第6話アランside1

「お前は何をしていたんだ!!!馬鹿者!」


 俺は父に殴られた。優しい父だと思っていたが、見たこともない程怒っている。


「俺は、ただ、目の前でノーラが倒れたから心配して駆け寄っただけだ」

「では何故、その後にマノア嬢が倒れた時にノーラを置いて介抱しなかったんだ!ノーラなんて近くにいた騎士に任せれば良かっただろう!お前の婚約者は誰だ!?」


 伯爵家に帰ってからずっとこんな感じで怒っている父。ハンカチでずっと涙を拭う母。


俺はそんなにしてはいけない事をしたのだろうか?


ノーラを助けただけだ。マノアを後回しにしてしまったのは悪いとは思ったんだ。でも、すぐに騎士達が来たし、マノアの兄が俺に関わるなと怒って近寄れなかった。どうしようも出来なかった。


 幸いな事にノーラはすぐに毒を吐いたおかげでその日のうちに男爵家に歩いて帰ってしまった。後遺症も全くないらしい。

翌日から手紙が毎日のように俺宛に届いている。療養として今は家から出ることが出来ないのでつまらないのだとか。元気な様子が綴られている。


 俺は部屋から出るなと父に命令され、部屋で過ごすこと一週間。父が俺を呼んだ。


「アラン、マノア嬢が王宮から帰ってきたそうだ。今から侯爵家へ謝りにいく。すぐに支度をするように」


マノアがようやく目を覚ましたのか。


 少しホッとしながら父の後を付いて馬車に乗り込んだ。俺はずっと部屋にいたから今、どういう状況なのかもよく分からない。従者も食事を部屋に置いていくだけで聞いても答えてくれなかったから。




 父も俺もずっと無言のまま侯爵家のサロンへと通された。父は何かを恐れるようにずっと汗を拭っている。その様子からかなり不味い事になっているんじゃないかと漠然とした不安が押し寄せてきた。


「残念ながらマノアはまだ目を覚ましていない。彼が助けた男爵令嬢はその日のうちに歩いて帰ったらしいがな」


……目を覚ましていない?


マノアはそんなに重症だったのか。


 初めて聞かされたマノアの状態に今更ながら現実を思い知らされた。婚約解消。それは俺が願っていた事だったけれど、こんな婚約解消の仕方をしたかったわけじゃない。それにマノアはずっと俺の事を好いていた……?俺はこんなにもマノアの事をぞんざいに扱って、疎ましくさえ思っていたのに。


ノーラと結婚出来ると聞いて嬉しいはずが、何故か頭の中で警戒音が鳴り響き、おかしい、おかしいと不安を掻き立てる。


 結局俺は侯爵に言われるがままサインをして帰宅する事になった。重苦しい空気を乗せた馬車は家へと帰ってきた。


「ガルボ、フルールを今すぐ執務室へ呼べ」

「お帰りなさいませ、旦那様。畏まりました」


 俺は父と一緒に執務室へと入った。学生だからといつも執務室へ入るのを避けていた自分。卒業したら領地の事をしなければいけないと頭では考えていたけれど、煩わしい事なんてしたくないと思っていたのは仕方がない。


「ロンド、お帰りなさい。やはり、なの、かしら」


母がそう言いながら青い顔で部屋に入ってきた。


「あぁ。このバカ息子のせいでな。それにあのサンドス男爵令嬢との婚姻を勧められた。どうすればいいんだ」


父は頭を抱えながら息を吐いている。


「何故サンドス男爵令嬢が駄目なんだ」

「……アラン、何を言っているの?馬鹿も休み休みにして頂戴」


母が泣きながらもキッと俺を睨みつけながら言う。


「フルール、すまん。私が、アランに心配をかけさせまいと領地の状況を教えていなかったのがいけなかったのだろう。もっと次期伯爵として厳しく育てていればこんな事にはならなかったはずだ」

「ロンドのせいではありませんわ。この子がもっと自覚をもって知ろうとしていれば。領地の事で逃げてばかりだったこの子を甘やかしてきた私に責任があります」


両親の話に俺は反発心が生まれた。


「何だよ。二人して俺が悪いって言いたいだけだろう?俺だってマノアがいたのにノーラを助けたのは悪いって思っているさ」


俺がそう言うと、二人は何もわかっていないと烈火の如く怒り始めた。


「お前は何もわかっていない!!教えてやろう、我が家は借金こそないが収入も少なく吹けば飛ぶようなものなんだぞ!そうなった理由はサンドス男爵だ!あいつのせいで我が領民は貧しい思いをさせられている!こんな事もわからんのか!」

「サンドス男爵が原因?我が家が貧しい……?」

「あぁそうだ。サンドス男爵領はな、こちら側に被害が出ると知っていて治水工事を放置したり、夜盗を野放しにしたりしているんだ!ノーラはな遊びに来ていたんじゃない!避難と称して我が家の被害を確認しに来ていたやつなんだぞ?ノーラを通じて男爵はこちらの情報を収集していたんだ。だから私はいつもノーラに『来るな』と言っていただろう!!」


 俺は父からの言葉に衝撃を受けた。今まで知らなかった。いや、知ろうとしていなかった。幼かった俺はただノーラが避難してきたものだと。不憫にさえ思っていた。


まさか。


俺の足元が崩れていく感覚を覚える。


「じゃぁ、マノアは、侯爵家との婚約は……?」

「本当にお前は馬鹿で能天気だな。私が領地を守るために必死になって技術協力をしてくれる人を探し、ようやくクオッカネン侯爵が手を差し伸べてくれたんだぞ!幸いな事にマノア嬢はお前を気に入ってくれていたしな!だからあれほど大切にしろと言っただろう!!!」


愕然とした。今まで俺は一体何をやっていたのだろうと。突然突きつけられた事実に混乱しているけれど、自分が愚か者なのだという事だけは理解出来た。


なんて事をしてしまったんだ。

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