第2話 人と関わるということ

 講義が終わり、私たちは学生ラウンジに集まった。これから数学を教えることになったのだが。ギャルが増殖している、二人だったはずだが気づけば十人ほどになっていた。茶髪や黒髪、スカートからジーンズのやつもいたが、こんな群がるやつらはみんなにギャルに決まっている。


「はあ? なんでこんなに多いのさ」

「みんな困っていたの。ほら、ムラモ先生。私たちを助けてにゃん!」


 ランナは指を曲げて猫ポーズをしてくる。私は無言のまま拳を頭に放った。ランナは頭を手で押さえながらこぶができていないか確認している。


「学科の女子全員じゃないか!」

「せっかくだし。ね?」


 こいつら全員の面倒見ていたら創作の時間がなくなる。ランナのやつ、何を考えているの? ギャル相手に教えるって言った罰? って、私悪いことしてないでしょ。


 ランナは首にかけているヘッドホンを撫でてくる。甘い声で「お願いー!」などとほざいてくる。野郎どもは従ってしまうかもしれないが、残念ながら私には効かない、もう一度拳を握ると、ランナはさっと離れた。


「今から面倒見ないってのは冷たいと思われるよ」

「見るけど。どう考えてもお前が言うな案件だろうがッ!」


 ここから私の苦行が始まった。誰かに質問されるまでは漫画アプリで漫画でも読んでおこうと思っていたのだが。スマホを点けると早速手が上がる。ギャルだ、まあランナ以外はみんなギャルだと思っているのだが。


「ムラモっち、小動物みたいだし、ヘッドホンが大きく見えちゃってかわいいね」


 馬鹿にしているのか? ギャルは苦手だ、話しかけるな。睨みつけたはずだが、ギャルには気づかれなかった。気づけよ、鈍感を発揮するなよ。


「ところで、課題ってどれだっけ?」

「前配られた紙に書いてある。あれをレポート用紙に書いて提出」

「え? レポート用紙持っていない」

「まだ購買開いているから」

「遠くない? ムラモちゃん持っていない?」


 なんだこいつ? あの用紙結構高いんだよ。私はランナに目線を送った。すると察してくれたのか、レポート用紙をギャルに渡してくれた。ギャルは問題用紙を鞄から探す。


「あ、全然分からなかったやつ。一番から分からない」

「それ、講義で解説問題。次からが提出用の問題だけど」


 講義の内容が分からないのはさておき、話を聞いていないのはやめてくれ。うん。私の時間潰してやることじゃない。

 なんて初歩的な問題にイライラしていたが、真っ当に解き進めている人も少なからずいて。


「この部分教えて」

「ここはね、」


 質問が来たらその都度対応する。


「ここ!」

「はいよ」


 十人は一つのテーブルに収まらないため、私はひたすら移動しながら教えているのだが。喉も渇いたし、ちょっと足が痛くなった。教える方は忙しくて座ることができず立ちっぱなし、この教え方の欠陥である。うん、帰りたい。


「ムラモちゃん、ちょっと飲み物奢るから」


 提案者のランナが席を立って、私の肩を叩いてきた。

 奢ってもらえるなら断る必要もない。

 ただし、これは全部ランナのせいなのだッ!


「一番高いやつ買ってもらうから」

「ほう。ムラモっちは容赦がないねえ」


 十人も集めて、容赦がないのはどっちだよ。


「お、お前らもいるのかよ」


 野郎が来た。どうやら同じ学科の人らしい。プラス五人、絶対に面倒見ない。うん。


「ムラモちゃんが教えてくれるって言ってくれたから」

「え、まじ。いいな、俺たちも一緒にやるか」

「どうせ一人でやっても絶望的な進み具合だからな」


 私はトイレに逃げることにした。教えるの疲れる、もうやりたくない。踏ん張ってからテーブルに戻ると、野郎どもとギャルの一部を代わりに捌いてくれる聖人がいた。見た目は普通、地味というか、私が言えることじゃないけど。でもギャルの気迫に押されず教える様子は格好いい。そのまま頑張ってくれ。


「氷雨さん」

「え、ムラモっちはムラモっちだよ。苗字で呼ぶのはマナー違反!」


 え? このギャルは何を言っているの?


「そうなのか? なら」


 その男の子はギャルに押されて、しかし遠慮がちに言う。


「ムラモさん。来てください」


 異性に名前で呼ばれるのは異様な恥ずかしさがある。私、こんなに勉強教えて、異性から名前で呼ばれて、人生で一番頑張っているかもしれない。たぶん、帰ったら徹夜で一話かき上げるところまで含めて。うん、頑張っている。


「うん。どうしたの?」

「この部分、こう解くように教えたんですけど、ムラモさんのやり方はこっちみたいで。でも本質的には代わりませんよね?」

「う、うん」


 勢いがすごい、びっくりしちゃった。

 と上手く返事ができなくて、コミュニケーション能力の低さに嫌気が差してしまう。


「どうしてムラモちゃんには敬語なのよ、同じクラスの仲間なのよ? ほらほら」


 ギャルは教えてもらっている分際で、また余計なことを言い始めた。


「ムラモ、ここは俺が教えるから残り頼む」


 出てきたタメ口がそれかよ、と気分が少し下がる。いや、求めていた言葉があるわけじゃないけど、味気ないというか淡々としているというか。

 まあ、こんなそんなで教え終わった。疲れた、夕食の時間過ぎているし親に迷惑をかけてしまった。皿洗いくらいはしよう。

 用事が終わったギャルと野郎は、電車の時間だと叫びながら駆けていった。元気なやつらだ。それ、私も乗る電車だけど、と思ったが、野郎の慌て方を見ているとインドア派の私が間に合うものではない。


