第4話 たぶんお祭り的なもの
テンマも創作(小説を書いている私と異なりボカロによる曲作りだが)をしていることを知って、私とテンマの距離は近くなった気がする。週に一度行っていた勉強会は、実験レポートの本格化により週に二回、三回と増えていったのだ。実験レポートはデータの正しい解釈が重要で、理論構成や考察が上手くできていなければ再提出、ひどいと先生に呼び出されるという地獄だったのだ。
私とテンマも自分のレポートをこなしながら教えていた。テンマはバイトの時間を減らしているらしい。私も書く作品を減らした。テンマはボカロを次に触るのは長期休暇になるかもしれないと言っていた。
また、体育は一緒の種目であるため雑談しながらすることが多かった。次は何をテーマに創作するか、どんな印象の創作物が好きかという話は大いに盛り上がる。テンマは恋愛や生きる上での苦しさを曲にすることが多かった。私はファンタジーもSFも青春、恋愛ものも書く。
体育が終わる。
テンマは有給を使ってバイトを休んでいるらしく、一緒に帰ることになった。
極度な緊張もなく自然と会話ができる異性は、テンマが初めてかもしれない。
創作のことを考えても、異性と関わる機会は良い刺激になるだろう。
「そういえば大学祭には行くの?」
「えーと、ランナと行くかな。友人に挨拶しなきゃいけないとかで」
「そっか。途中から合流していい? 俺も昼までは連れと回るつもりだけど、有名人がステージに上がって芸を披露するみたいなのは見ないらしくて。その時間帯から一人だからさ」
「別にいいよ。ランナと二人で回るつもりだから気まずくなることはないだろうし。大学祭ってサークルで創作している人を見ることができるし、創作にも大学が出てくる場合には使えるしいい機会だよね」
「ムラモって本当に創作人間だな」
テンマが変なことを言うからおかしく思えて笑みが零れる。
創作人間、その通りだろう。
ネタ集めでなければランナに付き添うことはない。
「私は本気だから」
「本気になれるのは良いことだよ」
「でしょ? テンマだって本気で曲を作るよね」
「もちろん」
やはり気軽に創作を鼓舞し合える関係は楽しい。
最高の友人だと思う、男友達って響きがいいな。
大学祭当日、私はランナに振り回された。
みたらし団子、春巻き、焼き鳥、焼きそばを次々と食べることになった。
出店のそばを通ると、「ランナちゃん、もちろん買うよね?」と話しかけられ、ランナはどこを回っただの、どれほど食べただの熱弁し、「大食いだからまだいけますよ?」と胸を張って二人分買っていくのだ。
大学祭と聞いて、まさか大食い大会が始まると思っていなかった。
それだけでなく。
体育館を借りて、バスケでスリーポイントシュートが十本中何本入るかや、卓球でテーブルに立てた紙コップをいくつ落とせるか、サッカーで何回リフティングできるかを挑戦させられた。横腹が痛い、ランナという体力化け物は平気な顔をして軽音楽部のライブへ。
「知らない曲だよ」
「ムラモっち、AメロとBメロを把握すれば知らなくてもノれるから」
「おお、すごいノリノリ。って跳ねるな」
「盛り上がったら跳ぶでしょ? 好きなドラマの主題曲」
「知っているじゃん! 今のところ全部でしょ?」
「ばれた?」
ランナのやつにやにやしやがって。知らない曲で、よく分からない陽キャのノリに付き合わされる気持ちになれよ、このッ!
「もしかして楽しくない?」
「はあ? そんなこと言ってないがッ!」
「ツンデレ、かわいい」
「……うるさいな、もう」
ランナは高身長を生かしてチビな私の頭を撫でてくる。
学祭なんて行かなければ良かった、でも創作のネタにはなっている、たぶん。
なお、漫画サークルや小説サークルの頒布物は無事に手に入れたが、私が上手くはなすことができず、冊子を受け取り「ありがとうございます」と言っただけである。嬉しそうな「こちらこそありがとうございます」を聞いて、自分の心の弱さが苦しくなった。しかもランナは全くフォローしてくれなかった。自分が興味ないからって、くそ!
