第3話 創作という生き方

 誰もが生きる上で優先順位を持っている。大学生の昼食を考えれば、時間、費用、味、栄養、香り、楽しさは人によってどれだけ重要視するか異なると思う。私の場合は最優先が時間だ。提供までの時間と、食べる時間、次の講義のある教室まで向かう時間が短い方が創作に割く時間が増える。次に、費用だ。金欠大学生たるもの、一食五百円に収めたいところであるが、世の中の物価高は甘くない。それでも六百円が限界だろうか?

 母親の忙しさ次第だが弁当が用意されていると大変助かるものである。栄養や味も申し分ないのだ。


 私にとって創作が一番大事だが、例えば大学をやめてとか、ニートになって創作を続けるのはなしだ。創作は共感を得ることが重要な要素の一つ、少なくとも凡人である私は多数の生き方を経験して、共感を得られる要素を増やした方がいい。例えば給食でおかわりじゃんけんをするとき、やたらじゃんけんが強い人間がいるなどは共感できる人がいると思うが、給食時代に日本に住んでいなければ共感できないだろう。それに、金銭面で苦しめば、結局創作は続けられない。兼業作家も増えているならなおさらだ。


 でももし、創作よりも重要なものができたとき、一体私はどんな生き方を選ぶべきだろう?

 創作活動という人生の充実を決めていたものを捨てたとき、私はその人生に満足できるのか?

 分からない。


「ムラモ、ギブアップってことですか?」

「まだだ! これは私の作戦、頭を使えば腹が減るだッ! さっきまでは満腹で仕方がなかったが、高速で頭を回転させることで大量の炭水化物を消費した。スタイルお化けに舐められて堪るか」


 友人のランナが通うラーメン屋が創業記念ということで、学生証を見せると超大盛りがプラス百五十円で食べられるというイベントをしていた。ランナが一緒に食べに来てくれる人いなくて、でもムラモっちみたいに小さい子がそんなに食べられるわけないと煽られたので、この私の本気を見せようと思ったのだが。


 既に胃が破裂しそう、頭をフル回転させたら炭水化物が消化されるなんてことはもちろんなく。ニヤニヤするランナを恨み、憎しみながら、できる限りお腹から意識を反らして食べ進める。


「ムラモちゃん、ここのスープ美味しいよね?」


 ランナはレンゲスプーンで熟成醤油と旨味たっぷりの豚骨スープを啜る。いや、飲めるか。こっちは普段小さめの弁当かサンドイッチかおにぎり二個しか食べない小食だぞ。もちろん、早く食べて創作をするためだが。


「あれあれ、手が止まってない? もうすぐ食べ終わるから先に戻っておくね。次の講義の席はちゃんと取っておくから」

「くそ、くそ、くそー! 馬鹿にして」

「まだ時間かかりそうじゃない? リスさんみたいに頬に溜めていてかわいい」


 もうこいつに勉強を教えることはやめたい。まあ、挑発に乗った私も悪いと思うけど、余裕そうに平らげて席取っておこうか? と言われるともう拳が出そうである。


「冗談、冗談、待つから。でも大丈夫?」

「大丈夫なわけあるかッ!」


 完食してから講義が終わるまでの記憶がない。大学近くの飲食店は学生の大食いに合わせて増量しているため頑張ればいけるという基準を超えてくる。ご利用は計画的に。

 その日は平日にも関わらず五千字書けた。これはおそらくラーメンのエネルギーと、ランナへの怒りという一種の感情の高まりが創作に影響したからかもしれない。覚えておこう。


 翌日、体育の時間。選択種目である。なお、複数の学科が合同になり、種目を選んで分かれるようになっている。創作命の私は一番安全そうなスポーツを選んでいた。サッカーやバレー、テニスは足や腕、指を怪我して痛みからパソコンを開く気がしなくなる。私の場合だが。突き指をしたときは一週間ほど文字が書けず、各作品の週一更新に大きな影響をもたらすはずだ。私の作品を楽しみにしている人はいない、とか悲しいことは言わないでほしい。次の作品は跳ねるかもしれない、物書きはそういうロマンを信じる生き物なのだ。


 というわけで卓球にしたのだが。誤算があるとすれば、


「二人一組になってください。試合前の練習メニューを行います」


 この相手がいつもいないのだ。

 先生が余った人に指示して私と組ませる感じだ。うん、ランナみたいな人気者であればペアに困ることがないだろうし、仮に先生にペアになるよう指示されても内心ガッツポーズだろう。スタイルが良い美人だし、野郎はああいうものに弱いのだ。


「ムラモ、やろう。俺と組むだろ? どうせ余りものだから」


 普通の人だ。同じ学科で、勉強会にて教える側に回り私を助けてくれた賢い野郎である。余りものと言われると否定はできないが納得できない。でもテンマだと気づいていなかった私にも問題あるし。


「いつも一緒にペア組んでいるだろ。余って、結果的にだけど」

「え、本当? 気づかなかった。いつも冴えない男と一緒になるとは思っていたけど」

「ムラモって面白いね」


 ……面白いって。


「じゃあいいかな?」

「断ったら?」

「俺たちは余って、結局先生の指示でペアになる」

「だよね」


 素直にペアを組んだ。普段と違うのは、同じ学科で話したことがある男だと認識した点だ。サーブとレシーブの練習をすることになった。真剣なものではなく雑談をしながら続ける。