 もう少しだけ椅子に座って休むことにした。が、ランナに手を掴まれて起こされた。

 野郎に関しては、私と一緒に教える係に徹していた聖人だけがいた。


「ありがと。頭良いんだね」

「そんなことない」


 本心だ。物書きというのは変わった生き様で、そうでない人と比べて物事を頑張ることができない。最低ラインまで勉強して他の人がさらに高みを目指すところで、物書きは高みを目指すことが難しい。最低ラインさえ超えているなら、余った時間は創作に使ってしまうのだ。

 だから頭良くなるわけがない。勉強時間が短いし、創作という時間がかかるものに時間を回してしまうし。実際に使える時間はどうであれ、創作以外のことは頑張ろうという気持ちが乗りにくい気がする。

 時間はできる限り創作に回したいのだ。


「俺の名前、たぶん把握していないだろうから」

「知らない。私は氷雨ひさめ村藻むらもって言うけど」

「知っているよ、ランナがよく話しているから有名人だよ。小さくてかわいくて頭良いって」


 あの馬鹿、褒められるのは嬉しいけど、いろんな人に私の話をしているのは恥ずかしいしちょっと嫌かも。


「俺の名前は、甘城あましろ天馬てんま。よろしくね!」

「うん。なにこれ?」


 テンマは手を差し出してきた。なにこのノリ?

 一応返すべきか。私は握手に応えたのだが、それを不審そうに見る人間が一人。


「ムラモちゃんの小さくてかわいい手、私が触りたいくらいなのに」

「触ってくるな、もう早く帰りたいんだけど」


 私はヘッドホンをして、スマホで好きな曲を準備する。ランナは私のヘッドホンを外して笑った。


「その前にお礼させて。テンマくんもどう? 頭使うと甘いものが食べたくならない?」


 ランナが奢ると言ったらすべて奢らせる。それが私のモットー(?)である。そう、今日ここまで疲れたのも、創作の時間が大幅に減ったのも、そのせいで睡眠時間が減るのもすべてランナのせいなのだ。

 ということで。

 大学の最寄り駅近くのコンビニで苺クリーム入りの期間限定プリンを奢ってもらった。コンビニの外で、プラスチックスプーンを使って食べる。

 生クリームが舌に触れると溶けて美味しい。残る油分さえも次に来るプリンの甘みを引き立たせてくれる。


「ムラモ、本当に美味しそうに食べるね」

「あ、そう?」


 男の人と話すのは得意ではない。経験値が低いのだから仕方ないけど、上手く対応できないことが恥ずかしい。


「けど、美味しいものは素直に美味しく味わいたい」

「かわいい」


 テンマはぼそっと言う。聞こえてしまった、どうするつもりよ。ランナには聞こえていないからいいけど。かわいいか、私には無縁な言葉だ。いや、ギャルやランナはからかうように言ってくるかも。でもテンマの目線は私じゃなかった、ランナのはずだ。


「あれ、俺何か言っていた?」

「聞こえてないけど」

「それって、絶対聞かれたよ」


 テンマはショックを受けていた。


「当のランナはスイーツに夢中で聞こえていない」

「あ、あー。それはよかった、うん」


 テンマは曖昧に言う。私は面倒な予感がしたので、それ以上は話さないことにした。スイーツを食べ終えた私たちは電車に乗って帰る。結局、私が家に着いたのは午前十二時を過ぎてからだった。まじかよッ!


 風呂入って疲れてしまって、パソコンを開くも書けそうにない。諦めて今日は設定作りをすることにした。スマホのメモアプリを開く。次はファンタジーを書く? いや、その前に。


「せっかく頑張ってギャルや野郎と関わったのだから、それを生かしたい。そのせいで疲れたのだからネタに消化したいし。クラス転移ものとか? それって高校でやるものでしょ。難しい、せめて名前を借りて使うとか? そんなのできるわけない。でも、テンマか。いい名前だよね」


 人の名前が気になってしまうのは、現代舞台の作品もそれなりに書くからだろうか。時間を浪費したような絶望もあるけど、たくさんの人に勉強を教えるのは貴重な体験だろうし、そういうのがきっと創作に役に立つはず。

 どう役に立つかは想像もできないけど。


 翌日、私の連絡アプリに学科の人が大量に追加されていた。絶対、ランナのせいだ。そして、学科のグループにも招待されていた。うん、あったのかよ。あとグループに私への感謝がいくつも送信されていて、そのせいで私に教えを乞うメッセージもあった。なんなら、個別にメッセージが来ていた。

 よし、ランナにどう責任を取らせようか?

 昨日みたいなことはやってられない、創作時間が確保できなくなるからだ。


 とはいえ、テンマから『これからもよろしく!』と来ていて。

 悪くないなと思ってしまったのはどうしてだろうか?







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る