉フェスティバル』に来た。
人が多い、酔いそうである。
周りがうるさくて疲れそうだ。
ヘッドホンを付けて音楽でも聴こうとするとテンマが困ったような顔をする。
友人との待ち時間は話さなきゃいけないなんてマナーがあるのか?
「ムラモ、何食べる?」
「まずは牛、少しワニ肉が気になる、ジビエ肉や蛙肉は嫌かも。鶏や豚はタレ次第かな、候補はメッセージに送った通り」
話が終わったようなので再び音楽を聴く準備をする。
テンマは私をちらちら見てきた。
「ボカロあまり聴いたことなくて。暇だから聴こうかなと。どれ聴くかはまあ、歴代の人気順を参考にしているわ」
「俺のおすすめも聞いてくれない?」
「どれ?」
スマホを差し出す。
テンマは嬉しそうに曲をピックアップする。
本当にボカロが好きなんだなと思う。
テンマに会わなかったら触れようとしなかった世界だと思う。
「焼き肉串って贅沢だね。テンマ、始めは塩じゃない?」
「俺はタレが好きだから。塩って上級者みたいで」
「まあ、私上級者だし?」
串を向ける。
「塩、せっかくなら挑戦してみて」
「いいの?」
「咥えちゃって」
「いいんだ」
「私はそういうの気にしない。テンマならいいから」
「そっか。手を繋いでみない?」
「どうして?」
「ごめん。変なこと言った」
「あ、分かった」
やはりこのノリはランナのウイルスに感染している気がする。
「私がチビだからっていう高度な煽りだ」
「そうじゃないけど」
「どうせチビですよ」
それから鶏肉も豚肉も食べた。
ワニ肉は想像よりも柔らかいと思った。
羊や鹿や蛙や猪は逃げた。
興味がないというか、値段も少し高めで鶏肉を食べる方が無難かなって。
まだお腹は空いているけど一店舗ごとの待ち時間が長い。
もういいかなって思った。
「近くに、といっても電車での移動だけど。商店街あるから行かない?」
「行かない。疲れた」
テンマは犬だったら尾も耳も下げているような落胆だった。
からかってしまった。面白い反応がつぼになっていたのだ。良くないことだ。
「冗談だよ。何見るの?」
「美味しいカツサンドとかクレープとか。アニメ系のショップも、音楽系の店もある。どう?」
「案内してくれるなら」
商店街でおやつを食べて、雑貨やアニメ系のショップ、ゲームセンターを見る。最近は槍のカプセルトイは二階建ての専門店があって驚いた。テンマみたいな顔の犬が寝そべっているようなフィギュアがあったため、四百円だったが二回回してしまった。柴犬が被ったのでテンマにも渡した。
「お金返す」
「私が勝手に被って勝手に渡すだけだから」
テンマは引き下がってくれたと思ったが。
帰りにクレープ屋に寄ると奢ってくれた。
それってテンマがマイナスでは? と思ったが与えられたものを受け取ることも大切な気がする。
この日から、テンマと学校帰りに寄り道をしたり、休日に出掛けたりすることが増えた。私としては一人で行きにくいところや私の興味の範囲では知ることができないものにも触れることができて良い経験になったと思う。
創作に使える時間は少なくなったけど、書いている小説の内容がリアル寄りになってきたような。
それと『焼き肉フェスティバル』をきっかけに定期的に手を繋ごうとするのはどうしてだろう?
だがその答えは突然知った。
なぜか大学帰りにコンビニで新作アイスクリームを奢ってもらった日のことだった。
家に帰るとテンマからメッセージが来ていた。
『今日も一緒に帰ってくれてありがとう。俺はムラモが好きです』
あまりのストレートな言葉に、私はドキッとしてしまった。
『返事がほしいわけじゃないから。これからも引き続きよろしく』
なんてメッセージが続いても胸の高まりが収まらない。
好きってあの好きだろうか? あれっていうか男女が恋人になる系の。
友人として、みたいな可能性は? 確かに恋愛的な意味でとか書いていない。
「って、そんなわけあるか。……私のこと好きだから奢ってくれていたってこと? うーん、どうしたらいいんだこれ。これからも引き続きよろしくって言ってくれているし創作仲間兼男友達ってことでいいと思うけど。私は別に恋愛したいと思っていないし、もちろん彼氏作りたいわけでも現在いるわけでもないし。曖昧な関係を続けても私的には悪くない? 異性との交流も創作のため」
考えても分からない。
私はテンマの言葉を信じて友人を続けることにした。
なお、一週間もしないうちにランナにからかわれた。
実験レポートのための勉強会をいつも通り学生ラウンジでしていたときのこと。
ランナに呼ばれて購買へ行った。
「そういえば野郎どもが言っていたわ。テンマがずっとムラモっちの話してくるって。まるで俺のものって誇示するみたいにね。絶対ムラモのこと好きよね。ムラモはテンマのことどう思っているの? ほらほら、焼き肉フェスティバルも一緒に行ったみたいだしい?」
実はテンマとは何度も帰りに寄り道したり出掛けたりしているけど、どう思っているかって言われたら同志かな。向こうはボカロで私は物書きだけど創作仲間だし、出掛けているのも一緒に創作のネタ探しをしているようなものだから。
テンマからメッセージ上だけど「好き」って言われた。でも引き続きよろしくとも言われている。私はテンマをどう思っているのだろうか?
私とテンマはどんな関係だろうか。私が知りたいくらいだ。
異性との関係ってどうしても複雑なら。
「ムラモっち。いいんだよ、答えなくても。でもテンマがムラモの話ばかりしているから周りから誤解されてムラモが傷ついたら嫌だなって」
「それは大丈夫だから。本当」
ランナは心配もしてくれているらしい。
話しをして気づいたけど私とテンマの関係に名前を付けるとしたら何がいいのだろうか?
同志とか創作仲間というのも違う気がするし、友人っていうのも微妙というか。
難しい問題ではある。
別の日、イラストを描いている友人ことカズハとメッセージのやり取りをしていた。創作ならではのアイデアの出し方の話である。
『構図が思い浮かばない。ヒサメ、何か言って』
『雪だるまを作る少女』
『難しそうだな』
いや、カズハが何か言えって言ったんだろうが!
文句ばかり連ねたくなるが喧嘩腰になっても仕方がない。
ネタが付きそうなのは創作者あるあるな気がする。
『ボカロって今も好き?』
『もちろん』
『私の大学にテンマって人がいるんだけどさ。ボカロで曲を作っているみたい』
『おお!』
『その人は恋愛ドラマを見て感傷に浸るタイミングでネタ帳を作るって』
『曲聞いてみたい』
リンクを送る。
『好きかも、失恋ソングばかりだね。最近もそうか。でも恋愛ドラマを見て作っているのは分かるかも』
テンマって失恋ソングが多いよね、本当に。
最近もずっとそうだ。様々なジャンルを書きたがる私とは趣向が違うみたいだ。
恋愛ドラマで曲か。
私が歌を聞き流しながら物語を考えるのと同じものか。
「今頃ヘッドホンの秘密が解けたのかよ、とか言うなよ」
なんて私は自分の部屋で誰に語りかけているのか。
翌日、テンマに友人のカズハに曲を聴かせたことを話した。とても良かったと言っていたことも。代わりにカズハのイラストを見せるとテンマは興味を示してくれた。
「これいいね」
「でしょ? 上手くなってきたんだよ」
「いいこと思いついた」
「?」
「三人でさ、ミュージックビデオ作らない?」
このときテンマは何を言っているんだかと思ったが。
カズハに聞くと賛成してくれた。
ただし条件があるらしい。
一つ、妥協をしないこと。
二つ、企画は私ムラモが考えること。
三つ、動画を作る経験はほとんどないから苦戦すること。
四つ、無料の動画編集ソフトを使うため簡単な動きを組み合わせることになること。
五つ、動画と同時並行で曲を作ること、その際先に曲を作って動画の長さを決めた後歌詞を作ること。
それをテンマに話したら喜んでくれた。
が、それぞれの大学生活があるということで、春休みにやることになった。
こうして私とテンマの距離感が近づくことになったのだ。
ということで春休み。
テンマはバイトを増やしているため打ち合わせは夜にビデオ通話ですることが多い。
まずはテーマだが、「温かい家族愛」みたいなのを提案する予定だった。だが変わったものを作りたいという探求心が疼いてしまって、「離れ離れになった親子が再開する話」というメルヘンチックなものになった。
私とテンマ、カズハの三人でビデオ通話をする。
カズハのスマホのカメラを通して液晶タブレットを映しながら、カズハはラフを描いていく。あーでもない、こーでもないと議論をしながら雰囲気を決めるために日が昇る寸前までかけてしまった。
翌日、テンマは寝坊でバイトを遅刻しかけた。
ごめん、熱くなってしまって。
創作者は睡眠時間を削りがちである。
私とテンマは二人でショッピングモールや商店街、日帰りで観光地に出掛けることもあったため、会うときはいつも合作企画の話をしていた。
テンマが好きな動画配信者のイベントに付き添いをして、帰りに夕食としてうどん屋チェーンに行った。そのときもヘッドホンをしてテンマの曲の確認をする。
「メロディ、どう?」
「これでカズハに提出にしよう。テンマ、仕事が早い」
「俺が進めないと工程に影響が出るだろ?」
「うん。お疲れ様、あとは歌詞を作りながらカズハのイラストと動画次第?」
三人で仕上げたミュージックビデオをネットに上げる。
それは数百回の視聴で止まってしまったが達成感があった。
感想こそもらえなかったけど、グッドボタンは押してもらえた。
問題があるとすれば。
視聴解析の結果、AメロからBメロに変わる途中で離脱する傾向が見つかった。
次に生かすしかないけど、生み出したものの評価というのは辛いもので、傷つかずにはいられないのだ。
でも私はこの合作で創作者として成長した気がする。
評価されるまでは何も持っていないのが創作の世界だ。
それまで根気よく耐えながら創作を続けるしかない。
まだ何もなしていない自分を嫌いにならない、それが大事だ。
能力や経験が足りない自分を許し期待する。
何もない暗闇の向こうに光があると夢想するような、不確かな未来を信じるしかないのだ。
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