それから構内のスタンプラリーをして大学祭実行委員会がいるテントへ。どうやらくじ引きができるらしい。
「勝負よ、ムラモっち」
「嫌だよ、子供っぽいし」
箱に手を突っ込んで三角に折った紙を取り出す。
ランナは手で持ち歩ける携帯型扇風機こと、ハンディファンである。パソコンに繋げて仕えて卓上型としても使えるらしい。ずるい。なお、私は。
「購買の商品券五百円分か」
実用性は高いが面白くない、凡人に相応しい結末である。
ハンディファンの一つ下の賞であるためランナに負けたのも悔しい。
「難しい顔。まあ、確かに私の方が当たりだけどさ? 勝負してないから負けじゃないよ、ムラモっち」
言い方が鼻につく。
もうこいつ捨てて帰るか、なんて思ったけど。
そろそろ芸人がステージに上がる時間であるため場所取りをしておきたい。
ステージの近くに行くと目の前の椅子は既に埋まっていて、階段に座るか立って見るかしか残っていない。私は諦めて階段に座る。メッセージを確認した。
『連れと解散した。ステージのとこ着いたけどどこにいる?』
テンマからのメッセージだ。
『階段のところ』
『ランナならいるけど』
ボケか?
と一瞬考えたが、テンマのメッセージが続いていない。普通に見えないだけか、チビで悪かったな、この野郎。
「ここだよ、テンマ!」
ランナをちらちらと見ながらうろつくテンマに大声を浴びせてやった。
そんなに見えないですかね? 確かにランナはモデルみたいな高身長で、私は女の中でも低身長ですけど。
「ふむ、どうしての、特別ゲストじゃない」
「ランナ、今日はよろしく。先ほどまでいつものメンバーといたけど帰ってしまって」
「つまり監視役がいなくなったから私のムラモっちを奪いに来たのね。好きにはさせないわ!」
なんだこれ。
「くそ、俺の計画もここまでか!」
ノるなよ。面倒になるだろ、ステージ企画がそろそろ始まるだろうが。
私が冷たい視線を送るとテンマは落ち着いてくれた。ランナは悔しそうに「む」と発してステージを向いてくれた。
まず吹奏楽部やダンス部が魅せる。場が温まったところで愉快なリズムが流れて一組目の芸人が登場。マイク一本でできるネタを披露するそうだ。笑いが起こると芸人も分かりやすく嬉しそうである。二組目はリズムネタ。観客みんなで掛け声を言うもので、ランナがうるさく鼓膜が破れるかと思った。びっくりしているとテンマと目があって、気まずいというか恥ずかしかった。
三組目はテレビで披露したネタの亜種みたいなものを見せてくれた。いわゆる営業ネタというやつだろうか?
最後にサインをかけたじゃんけんをして、後夜祭に向けた休憩時間になる。
その間に大学祭実行委員会の人が来てステージとステージ前の席を片付ける。
統率が取れていて何度も打ち合わせをしたように思える。
たった数日のために大変であるが、まさに青春感溢れる役割だと思う。
後夜祭は花火を打ち上げて、ペンライトを振りながら踊る。
ステージ前に大学祭実行委員会の人が集まって楽しむという内輪ネタのようなもので、観客はつまらなそうにペンライトを動かすか、飽きて帰ってしまうかだった。
私は大学祭をすべて見届けるという覚悟だけで耐えていたが、テンマも似たような感情だと思う。ランナは違う。
「私も、私も!」
元気に叫ぶとステージ前へ走った。そのまま実行委員会の人と肩を組みながら笑っている。なんだその行動力、ともはや笑うしかなかった。
「楽しかった」
テンマが言う。
辺りはもう暗くなっていて、月明かりとペンライト、ステージの光が仄かに照らすだけだ。
地味だの、普通だの思っていたテンマが格好良く見えたのはきっと特別な日の魔力のせいだと思う。
「ペンライトって綺麗だ」
「確かに」
テンマの言葉に一つ答える。
「ちょっと寒くなってきた?」
「少し前まで暑かったのに」
「また明日からレポート地獄」
「実験レポートの再提出、そんなに溜めてないでしょ?」
「そうだけどさ」
明日から日常になる、その虚しさは一体どう表現するべきか?
なんて、物書きのくせに表現できないと言ってしまうのは陳腐な気がするし、語彙力や表現力に秀でたプロやライバルたちは想像を超えてくるのだろう。
ここが限界だろうか?