「普段ムラモは何をしているの?」


 出たな、物書きが一番困るやつ。サークルにも入ってないし、バイトも全然していないし、アニメやゲームで貫いているけど時間としてはまだまだ余る。勉強と嘘をつくのも良くない。普段誰にも言えないことをしている怪しい人間になってしまうというのは、物書きならではの難しさである。もう少し評価されていれば話しやすいが、基本読まれない人間はなかなか勇気が出ない。仕方ない、いつも通り。


「動画やアニメを見たりしている」

「そうか。俺もちょこちょこ見ている。音楽が好きで」

「何を聞いているの?」

「ボカロ」


 うん、分からない。有名どころは知っているけど、曲が作れてボカロってキャラが歌声になるくらいのことしか分からない。


「恥ずかしい話、俺の曲作っているんだ」


 その言葉を聞くだけで急に距離が近づいた気がした。だから、声が震えながらも私は口にしてしまう。


「創作なら私もしている。小説だけど、物書き的な」


 早口で。

 でもテンマはよく聞いていたらしい。


「その小説、ちょっと読んでみたい。俺の、最高は千回視聴くらいだけのボカロ曲聞いてほしいし」


 千回再生か。きっと私よりすごいよね。基本ゼロページビューだし、それはこっちが申し訳ないけど。でも目がキラキラしている。断れないんだが。


「分かった」


 練習を終えると先生がグループを分ける。試合をして勝ち負けを決める。私は普通の人には勝ち、経験者にはぼろ負けするという可も不可もない戦績だった。いつものこと。卓球台やネット、ラケット、球をしまう。テンマはバイトがあるらしく急いで更衣室に駆けていく。


 いや、寂しいってなんだよ、私。

 バイトがあるって言っていた。バイトなくても話す仲か分からない。それに相手は異性だ、私と一緒にいて変な噂があったら。


「ムラモ!」

「?」


 振り返るとまだテンマがいた。って、いつの間に着替えている? 着替えて戻ってきたってこと。どうして。


「じゃあ、また」


 手を振ってきた。私も手を。誰も見てないよな、変な噂はごめんだ。疲れる。

 うん、見てない。って、どうして悪いことをしているような気分にならなきゃならないんだ。

 ちょっとだけドキッとしてしまった。異性耐性なさすぎるでしょ。


 家に帰るとテンマから連絡が来ていた。好きなボカロ曲と、テンマが作った曲。今見たら千五百回再生だったというメッセージ付きで。どうしてジャンルが違うのに悔しくなるのか。

 私は感想と、私の一番自信がある作品のリンクを送る。

 夕食を食べて見直すと既読がついていて、面白かったと褒めてくれた。空気を読んでいるだけだと思うが嬉しくなってしまうのはどうしてか。


 私は創作仲間を手に入れた。ジャンルが違っていても共通している部分は多い。一から作るところとか、創作物を公開して受け取り手の反応が気になるところとか。


 テンマとはメッセージのやり取りや時々講義の前後で話したりしていた。

 一週間後、卓球の講義にて。


「そうだ、ムラモ。これからも勉強会みたいなことしていいか? 勉強しやすかったとか、ムラモの教え方が良かったって人が多くて」

「うん。それランナにも言われていて」


 テンマからのお願いとランナの希望を叶えるために勉強会を開くようになった。

 ギャルと野郎を私とテンマで教え、最後に私とランナ、テンマでコンビニスイーツを食べる。

 これによって私は多くの創作時間を失ったが、いろんな人と関わることができて創作のネタになる気がしていた。テンマも手伝ってくれるし悪くないと思っていた。


 大学生活が充実してきて、久しぶりに別の大学の友人にメッセージを送ってみた。名前は、二谷ふたや和葉かずは。中学まで同じ学校に通っていた幼馴染で、最近は忙しくて全く連絡をしていなかった。連絡してみようと思ったのは、ただの気まぐれだと思うけど。

 今思えば、一種の運命かもしれないと思ったんだ。


『ヒサメって今も小説書いている?』

『全然読まれていないけど』

『それは流行りのものを書かないからでは?』

『書きたいもので評価されたいから』

『少しは妥協も必要でしょ』


 それは分かるけど、そのまま流行という波に押し流されて、自分の価値も、物書きという生き方も残らない気がして怖かった。その流れに逆らうことでしか、私は生き残れない気もする。でもきっとこのままでは誰にも見つけてもらえない気もする。怖いけど、どうしたらいいのだろうか?


『そうだね』

『今日はそういう話がしたかったわけじゃなくて』


 リンクが送られてくる。それはSNSのリンクだった。クリックすると、デジタルイラストが並んでいる。え? こんなに上手いの?

 連絡アプリに戻る。


『私イラスト描き始めた。バイト代で液晶タブレット買って』


 まじか、もうそれなりにフォロワーいる。


『よろしく!』


 よろしくと言われても。

 何をどうするんだよ、と。


「意外とみんな創作している?」


 なんて、思ったりした。








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