「ランナ、すげえ楽しそう」
「そうだね、今日が楽しみ過ぎて明後日提出のレポートも進んでないし、再提出も溜めているしランナはめちゃくちゃだよね」
「行こう、こういうのは混ざった方が楽しい」
は? 私はテンマに手を引かれてステージ前へ。強引すぎる、テンマにランナのめちゃくちゃさが感染した。
でも。
「おお、テンマもムラモっちも来ましたか」
馬鹿みたいにはしゃぐのは楽しい、かもしれない。
曲が止まって実行委員会の人たちとタッチして回るのは大したことしていないのに実行委員会気分になれてお得な気もした。
翌日、大学へ行くと普段ゆとりをもっているテンマが五分遅刻してきた。
一体何があったのか分からない。メッセージも返信がない、と思っていたけど。
明日の勉強会には来てくれるらしい。うん、私一人で教えるとなったら終わる。勉強会はいろいろあって現在は二十人くらいの大所帯だ、そろそろ第三の先生がほしいくらい。
勉強会の日、講義が終わって学生ラウンジに集まると私はテンマに呼び出される。
そのまま購買へ行って、無言で菓子パンとジュースを奢ってくれた。怖いんだが!
「一瞬だけ話したい」
「いいけど、元気がないことと関連している?」
「うん」
購買近くのベンチに座る。
「俺、高校のときから好きだった先輩に告白したんだ。メッセージだけど。返信を待ちながら学祭に行って。帰ってきたら振られていて。何を頑張ればいいか分からない」
辛そうな表情だ。
「今はいろんな人と話して気を反らすしか」
苦しいだろうけど、勉強会の先生はしてほしいというのは私のわがままだろうか?
いや、でも人と話した方が気が紛れるとは思うけど。
「ごめん」
「どうして謝るの? 辛いでしょ」
「ああ」
好きな人いたんだ、とか思っても言わない。
そもそも私は恋愛しないし、お金も時間もかかるような創作の邪魔になることはしない。
でもテンマのボカロ曲は、その大好きな先輩への想いを閉じ込めていたものかもしれないと思った。
創作は恋をした方がいいのか、恋をしない方がいいのか分からない。
でも今は。
「テンマ」
テンマは顔を上げる。
私は気まずくて口にできなかった菓子パンをテンマの口に詰める。
そのまま同じく気まずくて飲めなかったジュースを流し込む。このめちゃくちゃさはランナが感染したせいに違いない。
「テンマ、明日は来るから。今は泣いても悔しくても耐えて一日、また一日と刻んで。元気になってまた頑張る。それしかない、それしかないけど。テンマには」
物書きあるあるだと思う。
傷ついている人を励まそうとすると、黒歴史を作ってしまうのは。
「私がいるから。絶対に私がいるから今は痛みに耐える。そしたら、テンマは絶対すごいから、勉強会でもみんなが頼ってくれるすごくいいやつで魅力的なやつだから。それに気づかない先輩なんて別にいいでしょ? 私はテンマの魅力に気づいているから」
告白みたいな馬鹿なことを言ってしまうのは、物書きあるあるだと思いたい、頼む、あるあるにしてくれ。
じゃないと恥ずかしくて爆散する。
というかランナたちに見られていないよな?
「勉強会している学生ラウンジから遠いもの、聞こえていないし見えていないわ!」
高身長のモデル体型、元気でめちゃくちゃな友人がそこにいた。
私は叫んだ。
「出たあああ。おいおい、どこから聞いていた?」
私はランナを捕まえて肩を揺らす。
ランナは耳をほじりながら。
「テンマ、あなたの人生は私が守るわ。だって私は石油王だもの! からよ」
うん、意味が分からない。言ってないよとか、全部聞いていたのかとか、絶対にばらすなよとか、私とテンマはそんなんじゃないからなとかは用意していた。どうやら世界は広いようだ。
「何も聞いてない、だから気にするな」
その言葉を聞いてホッとした。
「失恋で弱っているテンマに名言プロポーズをしたところしか聞いてない」
ランナは笑う。
私の中で一つの選択肢が浮かんだ。
もうこいつの記憶だけ飛ばしてしまうか?
しかしランナは逃げ足が速い。
私の殺気に気づいて既にスタートを切っていた。
運動不足の私が追いつけるわけもなく、無駄に走らされたのは言うまでもない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます